第19話 森の住人






 朦朧としたなかで、レメーニは人影を見ました。


 吹雪のはざまをかき分けるようにして現れた人影。


(……ああ、ジョルジョ、やっぱり迎えに来てくれた)


 レメーニはその人影がジョルジョのものであると確信していました。


 その人影はレメーニを見つけるなり雪の中から助けだし、愛しげに抱きしめました。


(よかった、やっぱりジョルジョは戻ってきた。)


 レメーニはそのままもう一度気を失い、安心して深い眠りにつきました。










 どれくらい長いあいだ眠り続けていたでしょうか。


 つぎに目覚めたとき、レメーニは見知らぬ部屋にいました。


 みすぼらしい木小屋の天井には、干し草や木の実がぶら下がっています。


 窓もカーテンもないぶっきらぼうな部屋でしたが、なにか道具のようなものが所狭しと積みあげられていました。


 見たこともない景色、来たこともない場所。まるでわけがわからないことばかりで、レメーニの頭は混乱しました。


 まず半身を起こそうとしましたが、まるで身体がいうことを聞きません。


 身体の芯がふにゃふにゃになってしまったように、片腕も上げることができません。


(わたしどうしたのかしら……)


 ただ赤く燃える暖炉の火のあたたかさが、レメーニがまだ生きていることを教えているようでした。


「当然だ、ずっと眠っていたんだから」


 とつぜん声をかけられ、レメーニはぎくっとしました。声がした戸口のほうに視線を向けると……そこには大きなクマが立っていたのです。


 驚きのあまり声もだせないレメーニ。かすれた喉元から、ただひゅーひゅーと喘鳴がもれるばかりです。


「そんな怯えなくていい、俺は人間は食わない」


 そして声の主は毛皮でできた帽子とマスクを取りました。そこで初めて、が人間だったことを知りました。


 その人は獣の毛皮でできた防寒具を来ていたため、一見クマのように見えたのでした。


 暖炉のまえで雪まみれの毛皮のコートを脱ぐと、中から背の高い男性が現れました。


「もう一週間たった、お前を山でから」


 レメーニが一週間のあいだ、ずっと眠り続けていたのだと、強いなまりのある言葉で男がいいました。


「腹がへっただろう」


 そういうなり、男はレメーニの鼻先に、耳をわし掴みにした野うさぎをぬっと突きだしました。


 野うさぎはつぶらな目をくりくりし、鼻をひくひくと動かし、まだ生きていました。


「さっき生け捕りにした。こいつを……」


 そういうなり、野うさぎを勢いよく床に叩きつけました。


「こう!!」


 そして男は、もう動かなくなったうさぎを床に投げすてました。












 男は手際よくうさぎの皮を剥ぎとり、首を切りおとし、肉にしていきました。


 そしてふつふつといた鍋のなかにその肉を放りこみました。


「そんな顔をするなって」


 男はレメーニに言いました。


「俺は人間は食わない」


 自分では気がついていませんでしたが、どうやらレメーニは相当、気味が悪そうな目で見ていたようです。


 男は、煮えた肉を器にうつすと、レメーニのほうへよこしました。


「これを食ってみろ、食えないならスープだけでも飲むといい。滋養があるから」


 男は、レメーニの食事の介助をしました。粗暴な印象のわりに、意外にも優しい手つきでした。


 一週間ぶりの食事をとったおかげか、レメーニの身体の奥のそのまた奥にある生命のほのおが、息をふきかえしたような気がしました。


「ありがとう」


 まだかすれていましたが、声が出せました。


「あなたの名前は?」


 まず、レメーニは名前を尋ねました。


「名前?」


 男は名前を聞かれたことに、驚いているようでした。


「……――ボスカイオーロ」


 男は答えました。


「ではボスカイオーロ、雪の中わたしを助けてくれて感謝しています。でも、わたしは行かねばならないのです」


 レメーニはそういうなり、ベッドから立ち上がりました。


 いや、立ち上がろうとしたのです。しかし足に力が入らず、床にへたり込んでしまいました。


「無理だね。お前は弱っている。歩けない」


「それでも行きます」


 ジョルジョのあとを追いかけるために、一刻も早く行かなければならないのです。


 レメーニはもう一度立ち上がろうとしてつまずき、床に倒れ、仕方なく床を這いました。


 戸口まで這っていって、扉を開けようとしました。


「外は吹雪だ。出られない。いま外へ出れば死ぬぞ」


 無情にも、ボスカイオーロがいいました。


「………………」


 死んでもいい、とレメーニは思いました。


「寝ていろ」


 面倒くさそうに顔をしかめ、ボスカイオーロはレメーニの襟首をつかみ、軽々と身体を担ぎあげました。


 そして、もう一度ベッドに放りこみました。さきほど野うさぎにしたように乱暴な仕草でした。


 ただただショックを受け、レメーニはもうベッドから動けなくなりました。生まれてこのかた、こんな粗雑な扱いを受けたのは初めてでした。


「一緒に死のうか」


 いつだったか、ジョルジョの言葉を思い出していました。


 どうしてあのとき一緒に死ななかったのだろうと、レメーニは今になって後悔していました。身を捩るほどの悲しみが、レメーニを包みました。


 ベッドに顔をおしつけ、レメーニは声を殺して泣きました。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る