第7話 ふざけた君ら
「ゆきが戻って来たってこと?」
芽衣はびっくりして聞き返す。けれど
「迫田先生が戻ってきたの」
ゆきが消えたとされる夜から三日目が経っていた。
「だからゆきが戻って来たんでしょう?」
芽衣はイライラと言った。教室の隅に集まった芽衣と美羽、フィオナは小さな声で話していた。
「違うの」
美羽が首を振る。美羽はゆきの母親と話したことを芽衣たちに伝えた。
「迫田先生だけが戻ってきたの」
「それじゃ、ゆきと迫田先生は一緒じゃなかったってこと?」
フィオナが確認を取るように聞く。
「一緒だった。迫田先生が帰ってきたことでそれが判ったの」
美羽の話は判りにくい。美羽は
「だから、迫田先生にゆきの両親が話を聞いたの。そしたら迫田先生は一緒に家を出たと認めたの。でも二人で一緒にいた場所からゆき一人が消えたの」
「また失踪したの?」
フィオナは話しについて行けずどこか投げやりに言った。
「そうじゃなくて」
話している美羽もイライラとしてきた。
「二人は最初はよかったけど、仲たがいをしたの。それでどうするか話した後、ゆきがいなくなったの。それで迫田先生は帰って来たの」
「ゆきを放って帰って来たんだ」
フィオナは思わず言った。
「声が大きい」
シッと美羽が唇に指をあてる。投げやりなフィオナは、聞こえようとどうだろうがどうでもいいと言いたげた。
「迫田先生はゆき一人で帰ったんじゃないかと思ったの。だから戻って来たけど、ゆきは戻ってなかったという結果だったの」
そういう展開になったのかと思う。芽衣は母の菜々子にゆきのことを話したところ、菜々子が言っていた展開を気にしていた。
二人が駆け落ちしたのなら、しばらく放っておくしかないと芽衣が言うと、菜々子は言った。駆け落ちした場合、サッと気持ちが冷めて戻ってくる場合と、更に追い詰められて、心中に発展するケースがある、と。
芽衣は頭の中を整理する。
「じゃ、ゆきはどうなったの?」
肝心のそこは変わっていない。
「どういうつもりなの、その男」
フィオナはイライラと言った。気のせいかポニーテールにしてる髪の生え際の産毛が逆立っているように見える。
とにかくゆきの行方を探す必要があった。だから芽衣たちは迫田先生を訪ねることにしたのだ。
芽衣は初めて降りる駅の改札を抜けた。
フィオナがシンプルな白いシャツにデニムのスカート姿で手を振りながら走って来た。同じ電車だったようだ。夕方から夜に移行するこの時間、帰宅する会社員が行きかっていた。仕事終わりのラフな雰囲気が流れている。改札の見える辺りに立つ。芽衣は黒いTシャツにピンクのミニスカート姿で人でごった返す改札を見た。美羽が人ごみをかき分けて現れるのには少し時間がかかった。美羽はバレエの帰りだそうで髪を綺麗なお団子にまとめている。青いワンピースは着替えやすいためだろう。肩から大きなバックをかけていた。
三人は迫田先生の自宅に向かった。駅から約十分の所に、迫田先生が住むマンションがあった。五階へエレベーターで上がった。
迫田先生は在宅していた。呼び鈴を押すと、のっそりとした三十歳を少し超えた中年男性が現れた。ヨレヨレのシャツを着て無精ひげを生やした男が迫田功だった。こんな人のどこがいいのか。それが芽衣の第一印象だ。彼は突然訪ねて来た三人の話を聞くと、ちょっと外へと言って、近くのファストフードの店に誘った。
迫田先生はもう少しましなシャツとスラックスに着替えていた。家には妻がいるんだろうかと思ったが、少し開いた玄関の内側の淀んだ空気の感じは無人に思えた。
駅前ファーストフード店の奥まった席に迫田先生はソファに座り、テーブルを挟んで左からフィオナ、美羽、芽衣が座って対峙した。
迫田は疲れていた。目は落ちくぼみ。顔色もさえない。複雑な気持ちだった。二人で逃げていた時も迫田はこんな顔をゆきに見せていたんだろうか。この人が友人を……芽衣は両手を膝の上に乗せると下を向いた。迫田を直視できない。友人をとられたような思いや、こんな騒動になってしまってといういろいろな思いが乱れた。迫田は出っ張り気味の目をぎょろりと動かした。
迫田はゆきといたことを認めた。フィオナがそれでいいと思ってるんですかと、すぐに爆発したが、それを美羽が抑えた。
「ゆきの気持ちが判らなくなって……」
迫田は視線をさ迷わせながら言った。
「判らないってなんですか?」
フィオナがすぐに詰め寄る。
「少なくともゆきはあなたを信じて駆け落ちなんてしたんでしょう。それなのに彼女を置いて帰って来るなんてどういうことですか」
迫田はフィオナの目を見て
「先に彼女の姿が見えなくなったんです。電話も繋がらない。喧嘩はしたけど、半日様子を見てそれでも連絡が取らなかったから、もしかたした帰ったのかもしれないと思って、それを確認するために戻ったんです」
美羽が言っていたことを繰り返しただけだった。
「喧嘩をしたって何が原因だったんですか?」
美羽がまたフィオナが何か言いだす前に話を取った。
「これからのことです」
「奥さんが妊娠したことが駆け落ちの理由って聞きましたけど、駆け落ちして、二人で新しい生活をするつもりだったんですか?」
話しながら美羽は言葉を探っていた。そもそも中一の普通の会話に出てくる単語が一つもない。
「どうしようか迷って……」
迫田は、目を伏せて、まるで叱られている生徒のようにかしこまった姿勢だった。
「ゆきとのことをどうするか考えて、別れるしかないかと思ってそれを彼女に話したら、彼女はそれは嫌だと……だから駆け落ちってことになりましたが、そこでじゃ、具体的にどうしていこという話になったかというと……」
迫田は息を吐き出した。
「ゆきの望む未来と僕の望む未来は違って。彼女はこの先中学生活も高校生活も経験してほしい。でもゆきはなんかそれも望んでいなくて。元々親との関係が上手くいっていなかったから、家庭生活が嫌だったとかあったんだろうけど……だから何を考えているのか。僕やこれからの僕とのことを考えているわけじゃなかった」
芽衣は話を必死に追ってみた。全ての言葉がテレビから聞こえてくるドラマの台詞にしか思えない。
「ゆきは他に好きな人がいるんじゃないかと思って……」
迫田の言葉が胸に引っかかる。なに? それ?
「僕らがいた場所から、とにかく彼女の姿が見えなくて、少し一人になりたいのかと思ったけど、いつまでも姿が見えないことが気になって探したけどいなくて、だからもしかしたらその人の所へ行ったか」
ふと迫田の声に嫉妬が滲んだ気がした。
「それで?」
芽衣は硬い声を漏らした。
「家に帰っていないことは判りましたが……じゃあどこへ行ったのかというと……」
芽衣はとても大変なことが起きているような気がした。そっちの気持ちに集中した。そう考えていないと、目の前のふざけた教師に怒りがこみあげて、怒鳴りつけそうだった。
「とにかくゆきを探さないとまずいですよね。一体ゆきと迫田先生はどこにいたんですか?」
美羽が淡々とした声で聞いた。
「何してんだよ」
アランは芽衣たちが迫田先生に会ったことを聞くと、呆れたように言った。
迫田先生と芽衣たちは、ゆきを探しに行く約束を勝手に取り付けいていた。
アランにはそこへ、保護者代理としてついてきてほしいと頼んできたのだ。
「どこへだよ」
「それが廃病院なのよ」
芽衣はワクワクした声を出した。本当は昨日迫田と共にそこへ行こうとしたらしい。が、夜が更けてきていた。迫田から翌日は土曜日で学校がないからと提案されてそれに従うことにしたのだ。そして、芽衣は勝手にアランを同行した方がいいと判断して誘ってきたのだ。
アランからしても知らない小学校教諭と生徒たちを行かせることはためらわれる。 そして、アランは芽衣と共に約束の場所へ向かうことになった。
迫田先生とはその廃病院があるという駅で待ち合わせた。迫田らしい人影が改札にいた。芽衣たちは乗り継ぎの駅で一足先に集合の約束をしていた。芽衣がそこへアランを伴って現れると、美羽とフィオナはさすがに驚いてた。芽衣はアランがいとこだとは言わず、学園からの代表としてと、一見回りくどい言い方を彼女たちにした。美羽やフィオナとしてもアランがいてくれる方が何かと便利と思ったらしくあっさり受け入れてくれた。
迫田は、アランの存在に少し驚いていたが、三人のよく知らない少女を連れまわすより、もう一人の保護者がいる方がいいと思ったらしく、こちらもあっさり受け入れてくれた。
迫田は三十一歳で、教師歴としてはそれなりだ。保護者受けはいいタイプに見える。生徒たちからも慕われるタイプだろう。ゆきのことさなければアランも好印象を受けただろう。
住宅街に突然現れる病院は二回建てで周囲の住民を受け入れて来た貴重な総合病院だったようだ。アランたちは西口という裏側に当たる入り口についたが、正面玄関は大きな道路に面している。そっちはしっかりと施錠がされていて入ることはできない。西口の入り口の一部が破損していて、入ることができた。
廃病院になって半年だと迫田は言った。入院設備があるので、周囲のホームレスなどが寝床にし始めている。それ以外の廃墟オタクやお化けが好きな者たちが噂を聞いてやってくるようになった。単純にちょっとしたホテル代わりとして使用する恋人たちもいて、迫田とゆきはまさにそれだったわけだ。
「もちろんベッドなんてありませんよ」
道すがら迫田は説明した。アランと迫田の前を芽衣たちは気楽な様子で歩いていた。まるで遊びに行く子どものような気楽さに、本当に遠足を引率する教師のような気持ちになって来た。
病院の建物を取り囲む白い壁はやや薄汚れていた。廃院になってからさらに汚れが目立つようになったのだろう。人がいないという独特の空気間があった。西口は二畳くらいの広さの入り口だった。直径一メートルくらいの自動ドアが左右に開く仕組みのようだ。この自動ドアが開かないと中に出入りができない。電気が入っていないかつての自動ドアは誰かが強引に隅を破壊して開くようにしたようだ。けれどぐっと力を入れないと開かない。押せば普通の横開きのドアのように開くようになっていた。中に入ると大きな柱が両端にあり視界を塞いでいたがそこを過ぎると広いロビーに出る。右側には受付が広がっている。左側には売店があったようだ。ロビーにはソファが並んでいたと思われる空間が床面を露出させていだ。どうでもいい紙くずやプラスチックの破片のようなものは落ちているが、何もない。受付も上に『受付』などと書かれていた看板があっただろうが、それも全て取り除かれている。受付の白い台の上には何故かスニーカーの靴跡が残っていて誰かがここに乗った後があった。
まさに「終」だけが表現されていた。
「こっちです」
迫田がいい、受付の奥の通路に向かう。物珍しそうにこの光景を見ていた芽衣たちも急いでそれに従った。何故か常に少女たちは彼らの前を歩く。後ろにいられるより監視がしやすい。彼女らは全くの遠足気分で流行物についての会話を始めていた。変に緊張したりしていないから扱いやすいと言えばそうだが、この緊張感のなさもどうだろう。考えて、これが若いということなんだなと二十一歳のアランが思ったりした。
通路を少し行くと開けた場所に出た。この辺が正面玄関に当たる。この辺りもソファが置かれていたようだ。椅子の丸い後が床の後に残っていた。それぞれの柱に内科、外科、産婦人科、精神科とかつてプレートだったものが張られていたが、今は地面に落ちて割れていた。
「こっちを選択したんです」
迫田は精神科のプレートが落ちている通路へ向かった。迫田は持っていたバックから大きな懐中電灯を取り出した。ここから先は窓がないため太陽光が差し込まない。
診察室が左側にいくつか並んでいる。右側にカーテンレールが天井近くに走っている個室もある。カーテンで簡単に仕切られる処置室と呼ばれる部屋だったのかもしれない。
「この診察室に」
通路の左側二つ目の部屋へ迫田は入った。そこにはマットが置かれていた。バスタオルが数枚その上に置かれている。不潔な感じはしない。今でも腰を降ろして休みたいような使用感がある。
「ベッドのマットは裏庭に小屋があって、そこに二、三個残っていたものです。それを二人で運んで来て、ここで寝泊まりしてたんです」
愛の巣……ぼそっと少女たちから声が上がった。
「ダニとか凄いかもしれないけど。バスタオルは近くのスーパーで購入しました」
迫田の声はどこか弾んでいた。ここへ来てゆきとこの準備をしていた迫田はこんな結果があると思わず、まるで新婚家庭でも作っているような楽しさを味わっていたのかもしれない。
「食事はコンビニで、カップ麺でもパンでもなんでもありますからね」
こんな風に簡単に駆け落ちができるというわけだ。
でもこんな生活はあっという間に終わる。懐中電灯で辺り一面を迫田は照らした。ゆきの姿がまだそこにあるかどうか探しているようだった。
懐中電灯が必要になってからはさすがに少女たちは固まって、静かにしていた。今は迫田の懐中電灯のそばにぴったりと固まって動いている。アランも光源がないから自然に迫田に密着するようになった。一面を照らして納得したらしい迫田は戻りましょうかと言い、光源がある方へアランたちを導いた。
明るい場所へ戻ると
「将来のついての不安は出てきました」
迫田はアランを相手にポツポツと語る。
「でもゆきは違うことを考えているような気がしていて……」
十四歳の中一に何を求めていたのか知らないが、迫田は苦悩を語った。
「他に心配ごとがあるのか。だったら話してくれそうなものだけど……話せないことなら、他に好きな人ができたとかそんな話なんだろうかって思ったり……」
ゆきの気持ちは迫田からあっさり離れたらしい。
「きっと僕と一緒にいたくないそういうことだと思いました」
ぼそっと少女たちから「飽きた」と聞こえた。
「でも家にも帰らず一体どこにいるのか」
芽衣たちがゆきに電話してもラインをしても繋がらない。
「他に行きそうな場所に見当はないんですか?」
二人がいた場所に来たのは、ゆきが今どこにいるかのヒントになればと思ってだ。ここにいないのなら他の場所を探すしかない。アランは聞いたが、迫田は顔を曇らせる。
「いろいろ、考えてみるんですが……どこといって……」
「二人でどこかへ行きたいとかそんな話はしなかったんですか?」
フィオナが聞いた。
「行きたい場所」
迫田は考える。
「やりたいこととか」
美羽が言った。
「やりたい……」
顎に手を当て思案をしているが
「山小屋に行きたいって言ってたな」
と言った。
「こっちなんですけど」
と突然迫田が歩き出した。
「奥に裏庭があって、そこに小屋があったんです。それを見付けたゆきが山へ行きたいって言ったんだ。子どもの頃親と行って、その山小屋での食事やみんなと遊んだことが楽しかったってそんな話をしてました」
迫田は来た通路を戻った。アランたちは慌てて後を追った。迫田は西口の方へ戻ると、売店跡の横にある狭い通路の方へ大股で進んだ。狭い通路の右側には男女別のトイレがある。左側は壁になっていた。そこを通り過ぎ角を右に曲がると、裏口に出るドアがあった。ドアを開けた。
小さな庭があった。庭には四畳くらいのプレハブの小屋が建っていた。さっきベッドマットを持ってきたと言ったのはここのことだろう。彼はアランを振り返り
「ここを見て、昔行った山小屋を思い出すって言ってたんです」
アランは登山経験がない。テレビでたまに見る風景で山小屋のようなものが出てくる。そう言えばこんな感じかと思う。プレハブの小屋の前にはぎゅうぎゅうにものが詰まった薄汚れた麻袋が数個無造作に置かれていた。小屋の周囲に背の低い木や伸び放題になった背の高い植物が生えていた。その中にポツンとある木の切り株が山を連想すると言えばいえないことはない。
「そうかな」
少女たちの中からまた声が上がったが、個人の好みや感想が大きく支配しているのだろう。
迫田はそのまま小屋のドアに近寄った。
「大丈夫ですか?」
アランは、突然嫌な気分に襲われた。小屋の中は光がなく暗い。
「大丈夫ですよ」
大型の懐中電灯を持っている迫田はそれをつけて、小屋のドアを開けた。
そのまま、光を中に向ける。
「え」
迫田が驚いた声を上げる。
「どうしたんですか」
アランは迫田に近づいた。
「誰かの足のようなものが見える」
アランも中を覗き込む。中は物が乱雑に置かれている。暗くてほとんど何がどうなっているのか判らない。それでも迫田が照らす明かりで、箱のような形のものの間から人の靴を履いた足らしいものが伸びているのが見えた。
「ゆきがいるの?」
芽衣たちがアランの後ろから小屋を覗き込もうと、アランの背中を押した。
迫田は光を向けて、足の方へ近寄る。
「ゆきっ!」
鋭い悲鳴が上がった。
「どうしてっっ」
アランはとっさに後ろにいる芽衣たちを小屋から遠ざけた。
「ダメだ、見るな」
芽衣たちは迫力に押されてそのまま後ずさった。
「どうして……、ゆきっ、……」
迫田の悲痛な涙声が響いた。
アランと芽衣は廃病院の西口の外に立っていた。美羽とフィオナはそれぞれの親が迎えに来て帰って行った。その前に形だけ堀川ゆきの死体を発見した経緯の話をそれぞれ警察に聴取された。芽衣を含め少女たちは死体を見ていなかったからこれで済んだ。未成年であることも大きく関係した。芽衣は心配する菜々子をアランと一緒だからという理由で押しとどめ、この場に残った。
周囲はそろそろ陽が落ちて来た。こうなると廃病院はその表情を変える。なんだか薄気味の悪い、無機質な建物としてただ彼らを威圧するように存在していた。
「迫田先生、大丈夫なのかな」
彼は、この地域の管轄の刑事が警察へ動向を求めそれに応じていた。
「第一発見者だからな」
アランは呟いた。
「第一発見者だとどうなるの?」
芽衣が聞く。アランは以前聞いたことがある話をした。
「以前友だちがたまたま放火の第一発見者になったことがあってさ、そしたらしつこく話を聞かれたって言ってたからさ」
「第一発見者を疑えってやつね。それって、迫田先生が疑われてるってこと?」
芽衣は全く迫田の今日の行動を疑っていないようだった。
アランは今日の迫田の行動を思い出す。
「彼、一人でどんどん裏庭の小屋に行ったろ」
全て迫田が決めて動いてた。懐中電灯まで持参してだ。考えると全てが計画的にも思える。
「でも第一発見者は、迫田先生でしょう?」
芽衣がそこを確認するように言った。
「迫田先生も、第一発見者ってこと」
わざわざ芽衣たちを巻き添えにした。アランが今日来たのは予定にないことだったが、そうでなければ、迫田はゆきの友人の少女たちと一緒にゆきの死体を発見することになったはずだ。
それを考慮して芽衣は必死に想像を巡らし言った。
「ってことはよ。駆け落ちしたはいいけど、ゆきを突発的に殺してしまって、その死体をどうしようって悩んで、そうだ、自分と自分以外の人間に死体を発見させようってしたってこと? もしかしたら上手く誘導して、友人の私達だけにってこと?」
迫田が小屋に入って発見するより、たまたまでも居合わせたアランが先に入る方がよかった。もしくは、少女たちが出しゃばって入って発見することでもよかった。
「でも、迫田先生、私達に先に行かそうとしてなかったわ」
芽衣は、その時のことを思い出していた。そうだとアランも思う。
芽衣は更に
「もし計画的だとしたら?」
芽衣はアランを見て
「ほらよくあるじゃない。ワイドショーとかドラマとか。迫田先生の奥さん妊娠していて、その場合愛人の方が邪魔になって、愛人を始末しようとして、誘い出して、予定通り殺害……そしてその死体をこうして発見させる……」
行ってるうちに芽衣自体が不快な気分になったようだ。声がどんどん小さくなった。
「もちろん、迫田先生が全く関与してないとも考えられる」
アランは迫田が必死に、ゆきが何を考えているのか判らなくなったと言っていたことを思い出した。
「そして迫田先生と別れて、ゆきは誰かに会った? でも死体が発見されたのは、この場所だわ」
その場合、どんな経緯があったのか。犯人は、堀川ゆきがここにいることを知っていて会いに来た。事前にゆきもここにいることを伝えた。
ゆきとはどんな関係で、どんな事情があると駆け落ちの最中にゆきはそんな行動を取るのだろう。
建物の中から松木刑事と田尾刑事が出てきた。捜査陣が通るので、西口の元自動ドアは大きく開け放たれていた。
アランはゆきの死体を箱の陰から出た足しか見ていない。芽衣たちは全く見ていない。それが唯一、今回救われたことだと思っている。芽衣たちには友人のそんな姿を見せたくなかった。
松木はアランを見ると、少し優しい目をした。
「堀川ゆきの死因は何だったんですか?」
松木はチラリと芽衣の存在を気にして
「胸を鋭い刃物による刺殺です」
どんどんと二回刺す真似をした。
「苦しんだんでしょうか?」
芽衣が聞いた。
「失血死が直接原因だから……でもショックですぐに意識を失ってしまうことをもあるからね」
田尾が芽衣を気遣って、やたら優しい声を出していた。芽衣の顔は曇る。殺されたということに変わりはない。田尾は芽衣の反応に言い方を間違えたのかと心配そうな表情を浮かべた。
「私、最後にゆきと喧嘩してて……アランのこといとこなのにからかわれて……それに怒って大きな声を出して……」
芽衣はうつむいて、涙をこらえていた。田尾は芽衣を励まそうと言葉をかけ始めた。彼には妹がいるのかもしれない。田尾と芽衣の間だけ何とも言えないほのぼのとした空気が流れていた。でもその田尾の気遣いが、アランはとても有り難いと思える。
「犯人は迫田先生ってことで調べられるんでしょうか?」
アランは聞いた。
「そうですね。これからですかね」
松木は歯切れが悪い。あくまでアランも関係者だからか、まだ何とも言えず迷っているだけか、区別はつかない。
松来は何気ない風で
「あの骨ですが、福田先生という結果が出ました」
「そうですか」
落胆はするが、そうだろうと思っていたから……でも違うならそうであってほしいと、胸は揺れていた。
「堀川ゆきさんの事件とは関係ないのかもしれませんが」
芽衣がアランの袖を掴み、話しがよく判らないというような目を向けた。アランはそれに頷いただけだ。後でと言いたかったが伝わっただろうか。
「犯行のやり方もに似た所はないわけだけど、これだけ重なるとね」
松木はひとり言のように呟く。
かと言って、福田先生と堀川ゆきが七年の時を置いて、一体何が繋がると言うのか。
アランたちは帰宅をうながされた。田尾刑事が大きな身体を丸めて芽衣をまだ気遣っている。
すっかり夜は更けていた。アランは都会の暗いだけの夜空をぼんやりと眺めた。
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