第14話 暗い足音





「一緒に…死のうか?」


 ジョルジョにそう言われたとき、レメーニは体のしんに震えが走るような恐れを感じました。


 その言葉はあまりに鋭く心をつきさし、そのまま奈落へ引きずりこまれたような、そんな言いようもない「死」への恐怖でした。


 レメーニの表情を敏感に読みとったジョルジョはそっと身体をはなし、「いや?」と問いました。


 レメーニはこくりとうなずきました。


「正直ですね、あなたは」


 ジョルジョは小さく笑いました。怒ってはいませんでしたが、少しがっかりしたような顔でした。


「だれ?」


 そのときふと気配を感じ、レメーニは問いかけました。戸口にだれかが立っているような気配がしたのです。


「レメ―ニさま」


 戸口にたたずむ黒い影は、そっと部屋に入ってきました。その人は執事のベッキオでした。


「あなたがなぜここにいるの?」


「なぜって、おわかりでしょう。レメーニさまを城に戻すようにと命じられてきました」


 レメーニの問いかけに、ベッキオは無表情で答えました。


「おばあさまにね? でも私は戻らなくてよ。だって私の勝手なのだから。おばあさまにそう伝えて」


「エリザベッタさまではなく、アルベルトさまにどうしても連れもどすようにいわれております。……力ずくにでも」


「……………」


 おとうさまに言われたのでは、従うしかありませんでした。









 レメーニが帰っていったあと、沈みこむようにソファーに座り、ぼんやりと空を見つめるジョルジョのもとへ、そっと忍びよる人影がありました。


 その人物はこれが初めての訪問ではないのか、どこか慣れたようすでジョルジョに近づき、無言で小さな紙のつつみを手渡しました。


 ジョルジョも何も言わず、それを受け取りました。









 自分の部屋にもどり、ベッドに入ったあとも、レメーニはジョルジョが言った言葉を反芻し、眠れませんでした。


 どういうつもりでジョルジョはあんなことを言ったのか……――


 敬虔けいけんなカトリック教徒であるレメーニは、これまで一度として自死など考えたこともありません。思い浮かべることすら神に背く行為であり、恐ろしいことだったのです。


 しかしそれは世間知らずな、思いこみだったのかもしれない。二人で死ねばこの世の嫌なことから開放され、鳥のように自由に空へ翔びたてるかもしれない。


 ジョルジョの言葉は、まるで教会の神父さまが福音を伝えるように清らかで、悪魔のささやきとはまるで無縁でした。


(……いいえ、でも死ぬことはいやだわ)


 レメーニは一瞬、ジョルジョのおよぼす強い引力に吸いよせられそうになりつつもなんとか踏みとどまりました。


(だって、ジョルジョのあの美しいピアノを、もっともっと色々な人に聞いてもらいたいもの。死んでしまったらその夢はかなわないわ)


 レメーニはジョルジョが大切にしているトランクケースのなかに、これまで書きためてきた楽譜がいっぱい詰まっていることを知っていました。


 レメーニには、それを紙くずにすることはできません。


 彼の才能をこのまま埋もれさせたままでは死ぬわけにはいかないと、使命感にも似た思いが根底にあったのです。








 そして、長い間レメーニが待ちわびていたその日がやってきました。ついに、注文していたグランドピアノがフィレンツェから届いたのです。


 ある朝早く、大きな荷車をひいた見慣れない一団がお城にやってきて、


「レメ―ニスクオーレさまの住まうお城とは、ここのことかい?」


 と、門番に尋ねました。


「なんだ、怪しいやつらめ。旅芸人の一団か? それとも物乞いか?」


 事情を知っている庭師のダンドーロおじさんがそばを取りかからなければ、門番によってにべもなく追い返されてしまうところでした。


 しかしこれによって、レメーニが高価なグランドピアノを独断で購入していたことが家族にばれてしまい……


「レメーニ、どういうことか説明をし!」


 という発狂寸前のおばあさまの叫び声によって、レメーニは目覚めることになるのでした。

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