第13話 メールからクエスト
「どうしよう、どうしよう」
福田先生の葬儀に行く日、近くの駅の改札で待ち合わせをした。芽衣は急いで改札向かう。制服をいつもより綺麗に手入していて遅れたかと思った。しかしまだフィオナと
「メールが着たのよ」
どうしたのと聞くまでもなく、フィオナは芽衣を見ると噛みつきそうな顔で言った。
「優太さんからなの」
察しが悪いというように、フィオナは芽衣を責めるように言った。
フィオナはメール画面を芽衣に見せた。
助けてくれ、廃病院にいる。 片瀬優太
メールの内容は簡素だ。変な感想だが、芽衣はなんとなく優太らしいと思った。
「本物だと思う?」
優太が姿が消えたことは、芽衣たちも知っている。芽衣はメールの文面を凝視する。
「そもそもフィオナにくる意味ってなに? なんでメールアドレス知ってるの?」
フィオナは考え込む。
「ゆきが教えたことがあって、その時私も教えたような気がする」
芽衣は考え込んだ。
「助けてくれ、廃病院って?」
「あそこでしょう」
ゆきが殺されて死体で発見された廃病院のことだ。
「優太さんが、そもそもそこを知っている理由は?」
「ゆきを殺した犯人がまたあそこを使用したから、とか。もしくは優太さんが……」
ゆきを殺した犯人だから当然のこととして知っている。
「どうしたらいいの?」
芽衣はフィオナを見た。
「だからそれを聞いてるのよ」
フィオナがじれったそうに言った。やっと美羽が焦ってやって来た。すぐにこのメール問題に巻き込まれた。
「友だちっていないのかしら」
美羽が妙に冷静に言うのに
「でも私に送れば誰かに相談するって思ったんだわ」
フィオナが言う。妙に責任感が強いフィオナなら、いたずらで済まさないというのはある。
「しかも今日か」
美羽が言う。まさに福田先生の葬儀の日だ。
「行ってみない?」
芽衣が言った。
「行くってどうするのよ」
美羽がびっくりしたように言う。
「だって助けてって言ってるのよ」
芽衣が言うと
「罠かもしれないのよ」
と美羽が切り返す。
「それはそうかもしれないけど、でも」
助けを求めてるのよ、芽衣はその一点が気になった。
「危ないわ」
美羽は芽衣の腕を抑えた。
「でもあの廃病院って、ここから三駅くらいで行けるよね」
妙に自信がありげな様子の芽衣に
「だからって危ないのよ」
美羽も必死だ。
「メールがきたのはフィオナなんだから、とにかくフィオナ。それに私がついて行くわ。それで美羽はセレモニーホールへ行って助けを求めるのよ」
美羽があんぐりと口を開けた。フィオナはハッとしたように
「ねえ、電話ってなんであるか知ってる?」
と気づいた。
「電話でこれを知らせて助けを求めればいいのよ」
「誰によ」
芽衣は言った。
スマホを持ったままフィオナが固まる。
「親とか、学園とか……」
自分が登録してる番号を上げた。
「私だってそんなもんよ」
美羽が
「警察にかけるのが一番じゃない?」
最も妥当な案を出した。芽衣が思い出した。
「アランだったら判るわ。今セレモニーホールへ向かってるはずでしょう」
芽衣は、アランにかけた。
しかし、出ない。
「やっぱり行くしかないのよ」
それが芽衣の心を決めた。
「待ってよ」
美羽が止める。
「でも本当に優太さんが捕まってるなら迷ってる時じゃないのよね」
フィオナの言葉が三人の気持ちを決めた。
白いパネルに黒字で福田家の表示を見付けると、そこへ進んだ。
アランは神崎と一緒に会場を訪れる。成人して喪服を着たのは始めだ。神崎は無口だった。アランもまた何も言えなかった。
会場のドアを開けると、部屋の奥の中央に福田先生の笑顔があった。大きく引き伸ばした写真が、黒い縁取りの額に入れられ、中から福田先生が笑いかけて来た。周囲は白い綺麗な花々で彩られていた。
それを見た時、アランは目の奥に涙が溢れるのを感じた。
助けられなかった。その思いでいっぱいになった。奥歯をグッと噛み締めてアランは感情を抑えた。
祭壇への近付いた。前にいた二人の後を待って焼香をした。右脇には福田先生の両親が喪服を着て座っていた。アランは二人に丁寧に頭を下げる。両親も深々とそれに返礼した。ご両親は依然会った時より老いていたが、表情はスッキリしていた。周りには懐かしい顔がある。同級生や上級生の姿があった。
骨の大半がないから、中央に置かれた白いケースに包まれた骨壺の脇には花と共に写真があった。生徒がそれぞれ思い出の写真を持ってきて飾ったようだ。写真の数だけ先生が愛されていたと思うと、切なかった。
三田村がやって来た。
「こんな結末になるんてな」
最も想像したくない最期になった。
後は犯人を捕まえるだけだ。最も二度目に返された骨の目的は判らない。優太も姿を消したままだった。葬儀の穏やかな雰囲気さえ、嵐の前の静けさに思えた。
「どうして、先生」
突然のアランの隣りにいた神崎が声を漏らした。
「どうして先生が殺されなければいけなかったんだよ」
溜まりかねたように神崎が吐露した。
「神崎」
アランの中でいろんな言葉が廻ったが何を言っても虚しい気がした。
「どうしてだよ」
神崎の感情に火がついた。
「おかしいだろ。人殺しは自由にしてる。罰せられることもなく笑ってる。なのに先生は。どうしてこんなことが起きるんだ。何で悪い奴がのさばるんだ」
激した感情を叫ぶ神崎のことを会場にいる人々が見ていた。みんながその言葉に同調していた。おかしいという気持ちは彼らも同じだ。アランの目の端に福田先生のお母さんがハンカチで顔を覆うのが見えた。夫がその妻の肩を抱いた。まるそれが合図だったかのようにあちこちでむせび泣くような声が上がった。「ひどい」「おかしいよ」声がボロボロと上がった。
「あの、石神先生」
その中でおずおずと声をかけてくる少女の声がした。見ると芽衣の同級生の橘美羽だった。
「どうした?」
三田村が場の雰囲気にのまれて切り出しづらいらしい美羽に話をうながした。
「あの、芽衣とフィオナが行っちゃって……」
美羽はそう言って、自分で自分の頬を軽く叩いた。美羽は落ち着いているようで話がとっ散らかっていた。
「どうしてそんな無茶なことを」
それでもすべて話を聞いた三田村が、思わず美羽を叱る。
「止めました。でももし優太さんが大変なことになっていたらって思ったら」
美羽は大きく動揺していた。少女たちに判断しろというには難しいことかもしれない。
「一体どこに行ったんだ?」
アランが聞いた。
「ゆきが殺された廃病院です」
アランはそれを聞くと大股で踏み出した。
「待てよ、俺も行く」
神崎がすぐについて来る。
「待てよ。お前らが行ったって」
三田村が腕を強くつかんで止めた。三田村に言われ、松木刑事に連絡をすることにした。
それでもアランの心は廃病院に向かっていた。
廃病院の西口の前に立った。警察が捜査に入ったことから、自動ドアの所に「立ち入り禁止」の黄色いテープが張り巡らされていた。二人はドアが開くのかどうか、とりあえず横に押してみると、滑りは悪いが、どうにか横に開いた。身体を滑り込ませるために二十センチくらい開けて、芽衣とフィオナは身体を滑り込ませた。
「どこ行けばいいんだろう?」
フィオナが目の前に広がるかつてソファが置かれていた空間を見て言った。
「裏庭の小屋?」
芽衣が言った。それ以外の場所は判らない。フィオナがもの言いたげに芽衣を振り返った。そこへ行くのは、芽衣だって気が進まない。ゆきが殺されて放置していたとてもむごい場所だ。
「でも閉じ込めておくにはいい場所かもね」
人が来なさそうだ。特に殺害現場だから、幽霊屋敷に忍び込みたい
二人は裏庭に向かた。
フィオナが裏庭へのドアのノブに手をかけて回す。ドアが開いて二人は裏庭に出た。小屋のドアの辺りにも立ち入り禁止と書かれた黄色いテープがドアの真ん中辺りに無造作に張られていた。
ここにゆきが死んでいたことと、裏さびれた裏庭の風景が芽衣とフィオナの足を重くさせる。
「いかにも監禁されてそう?」
フィオナが小屋を凝視したまま言う。
「でもここまであっさり来られてない?」
芽衣はふっと思った。どんな環境に優太がいたとしても、もっとそこへは入りづらいものじゃないかと思う。少なくても映画なんかを見ても侵入するのに時間や危険が付きまとう感じがした。
「違うのかな」
フィオナが不安そうな顔で芽衣を見た。判らないとしか芽衣は言えない。
二人で顔を見合わすと、小屋へと進む。たかが数十歩の距離だが、二人でぴったりと歩調を合わせた。小屋のドアの前にくると、今度は芽衣がドアノブを回す。
「開かない」
鍵がかけられている。
「違うってことかな」
警察が管理をしているなら、殺害現場ということで鍵をかけたのかもしれない。
「犯人が優太さんが逃げないように鍵をかけたかもしれないよ」
芽衣は考える。
フィオナが小屋から数歩離れて全体像を見渡した。倉庫として使うつもりだったから窓は作られていない。中は真っ暗だろう。様子を伺うことができない。
「こんなとこ閉じ込めておける?」
「見つからないって意味ではあるかもね」
フィオナの疑問に芽衣が答える。
でも殺人が起きて死体が放置されていた場所に捕まって放置されていたら? そこは真っ暗で、おそらくここからは助けを呼んでもきっと誰にも聞こえない。
「優太さん、優太さん、いる?」
芽衣はドアを叩いた。少し静かにしてドアに耳をあてて反応を待った。
「いるって雰囲気じゃないよね」
フィオナが言った。
「ここ以外じゃないかな」
「じゃどこ?」
芽衣はドアから目を離し、フィオナに目を移す。
「診察室とかあるし、そこだって、光が入らないから閉じ込めるとしては最適じゃない?」
フィオナは考えられることを言う。ということは、この廃病院の全ての部屋を巡る必要があるということだろうか。
小屋は沈黙している。ここではないと思う。
「仮に、もう」
フィオナは言いかけて、あまりに不吉で言葉を切った。仮にここにいるとしたら、もう死んでいる可能性がある。だったら、ここで芽衣たちが入っても、その死体を発見するだけになる。
「違う可能性を探ってみましょうよ」
芽衣は他の場所を探してみることを提案した。
建物の中に戻り、トイレの辺りを通り過ぎ、待合室があっただろう広い空間に出てきた。
「これは……」
フィオナが虚ろな声を出した。
西口の出入り口の辺りの光景がさっきとは変わっていた。
自動ドアの辺りは柱が出ていて狭まった空間になっている。自動ドアは二メートルくらいの広さだ。その二メートルくらの自動ドアの手前一メートルの辺りに、明らかにさっきはなかったものがあった。工事現場に置かれている黄色と黒の模様のバリケードだ。それが横一面に並べられて、進路を塞いでいた。
ここには芽衣とフィオナ以外の誰かがいる。
そしてこれは、芽衣とフィオナは、罠にかかったかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます