第14話 廃病院の花園

「誰がいるんだと思う?」

芽衣が聞いた。

「誰? 優太さんと優太さんをさらった犯人とか?」

フィオナが思いつくことを言う。

「もしくは優太さんだけとか」

芽衣は思う。フィオナは芽衣に向き直ると

「この一連のこと優太さん一人でできる? だって福田先生にゆきでしょう。そして私たちを誘い出して、ここで罠にハメる。一人でできるかな」

フィオナはあくまで現実的だった。

「この廃病院から出られないのかな」

フィオナが言った。バリケードが置かれているということは、そこから先は立ち入り禁止ということだが、高さとしては五十センチくらいで、跨ごうと思えば十分跨げる。

 芽衣はフィオナとバリケードの側に立つ。バリケード同士の間に麻袋があった。

「なんだろ、これ」

フィオナが麻袋の上に置いてある白いスマホを見付ける。

 優太か、もしくは犯人が落としていったんだろうか。フィオナが手に取った。

「気持ち悪い」

フィオナがポケットからハンカチを取り出しそれを拭いた。べたッとしたものが手についていたようだ。スマホの中味を点検してみた。アプリもメールも電話の履歴等も何もない。ただ一本の動画がある。

 フィオナと芽衣はお互いにうなずきあうと、それを再生した。

 一人の女性がの後ろ姿が映っていた。その後ろ姿の女性が弾かれた様に振り返る。撮られているのに気づくと、止めてというように手で画面を遮った。そこで動画は終わっていた。

「なに、これ?」

芽衣はフィオナから白いスマホを受け取る。気を付けたのに焦ったせいか、ベタっとしたものが少量手について、急いでそれをポケットから出したハンカチで拭く。それももどかしく動画をもう一度再生する。

「もしかして、福田先生じゃない?」

芽衣は福田先生の顔を知らない。けれど聞いていた雰囲気と似ている。

「どうして、こんなもの私たちに見せるの?」

驚いたフィオナが声を上げたが、芽衣にも判らない。

 バタッと音がした。芽衣がびっくりして振り返ると隣りにいるフィオナが床の上に倒れていた。

「どうしたの? フィオナ」

芽衣はフィオナを揺すった。フィオナは気を失っていた。頬を軽く叩いてみる。名前を何度も呼んだ。反応がない。

「どうしたのよ、しっかりしてよ」

芽衣は恐怖に襲われ大きな声を出した。

 芽衣の身体がくらっと揺れた。頭の中が回り始める。どうしたんだろう。考える間もない。頭の中で白い渦がくるくると回った。気持ちが悪かった。吐きそうだった。

 次の一瞬、感覚が高揚し、ふわっと身体が浮かび上がったような気がした。

 芽衣は高揚した。気分がよかった。さっきの気持ちの悪い液体……あれのせいだと思った。芽衣は白い渦の方へ自分の方から進んだ。

 芽衣の意識はその白い渦の中へあっという間に飲み込まれた。


  足早に廃病院へ進んだ。神崎が

「俺、今朝気づいたんだけどさ。ほらあの優太さんって人の漫画のサイト、あれ、削除されてた」

アランは一瞬足を止めたが、それどころじゃないと再び神崎と共に道を急ぐ。

「本人が削除したのかな。それとも誰かが……」

神崎は息荒く言う。

「削除ってことは、描かれている内容がまずいってことだよな」

アランも荒い息を吐きながら言った。

「優太さん本人か、犯人が、過去に起きた福田先生の事件に関するまずいことを描いたのを知ったから削除したって言うのはある。でもその場合優太さんは犯人じゃないってことになるのかな」

神崎は言った。どんどん二人の足は速くなった。

 二人はやっと、廃病院の西口へ着いた。元自動ドアはしっかり閉まっている。神崎とアランはそれを力任せに開けようとする。

「見ろよ」

自動ドアの向こう側の二メートルくらい奥に不自然にバリケードが置かれていた。その先へ進むのを阻むように配置されている。そしてそのバリケードのそばに誰かが倒れているのを見つけた。神崎とアランは自動ドアをこじ開けて中へ駆け込んだ。

「大丈夫か」

アランと神崎がそれぞれ声をかける。神崎がうつぶせで倒れている少女の身体を抱き上げた。顔が見える。

「フィオナ・ベルか」

アランは言った。フィオナはすっかり意識を失っていた。

「息はしてるな」

口元へ手をやり、神崎はフィオナがまだ生きていることを確認した。

「芽衣は?」

アランは周囲を見回す。他に倒れている姿はない。

「芽衣はどこへ行ったんだ?」

神崎がアランの名を呼んだ。黒いスマホを彼に見せていた。

「彼女の身体の下になってたんだ」

「彼女のじゃないのか」

神崎は首を振った。

「そうかと思ったんだけど、女子中学生が持つにしては地味だと思って、ちょっと覗いてみたら、アドレスもアプリも何もない。あるのは一本の動画だけだった」

アランは神崎の側に腰を降ろした。二人はいくぞと言うように顔を見合わせて再生した。

 一人の女性が後ろを向いていた。見覚えのある女性だ。

「福田先生」

三田村の声が、呼んだ。

 ハッとしたように福田先生が振り返った。

「嫌だ、もう何してるの。ちゃんと花の世話をしてください」

と言って、撮るのを止めてというように画面を遮った。そこで動画は終わった。

 神崎は無言のままアランを見た。アランも神崎を見返した。

「これはなんだ?」

犯人からのメッセージだろうか。全ては福田先生と繋がっている。けれどどう繋がって……芽衣はどこへ行ったんだ。

「撮影したのは学園の花壇だよな」

そうだ。先生の好きなコスモスがまだ開花していない。耳に懐かしい先生の声が蘇った。それが離れない。動く先生の姿が目の前をちらついた。それが離れない。

 けれど今は、芽衣の方が心配だ。一体何に巻き込まれたんだ。

「学園へ来いってことかな。学園の花壇」

神崎が早口で言った。

「何のために? 学園の花壇で待ってるってことか」

アランも早口で応じる。

 優太の姿が浮かんだ。いつもあそこにいた福田先生、そして優太。ゆきや芽衣やフィオナや美羽。

神崎は自分のスマホを取り出し、119へかけた。ぐったりしたフィオナはぴくりとも動かなかった。

 アランは立ち上がり、周囲を確認する。人の気配はない。

 アランは受付だったテーブルの上に小さな段ボール箱があるのに気づいた。足早に近寄ると箱を手に取る。箱の蓋はガムテープなどで止めていなかった。開けると

「骨だ」

どこの部分か判らなかったが、手のひらにすっぽり収まるような大きさの平らな骨の破片だった。それがむき出しのまま一片だけあった。 

 彼は蓋を閉じた。何でだろうと思う。どうしてこんなにぞんざいに福田先生の骨を扱えるんだ。どんな気持ちでこんなことをしてるんだ。

 けれどこうして骨が出てきたということは、さらった芽衣を殺すつもりなのかもしれない。堀川ゆきがそうであったように。優太も生きていないかもしれない。

 仮にこれをしたのが優太だったとして、一人でこんなことができたのか。

 誰か共犯がいるはずだ。その共犯者は優太まで殺したんだろうか。そして芽衣も殺すつもりなんだろうか。

 心が騒いだ。一体誰が何のために?

 

「なあ、あんな動画が取れるならさ。なあ、三田村がそばにいたんだぜ」

アランは神崎とフィオナの所へ戻った。神崎が不安を払うように声高に喋る。

 仮に撮影したのが優太だったとしたら、彼は先生や学生が集まっていた中に入っていったことになる。彼はそういうタイプじゃない。生徒と距離を取っているところがあった。撮ったのは生徒のように思う。あの辺にいつもいる生徒がふざけて撮ったように見える。カメラに向けている福田先生の気負いのない笑顔も、いつも生徒に見せるような感じだった。他の教職員だったらもっと硬い顔になっていたんじゃないかと思った。仮に優太が撮影だけを頼まれて撮ったとしても、画面の中の先生はカメラで撮られていたことに気づいていた。だからそれを持っていたのが優太だったら、そういう緊張が顔に出てもおかしくないと思った。

「なんであんなもの残したんだろうな」

神崎は言う。

「あれが、犯人の気持ちなんじゃないか」

アランは言った。

あれが、優太が撮ったものじゃかったとしたら……それがここに置かれているということは、優太以外の人間がこの一連の事件に関わっている。それが優太の共犯者だった?

「優太さんの共犯者は、生徒ってことか?」

神崎がまさかという顔でアランを見た。

 バタバタと救急車が到着をした。すぐに後を追うように松木刑事と田尾刑事がやって来た。アランと神崎は、彼らに事情を説明することが先決になった。

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