第11話 プレゼント
週半ばになり、福田先生の葬儀がこの週末に行われることになった。と言っても戻ってきている骨は指の一部だ。学園から近いセレモニーホールを借りると先生の両親からの連絡があった。ご両親にとってのけじめだ。学園の近くを選んだことも、まだ死因もどこで亡くなったかも判らない先生の魂がこの辺をさ迷っているんじゃないかと思っているご両親の気持ちの現れのようだ。
神崎は先生の写真を撮って持っているので当日祭壇に飾ってもらうつもりだと言った。他の生徒たちにも聞いてみようとなって声をかけあった。
「俺がかけようか」
小木義春にはどうしようという話になった。神崎は気遣ったが、アランは自分が知らせると言った。
何故だろう。別に話したい相手でもないが、このまま小木との縁が切れない気がした。だったら、きちんと対峙するべきだと思った。
しかし当の本人が学園に現れた。
「まだ外回りの仕事ばかっりだからさ」
中庭からの帰りなのだろう。職員室の辺りを歩いていた小木を見付けた。小木はアランに会って驚いたように頭を掻いた。
「転職して結婚も決まったんだよな」
結婚相手の会社に就職すると言っていたのを思い出した。アランは手短に福田先生の葬儀のこと、写真を持っていないかを聞いた。
「あー、写真か。持ってないかもな」
小木は視線をアランから外すと言った。
「それにその週末、彼女と結婚式場の打ち合わせをすることになっていて……」
小木は困ったように言った。
「しょうがないよ。今の人生が大事だ。お前、人生が上手くいってるみたいでよかったな。結婚って仲間内でもトップバッターだろう」
決まりが悪そうな小木を慰めようとアランは気を遣った。
「相手の家って不動産会社をしてて、うちのじいちゃん家を買ってくれるところを探してる時に出会ったんだ」
自慢がしたいのだろうか。聞きもしないことをペラペラと小木は話した。まだ将来の仕事も夢もあやふやなアランとしては、羨ましいだけだ。けれど小木の表情は浮かない。先生の葬儀の話で、複雑な心境になったのだろうか。
「行くよ。福田先生の大事な葬儀だもんなっ」
小木は元気よく言った。
アランは笑顔を作ろうとした。小木とは福田先生の失踪が有耶無耶になってしまってからあまり話をしなくなっていた。福田先生への思いがアランと神崎とは違うように思った。不安な気持ちを抱いているのは判ったが、その不安な気持ちの方向性がなんだかアランたちとは違って徐々に話が合わなくなった。
「もっと早くに先生を見付けたかったな」
あの頃の気持ちのまま、アランは言った。
小木は複雑な表情を浮かべてうつむいた。
「あの頃見つかっていれば、こんな面倒なことにはならなかったものな」
小木は言った。
「ご両親も、これで俺たちも気持ちの区切りが付けられるかもな」
小木はあっさりと言ったが、アランは気持ちの整理がつけられるのか、自信がない。「犯人が捕まらない限り無理だよ」
アランは言った。
小木はアランを上目遣いで見た。アランは違和感を感じた。言葉にはできない。でも小木には昔から感じていた違和感だ。
「先生、優しすぎて……お前もそんな先生になるのかな」
小木は言った。自分が教師になるということはまだアランには全く見えない。まして先生のような本来の奉仕の精神を持ってる人にはかなわないと思う。
「でも先生はお節介すぎたよ。何にもで首を突っ込む」
ピクリとアランの頬がひきつった。どういう意味だろう。まさか今先生に対して批判的な言葉を聞かされるとは思っていなかった。小木も先生の生徒として悼む気持ちなのかと思っていた。小木は
「そりゃ、完璧な人間なんていないけどさ」
「そうだろう。あのいじめがあった頃とか」
アランの口調は強くなる。意外だったが、小木はあのいじめがあった頃、先生に思っていたことがあったのか。
「そりゃ、教師にできることは決まってるよ。でも先生は気持ちは寄り添おうとしてくれていたと思うよ」
アランは小木が何を言いたいのか判らなかったが、そう言った。あの頃、小木が傷ついていないわけがないのは判っている。だけど
「……うん」
小木はうつむいた。何か言葉を飲み込んでいるように見えた。小木はこうして言葉を飲み込むことがよくあった。一体何を言いたくて言えなかったのか、思うことはあってもそれ以上追求したことはない。言いたければ聞くし、言いたくないなら聞かない。アランも神崎もそういう対応だった。それが彼らの優しさのつもりだった。でも小木には伝わっていなくて、だから小木は当時何も言わずにいたんだろうか。
「確かに先生はいろいろしてくれたんだけど……でも全部が全部有り難いかというとそうでもなくて……」
「何がだよ。言ってみろよ」
アランは言った。
小木はアランをじっと見ていた。ただ見ていた。
「いや、昔のことだから」
開きかけた口はついに開くことはない。
なんとなくだが、思った。
「小木はもしかすると、福田先生と学園以外での付き合いがあるの?」
中学生の頃からなんとなく感じていたことだ。
「いや、まさか。何でそう思うの?」
小木の慌て方がまた不信感を煽った。けれど今ここで小木が話すつもりがないことをそれ以上は聞いたところで仕方がない。
小木は慌てたようにその場を立ち去った。
アランがあの頃、見たくなくて見なかったそんな現実が、ついに現れた……そう感じた。
三時間目の授業が始まっていた。共に授業がない三田村と高羽とアランは給湯室に集まった。話と言えば、堀川ゆきが殺されたこと、福田先生の骨の一部が戻されたことに集約される。他の先生たちも寄ればこの話題が出てくる。三人はコーヒーカップを持ったまま声を落として給湯室の奥で情報を交換する。
「福田先生と堀川ゆきを殺した犯人はまず同じだ」
三田村が言った。それはアランも高羽も異論はない。
「しかし扱いがまるで違うよな」
三田村は続ける。
「福田先生の事件は、失踪後すぐに事件化されればすぐに解決しただろう」
三田村は憎々し気な言い方になった。放置した結果が一連の流れになった。
「犯人ってどんな人間でしょうね」
高羽が言った。
「そもそもどんな理由があって殺したのか。そもそもどこで福田先生を殺したのか。それが全く判らない」
三田村は言う。骨が戻らなければまだ失踪のまま片付けられていただろう。
「でも福田先生も堀川ゆきも手にかけた人物は、この二人を知っていた。ここは間違いないですよね」
高羽が言う。
「学園を中心に回ってるんだろうな」
ぶるっと三田村が身体を震わせた。
「骨を今も持っていた、それを指の骨だけ選んで帰してきたってことは、ここに何らかのメッセージ性がありますよね」
高羽は冷静に分析する。
「メッセージは判らないけど、管理できる状態ってことは、殺してしまった処理をどうしようと思って、例えば山の中に捨てて来たって言うのとは違うな。そう思うとある程度の計画性があって先生を殺したってことかな」
誰かに恨まれて殺されるというのが、福田先生にあわないとアランは思う。
「これ以上の骨を返す気はないんでしょうかね?」
高羽が
「返さない部分は持っていたいってことでしょうか」
三田村が驚いたように聞き返す。
「持っててどうするんだよな。それに比べると堀川ゆきは死体のまま放置した。堀川ゆきも運ぶつもりだったけど運ぶ前に見つかってしまった……とかあるのかな」
三田村は腕を組んだ。
「堀川ゆきの行動を知ってますよね。堀川ゆきが自分でどこにいるのか連絡したっていうこともあるかもしれませんね」
高羽は言う。この場合、優太が関係しているとすると……。
「でも骨をずっと持っていたなら。先生のことをどう思っていたんだ? 嫌ってないよな」
三田村が言うのに
「好きだから、独占したいから殺すっていうのもありますよ」
高羽が返す。
「それで一部だけ返す気になったのか? しかもこのタイミングで動いたって言うのもな」
三田村は訳が判らないというように首を振る。
「今がベストなタイミングだとすると、どんな理由があるだろう」
逆にそういうことだろうかとアランは思い、言った。
仮に優太が関わっていたとして、彼はこれを一人でやってのけたのだろうか。
「優太……片瀬さん、今日は来てないみたいですね」
高羽が名前を口にする。
「そうか」
三田村が軽く応じた。教師同士は職員室で顔を合わすが、用務員をしている優太とは必ず顔を合わすわけじゃない。
「まだ来てないって、片瀬さんと同じ用務員の島田さんから聞いたんです」
高羽が誤魔化すように笑った。こちらもいとこ同士ということを敢えて言っていないらしい。
「そうか。でもこの事件はどうしても解決したいよな」
三田村が言った。
チャイムが鳴った。三時間目が終わった。ざわざわとしたざわめきが聞こえてくる。生徒が廊下へ出てきたのだ。男性の先生が給湯室に入って来た。コーヒーをカップに注いで、去った。その先生が、再びひょいと給湯室を覗いた。
「石神先生、向こうで呼んでますよ」
アランは言われて、礼を言うと、給湯室の外へ出る。つられて三田村や高羽もカップを置いて出てきた。入れ違いに他の女性の先生が給湯室へ来た。
給湯室の外に、作業服を着た男がいた。男性は笑顔でアランを見た。手には箱を持っていた。縦が二十センチ横が三十センチ幅が十五センチはある段ボール箱だった。大きさの割に軽々と持っていた。
「お荷物ですよ」
彼は優太と共に働いてる年配の島田という用務員だった。
「え、誰からですか」
学園に荷物を送ってくる相手に心当たりがない。
島田は微笑んで
「用務員室に置いてあったんです。石神先生に渡してくれってメモがつていたんで、お持ちしました」
アランは余計顔をしかめた。用務員室に置いてあったというのは……。それでも折角持ってきてもらったから受け取らないわけには行かない。ありがとうございますと言って、手を出した。
男子生徒たちが勢いよく走っていた。他の生徒に何かを言われて大きな声を出した男子生徒は背中を向けたままアランと島田の間に飛び込んできた。
「おい、気をつけろよ」
三田村が一喝した。男子生徒の身体が島田の腕に当たる。島田はぶつかられた反動で、持っていた段ボール箱が手から飛んだ。
「すいません」
島田は謝って箱をすぐに拾おうとした。アランも手を出し、二人で箱に手を伸ばした。箱は元々しっかりと口がテープで閉じられていなかったこともあり、へこんで中身が飛び出しそうになっていた。その飛び出したものを見て、アランの動きが止まった。
アランは拾おうとする島田の手を抑えた。そして開いた箱の口から飛び出している白いものに注目した。蓋の部分を開いて、飛び出したものがよく見えるようにした。
「どうしたんだ?」
三田村が不審そうに聞いた。
アランは片膝をついてそれを見る。手を伸ばしてそれを取ろうとした。しかし手が止まる。
そのままの姿勢で、三田村を振り返った。アランは落ち着いた声で言った。
「骨です。多分腕とか足のちょっと長い骨です」
三田村とそばにいた高羽の顔に驚愕の色が広がった。
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