第16話 裏切り
アランと神崎は急いだ。松木刑事たちにどこへ向かうと知られるときっと止められるからそっと廃病院を出た。
「共犯者は生徒にいるってさ」
神崎はびっくりしている風でもあり、それなりの心当たりがあるようでもあった。
「小木に違和感持っている」
だからアランは言った。
「ああ」
神崎はそれに同調する。
「福田先生の行方を探していた時から、小木は考えていることが俺たちと違った」
アランは言った。神崎は
「違ったよ。あいつ何か知ってるかもと思って聞いたことがある。でもそれを突っ込んだところであいつはノロノロ逃げるようなことしか言わなかった。でも中二で一体何ができるって言うだ。でも共犯者が大人なら、あいつが脅かされて従ったというのらあるのかな」
神崎はアランに問いかけた。
小木はガーデニングの仕事関係で、学園に来ていた。今は転職したが、それでもまだ学園に来ていた。そして優太とも親しい関係を持っている。
「七年間、二人は共犯者でお互いを縛り合ってきたのかな」
神崎は恐怖心を滲ませていた。アランはそれを思い出した。
「ストックホルム症候群ってやつか。助かるために犯人が正しいと自分に言い聞かせて犯人を称賛したりするっていう」
漫画や映像でそんな症状を聞いたことがある。
「でも七年も、しかも二人は学園で顔を合わせるくらいだろう。それでも支配関係って継続するのか」
判らない。前に水飲み場の辺りで優太と小木が一緒にいたのを思い出した。
あの二人は他の誰にも知られたくない秘密で結託してきたんだろうか。
「でも今になってまた、堀川ゆきを殺したり、芽衣ちゃんをさらったりした理由はなんだ。おまけに福田先生の骨まで返してくるのは何故だ」
今になって事件が動き出した理由はなんだ。
「優太さんとの関係が崩れたってことかな」
アランは考える。
「小木、結婚するって言ってただろう」
新しい生活のために、小木は今までのことを一掃しようとしたのか。
神崎は立ち止まりアランの顔を見て、何か納得したようにうなずいた。
「そうだな。二人の状態が変わった。小木だけが幸せになるから、それが……」
だったら、優太が消えたのはさらわれたということではなく、小木を始末するために敢えて身を隠した。
「でも何で芽衣まで連れ去るんだ?」
アランはそれが解せない。
「何かを知っているとか?」
神崎が言った。
アランは首をかしげる。芽衣が何を知っているというんだ。堀川ゆきと仲が良かった。彼女から何かを聞いてたとでも言うんだろうか。
「少なくとも、優太さんが芽衣ちゃんが知ってると思ったら?」
だから芽衣の口を塞ごうとしているのか?
二人は、
用務員に開けてもらう。こういう形でも二人で門をくぐるのは中学時代以来だった。
「だからって芽衣を今更殺して逃げ切れると思ってるのか」
アランは怒りを押し殺した声で言った。
「意外とすんなり入れたと思わないか」
神崎が言った。それが引っかかっているらしい。
二人は中庭へと向かう途中、一旦立ち止まった。
「本当にこれで正しいのかな」
神崎が突然弱気になった。残っていた映像がヒントになってここまで来たが、犯人の姿が見えていない中、ここへきて何か判るのか判らない。それでも二人は中庭へ進む。
休日の花壇は静かだ。無人の花壇を静かに風が渡る。
アランは違うのかと肩を落とす。
芽衣を探さなければいけないのに、どこへ連れて行ったんだ。本当に殺す気なんだろか。気持ちだけが焦った。
花壇の一番奥まった場所にシャベルが一本立っていた。掘り返えして時間が経っていない感じだ。用務員の島田が出勤していて作業をしていたのもしれない。
「優太さんと小木が犯人なら、全てはここから始まったのかな」
花壇で優太と小木、そして福田先生が出会い、そして二人は福田先生を殺して、七年経った今、堀川ゆきを殺した。
「みんな花壇だな」
アランは芽衣がのことが心配で、恐怖と緊張が頂点を極めた。そしたら逆に笑いが込み上げた。
こんな平和な場所で、そんな残忍な人間関係が結ばれ、実行された。
「どこかに優太さんが隠れているとかないのかな」
神崎が呟くように言う。
「こんな所で、一体どんなトラブルがあったって言うんだ」
アランも呟く。
「ここから親しくなったってことだろう。優太さんだって、福田先生に憧れてここからそんなつもりがなくてもストーカーみたいなことをするようになったのかもしれない」
片瀬優太は、家族にいろいろな問題があり、だから人づきあいのさじ加減が下手だったのかもしれない。それでもそれが殺人に発展するようなトラブルになるというのは、よほどのことに思えた。
「なあ」
ぼそっと神崎が言った。
「俺が抱いた妄想を言ってもいいか」
何故そんなことを断るのか。アランはうなずいた。神崎は花壇の方へ目をやると
「ここと先生の印象があまりに強いから、先生ずっとここに眠ってたんじゃないかと思った」
たくさんの花とたくさんの生徒に囲まれて……。そんなわけはないがアランもイメージとしては理解できる。
どういうつもりでずっと先生を自分の身近に置いてきたのか。それをわざわざ掘り出して、どういうつもりで返してくるのか。
「その場所が、もう使えなくなったのかな」
神崎が一つの考え方を示した。
「使えなくなったって?」
アランが聞き返す。神崎は
「山奥とかそんな所なら長い間埋めておくことは可能ろうだろうし、例え開発とかで掘り返されて発見されても、自分との繋がりがなければそんなにヤバいと思えない。でも身近に置いているなら、そこが使えなくなったら掘り返すしかないのかと思ってさ。それだったらきっと自分の生活圏内だろうし、この都会であれば長い間埋めることのできる土地って限られてないか?」
「そして他へ埋め直す」
アランは言う。
「でも犯人にとってもう持っている意味がなくなったんじゃないか。だったら返せばいいと思ったとしたら?」
その時、ビニールハウスの方で人が騒ぐ声が聞こえた。中から中年の男たちがバタバタと飛び出してくる。
「おい、警察に電話してくれ」
その中の一人が叫んだ。
アランと神崎はそっちへ急いだ。
「何があったんですか?」
神崎がスーツ姿の男たちの一人に聞いた。
「死体だよ。誰か殺されている」
それを聞き、アランと神崎はビニールハウスの中に飛び込んだ。
初めてビニールハウスの中に入った。ビニールハウスの中にはいろんな種類の植物が陳列されている。縦長い空間は規則的に整理されていた。空調も効いている。明るい照明の当たった所と仕切って暗くしている場所がある。それぞれの植物に合わせて環境を調節していた。
奥へ進んだ。台を置いて上と下に植木鉢が間を空けて置かれいてる。その更に奥へ進んだ。ここにいたスーツ姿の男たちは助けを求めて全員出てしまっていた。
アランと神崎は奥の一部に植木鉢が倒れ、鉢の中から土がこぼれている一角へ向かった。焦ったスーツ姿の男たちが倒して行ったんだろう。白い台の上に大きめの鉢がありその奥が見えなかった。その鉢の裏側に回り込むと
「これは」
作業着姿の片瀬優太が胸に深々とナイフを突き立てられ、絶命していた。
二人は、混乱した頭のままビニールハウスを出た。
「どういうことだよ」
神崎が混乱したまま言った。
優太が殺されていた。
「今日じゃないよな」
神崎は嚙みつくようにアランに言った。血の気の失せた優太の顔が蘇る。時間が経っているように見える。だったらフィオナと芽衣を呼び出しその後、芽衣をさらったのは優太じゃない。優太と共犯だった
「小木か? 小木がこんなことしたのか」
神崎は弾かれたように言い、言葉を失った。
「大丈夫ですか?」
用務員の島田がやって来た。
「もうすぐ警察が来ますよ」
彼も思いがけない成り行きにおろおろとしていた。
「いやー、さっきまで花壇で作業をしてて、まさかこんなことになってたなんて思いもしなかったな」
島田はおろおろとしたまま呟いた。
「用務員さんたちは、ビニールハウスの中の世話もするんですか?」
アランはふと思って聞いた。島田は
「すると言っても指示の合った辺りに水をやる程度ですよ。ここはいろいろ特別な植物があって、管理が難しいと聞いてますよ。幻覚作用のあるものもあって、その辺りは特に管理されているから、私たちは近づきません」
アランは更に
「花壇で作業って何を? 今日来てる人々の相手じゃなくてですか?」
「花壇の一部の土を掘り返してるんですよ。今年は貸し出してない部分で、そこで何かするんじゃないかな。結構深い穴を掘っているんですよ」
花壇の端にシャベルが突き刺さった部分がある。妙に印象に残る光景だった。
「小木さん、大丈夫かな」
島田が呟いた。
「小木がいたんですか?」
アランは聞き返す。島田は
「ええ。理由はよく判りませんが、何か大きな箱を持ち込んでいて、許可は取ってあるとか、こっちはえらい先生方がビニールハウスを見にくるからそれどころじゃなくて……」
アランと神崎は顔を見合わせた。小木が大きな箱を持ってきた?
「その箱はどこですか?」
島田は迫って来る神崎に身を引きながら
「あそこの隅の花壇に埋めていましたけど」
島田の言葉を最後まで聞かずアランと神崎は走り出した。
一本立っているシャベルをアランは掴んだ。土を掘り返した。神崎も落ちていた太い木の枝を拾い、土を掘り返す。
「どうしたんですか!」
慌てた島田がおろおろと叫んだ。
「埋まってる」
アランはそれだけ言った。島田は訳が判らないままそれに押されて、どこからかシャベルを持ってきてアランを助けた。
シャベルの先が硬い板のようなものに当たった。その箱の周囲を三人は掘り進んだ。
箱の上部が露出した。コンテナタイプで直径八十センチ、もう一辺は五十センチくらいある箱だった。上から箱の蓋が開けられるようになっている。蓋を開けようと更に堀った。
土を払いどうにか蓋を持ち上げられるようになった。アランと神崎で箱の蓋を探り、蓋を止めている金具がないことを確認し、蓋を持ち上げた。
「なんてことだ」
脇で島田が驚いて腰を抜かした。
箱の中には制服姿の芽衣が、胎児のように身体を折り曲げて入っていた。
芽衣は酸素マスクをしていた。アランと神崎は芽衣を箱の中から引っぱり上げた。芽衣をアランは抱きしめた。芽衣はまだ暖かく酸素マスクは彼女の呼吸に合わせて白く濁っていた。
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