第7話 不協和音



 ジョルジョは、水曜日が訪れてもピアノを弾きにやってきませんでした。毎週かかさず午後にはやってきていたのに。


「なにかあったのではないかしら?」


 時は過ぎ、とっくに時刻は夕方になっています。


「きっと体調でも崩されたのでしょう」


 ベスは気にもとめません。


「そうかもしれない……」


 レメーニは爪をかみながら窓から外を眺めるしかできません。


 木曜日になっても、金曜日になっても、ジョルジョからの音沙汰はありませんでした。


「そんなに気にされることはありませんよ、来週の水曜にはきっとケロッとした顔でやってきますよ」


 ベスは気休めをいいました。


「そうね」


 ところが、次の水曜日がやってきてもジョルジョは姿をみせなかったのです。


 さすがにおかしいと思ったレメーニは、城の門番をしている男にジョルジョがやってこなかったか聞きました。ひょっとしたら、ジョルジョを知らない門番が、やってきた彼を追い返したかもしれないと考えたのです。


「シルクハットの男性はたしかにやってきましたが……、それは水曜ではありませんでした」


 門番の男はジョルジョがやってきた日付を覚えていました。きけば、その日はちょうどアザルトが訪問していた日なのです。


 イヤな予感が、レメーニの胸をよぎりました。


 あの日の、私とアザルトの会話を聞かれたのかもしれないと考えたのです。


 レメーニとアザルトは、あの日、だれもいないテラスで、ふたりきりで会話していました。ジョルジョどころか、使用人の影すらありませんでした。


 しかしもし、なにかのはずみでジョルジョに会話を盗み聞きされていたとしたら……? その内容は、ジョルジョにとって面白くないものだったにちがいありません。


 ジョルジョの意向を無視して、パトロンにするだのしないだのと話し合っていたのですから。


(ジョルジョは怒っているかもしれない。どうしよう!)


 レメーニは不安に胸が押しつぶされそうになりました。もしそうだとしたら、なんとかして誤解を解きたいと思いました。









 ちょうどその日、もうひとつの事件が起きました。


 ブローチがないことがバレてしまったのです。少し前、レメーニがお金を工面するためにこっそり売りはらってしまった、あのブローチです。


「いったいどういうことなの!? どこへ無くしたというの!?」


 おばあさまはヒステリーを起こしました。むりもありません。あのブローチは、おばあさまがレメーニの誕生日に特別につくらせた贅をつくした品物だったのですから。


 しかしジョルジョのことばかりを心配しているレメーニは完全にうわのそらで、ぼんやりと壁を見つめています。他人事ひとごとのような顔をしているレメーニの態度も、あばあさまの怒りをあおりました。


 そしてとうとう怒り狂ったおばあさまは、使用人のベスに矛先を向けました。


「あなたの管理不足ですよ! そもそもあなたがレメーニスクオーレの部屋を片付けているのでしょう? なぜなくなったことにも気が付かなかったの!?」


 本当のことを知っているベスは、レメーニをかばって本当のことを言えず、冷や汗をかきながら目を白黒しています。


「わかった。ブローチはあなたが盗ったんでしょ?」


 言うに事欠いて、おばあさまはベスを盗人よばわりをしました。


「だって前にも同じようなことがあったじゃない、花瓶を壊しておきながら、黙ってしらばっくれてたんだもの、やっぱりよ、やっぱり。だからわたくしはこんな奴隷を使用人にして屋敷にいれるなんて反対だったのよ!」


「ひどい!」


 ベスは泣きだしました。


 アルベルト(レメーニのお父さま)も、それはあまりにも酷い暴言だといっておばあさまをたしなめました。


「ベスは関係ありません!」


 とうとう堪りかね、レメーニは叫びました。


「ブローチを売ったのは、誰でもない、この私です!」


 どうとでもなれと思いました。とにかくむしゃくしゃしていました。


「私がいただいたブローチなのだもの、私がどう使おうが、何に使おうが、勝手じゃなくて!? ブローチの一つやふたつで口やかましく言うなんて、あばあさまが日頃からおっしゃるは、おばあさまが一番もちあわせていないものじゃないかしら!」


 日頃、従順なレメーニがとつぜん人が変わったように口答えしたため、おばあさまは卒倒しかけ、お父さまとお母さまは唖然とし、ベスはますます泣き崩れ、大変な事態となってしまいました。











 その晩、心配したアルベルトが、レメーニの部屋を訪れました。レメーニは夕食も取らないまま自室にひきこもっていたのです。


「レメーニ」


 気軽な調子でベッドの端に腰掛け、布団にもぐりこんで寝たふりをしている愛娘まなむすめに声をかけるアルベルト。穏やかな表情でした。


 レメーニは布団から這いだすと、お父さまの足元に膝をつき、さきほどのことを懺悔しました。


「悪い口でした。自分がやってしまったことを棚にあげて、ひどく口汚いことをいいました。反省しています」


「うん」と、アルベルトは頷きました。でもすぐに破顔して、


「ひさしぶりにレメーニらしいレメーニを見たよ、実に面白い。だがおばあさまの心臓を労ってくれよ、もう随分お年なんだから」


 アルベルトはそう言って、呵呵とわらいました。少しも怒っている様子には見えませんでした。


「で、ブローチを売って金にして、レメーニは何を買ったの?」


 冗談めかしてお金の使い道をきいたアルベルトでしたが、レメーニは固く口を閉ざしたまま……。


 アルベルトは仕方なさそうに笑い、ただ「次からは、お金がいるならまずはお父さまに相談するんだぞ」といいました。



 



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