第9話 恋に焦がれて

「似てるよね」

フィオナはファストフードの奥まった席で、スマホをネットに接続し、優太が描いた『ゼンゼンマイン』を見ていた。フィオナが似てると言ってるのは、主役のゼンゼンマインがアランに似てるということだ。

「欧米ではありがちの顔じゃない」

芽衣はどうでもいいというように言う。

「その欧米人の私が言ってるってこと評価してくれる?」

フィオナは妙に得意そうな顔をして芽衣を見る。

「あんた感性日本人っていつも言ってるじゃない」

都合がいい時だけのフィオナのダブルスタンダードぶりに呆れた。

「でもこのマルグリットってあんたに似てる」

芽衣にわざわざ画面を見せてくれる。

「じゃあ、欧米版の私ってことでね」

漫画のことは判らないけど、身近にいる子をモデルにして作ることはあると思う。

それでも漫画の登場人物のマルグリットは十分魅力的だ。

「そんなこと言ったら、このアン=マリーなんて、美羽に似てるわよ」

芽衣は指摘した。

「ダンサーをしてるなんて、設定露骨すぎるくらい」

フィオナ似がいないのは、露骨に生徒たちをモデルにしたのがバレるからだろうか。優太がこの作品を描いている漫画家というのは、学園ではそんなに有名な話ではない。優太自体の性格の問題で、そういうプロデュース能力がなさそうだ。とても大人しい地味な男性だ。漫画を描きたいから、生活のために用務員を続けている。学園勤めの方がいろんなネタを仕入れられるから好都合というのがあるのかもしれない。

 それ自体は問題ではない。

「でも漫画の世界で起きてることは……」

今回の『アイミル女子学園と妖しい薬』はいじめを扱っている。

「妖しい薬っていうのも関わって来るけどね」

フィオナはストーリーをもう一度追っている。

 エミリアはアン=マリーからいじめを受けていた。マルグリットはエミリアをかばったことからアン=マリーからいじめられることになった。そしてマルグリットは自殺してしまう。エミリアはゼンゼンマインにその恨みを晴らしてとアン=マリーの殺害を依頼した。それを受けたゼンゼンマインがアン=マリーに近寄るが、そこにかつて愛していたサッシャが絡んできて、アン=マリーには妖しい薬を学園を通してやり取りしていていたことが判り……という展開になっている。

「だからどうなるのか、どうなるんだろうね」

フィオナが言うのは、漫画がどうなるのかより、この先、ゆきの殺人の行き先だ。

「この漫画の展開にヒントがあるわけじゃないわ」

芽衣は言って、スマホをフィオナに返した。

「ロマンティックな人だよね」

芽衣は今まで優太が描いた漫画を見て思う。とてもロマンティックな作画であり、ストーリーだ。甘いと言えばそうなのだが、芽衣くらいの子たちを対象としているなら、これで十分と思う。

「ゆきはこの優太さんとこの漫画を通して親しかった。だから」

優太とゆきは繋がる。そして優太は失踪し殺されていた福田先生も知っている。この二人を繋ぐ貴重な人物だった。

「でもこういう内容の漫画を描く人が、現実には人殺しなんてする?」

それこそ整合性がないんじゃないかと芽衣は思う。

「活動的で知的な殺人者? でも何で殺すの?」

フィオナも優太と殺人という殺伐としたものが一致しないと思っているようだが

「でもこれ、復讐の話なんだな」

と付け足した。

「じゃ、誰に対して復讐してるのよ」

芽衣は言った。

「ごめん、ごめん」

慌ただしく美羽が飛び込んできた。バレエのレッスン帰りの美羽は頭をお団子にしている。大きなバックを空いた席に放るように置いた。

「ゆき、押しが強いからね」

と、美羽があっさり言った。

「迫田先生と別れたがっていたって言うのもあるのかな」

「別れる?!」

芽衣とフィオナが大きな声を上げた。美羽がシッと唇に人差し指を当てる。

「駆け落ちしといて、別れたいとか変な話だけどさ」

まあ、十四歳の気持ちなんて、そんなもの、と言われれば……。

「実際、迫田先生、ゆきが他に誰か好きな人がって言ってたよね」

フィオナもそれは否定しない。

「それが優太さんだっていうの?」

芽衣が言うと、フィオナと美羽は顔を見合わせた。

「今度は漫画家と付き合ってみたかったとか。ゆきにとって恋愛ってそれくらい軽いものだったと思うよ」

美羽は言う。妙に世慣れたところがある美羽のいうことはいつでもある意味当たっている。

「男たちが、変に重くしてるの? 優太さんもゆきに迫られてビビった……みたいな」

フィオナの声は辛らつになる。

「ビビっても断ればよくない? 殺すかな?」

芽衣は当然のことを言った。

「ファンが突撃してきたようなものだよね。それくらいかわせるでしょう」

美羽もそんなこととは思えない。

「そもそも優太さんって、福田先生のストーカーだったらしいんだよね」

芽衣はアランたちから聞いたことを思い出した。

「ちょっと、あんた」

美羽が芽衣を突いた。

「あんたたちいとこって」

小木がバラした話が蒸し返され、しばらく芽衣は二人からきついお叱りを受けた。そしてアランから聞いた、福田先生の骨の一部が返されてきたことまで話した。

「ストーカーする男が、ストーカーされたってこと?」

フィオナの言い方はいちいち毒がある。

「ゆきはストーカーするタイプじゃないよ。でもストーカーする男って、だから福田先生に優太さんは何したの? それが原因で福田先生が殺されて……」

美羽が指を鳴らした。

「見える現実が変わるわね」

 けれどストーカーをすることと殺すこと、その後埋めて、骨の一部を返してくることになると……。

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