5話 超平和的解決!
――リリ視点――
ゼロの出現から約1か月が経過した。
あれからゼロに関する目撃情報は一件もないし、情報提供もない。
私は全力で戦ったがそれでもゼロにかすり傷すら与えることができなかった。あの戦いにおいて私はただの団長のお荷物にしかなれなかった。その悔しい思いを二度としたくない。
サーマルライト家の広い庭で一人剣を振る。
あのときゼロが放った紫電一刀は、私の紫電一刀よりもすべてが上だった。威力も速度も、完成度も。
「はぁ!」
ただ悔しい。
私が数年も努力し、熟練したと思っていた技は他人が一見しただけで超えられてしまうレベルだったのだから当然だ。
もちろん、ゼロが次元が違うということは理解している。それでも悔しいものは悔しいのだ。
「リリ嬢ちゃん今日も頑張ってるな」
剣を振っていると庭の入り口の方から団長の声がしたため、剣を振るのを止め振り向く。
「団長、どうしたんですか?」
「いいや、珍しく気合が入っているなぁと思ってな」
「それはもちろん、今度は足でまといにならないためです」
「別に足でまといなんて思わなくていい。あのゼロという男が異常なんだ。ま、俺がなんと言おうとリリ嬢ちゃんが納得するとは思っていないが」
団長は笑いながら近づいてくる。
そして異空間収納から木剣を取り出し、構えた。
「団長?」
「ほら、かかってきな。リリの嬢ちゃん。久しぶりに稽古をつけてやる」
「ありがとうございます。では、行きます」
「ああ」
私は剣を構える。団長は木剣だが、私は真剣だ。
本気で剣を振れば木剣が負けるのが普通なのだが、この団長相手にはそうはならない。
雷を全身に纏い、高速で団長に切りかかる。
「雷光一閃」
「瞬閃」
私と団長がすれ違うような形で切り合う。
決着はすぐについた。
私の視界は揺らぎ、気づけば地に手をついていた。
「強くなったな、リリの嬢ちゃん。少し頬が切れちまったよ」
「もう…一度お願いします」
「おう、何度でもいいぜ」
団長は笑顔で木剣を構えた。
――レイスト視点――
「誕生日おめでとう!レート。12歳だな!」
「あっという間に12歳ね」
朝、目が覚めると嬉しそうな両親の声が耳に届いた。
「え?どうしたの?」
「あら?あなた自分の誕生日すら覚えてないの?」
そう、今日は俺のこの世界での誕生日だ。
ちなみにだが、俺は完全に忘れていた。
前世での記憶があるため、レイスト・フィルフィートとしての誕生日は他人の誕生日とほぼ同じ認識になっていた。だから、完全に忘れていたのだ。
しかし、誕生日が来たからと言って嬉しいことはない。というか、12歳の誕生日は来てほしくなかった。
その理由は――
「12歳…レートもそろそろ学園へ入学させなきゃね」
「そうだね。学校……」
心の中では「行きたくねぇ!!」と全力で叫んでいるが、声に出せない。
なぜならうちの両親は泣きそうな表情で俺を見ていたからだ。この状況で、行きたくないとは言えず、俺は黙ることしかできなかった。
「ん?」
「っ!?」
ふと部屋の入り口に人の気配を感じたため、視線を向ける。
そこには長い黒髪の少女が頭だけを出し、こちらの様子を伺っていた。
しかし、目があった瞬間逃げられてしまった。
俺が入り口に視線を向けていることで大体のことを察した母さんが困ったような顔をする。
「まだレートには慣れてないのね」
「しょうがないさ。あの孤児院にいた子なんだから…。レート、シアを悪く思わないでくれ」
「わかってるよ、父さん。シアは俺の可愛い妹だから」
そう、先程入り口で俺の様子を伺っていた黒髪の少女はリシア・フィルフィート。愛称「シア」。
ちなみに俺の愛称は「レート」だ。
孤児院から抜け出し、逃げてきたこの村で母さんが見つけ連れ帰ってきた子こそがリシアだ。
そして運がいいことに、リシアには魔法の才能がある。俺が魔法を全力で教えれば、この世界の上位を狙えるレベルの魔法師になれるだろう。
まあ、彼女が望まない限り魔法を教える気はない。
それは単純に妹には自分の好きなことをして生きてほしいという兄としての思いだ。
もちろん必要最低限、護身用の魔法はいつか教えるけど。
――夜――
この世界の技術は前世の日本には届かないが、そこそこ発展していると言っていい。
その証拠に、我が家にはラジオに似た機械が置いてある。
電力の変わりに魔力を利用し、情報を世界に届けるというこの世界唯一の情報メディアだ。
(今日、ガラム大洞窟にて、子供数名が行方不明になるという事件が発生しました。救助のため3級冒険者を5名大洞窟へ向かわせましたが、誰一人帰ってきていないそうです)
ラジオのような機械から興味深い情報が流れた。
「へぇ、少し興味ありだな。大洞窟っていうのも気になるし、行ってみるか」
両親が寝静まった時間を見計らい、俺は夜の世界へ飛んでいった。
風魔法で飛行し、数分で町が見えてきた。
「前回来た町とはまた違う町だな。大洞窟の位置を詳しく知らないし少し聞き込みしてみるか…」
目立たないように、人目の少ない場所に着地する。
そして異空間収納から認識疎外の魔法が付与された黒いマントを取り出し、身に纏う。
これで俺の正体がバレることはないだろう。
「よし、それでは行ってみるとしますか」
暗い裏路地から大通りに出る。
人口が多いのか、歩いている人間の数が多い。
手始めに大人しそうな大人の男性に話しかけてみる。
「すまないが、ガラム大洞窟のある場所を知らないか?」
大人しそうな男は少し驚いた後、地図を取り出し丁寧に場所を教えてくれた。
「えーっとね。ガラム大洞窟はこの町を北に進んだところにあるよ。多分近くまで行けばすぐにわかると思う。それなりに目立つ場所だからね」
「そうか、感謝する」
位置も一発で聞き出せたので、男から離れようとした。その瞬間、男が俺に声をかけてきた。
「少し待ってくれるかな?」
「ん?」
流石に役に立ってくれた人の言葉を無視とはいかない。俺にだって良心はある。
足を止め、男の方を見る。
「何でこのタイミングでガラム大洞窟に行きたがっているのか疑問に思ってね。理由を話してはくれないか?あー、僕は怪しい者じゃないよ。白騎士団に所属しているアハト・カーネイトだ」
「白騎士団の人だったんですか。俺が大洞窟に行く理由はただ見てみたくなっただけだ」
適当に流して、早く大洞窟に行こうとした俺を見て、アハトは剣を抜いた。
周囲の人達は剣を抜いたアハトに気づいたのか、俺たちから距離をとったり、騒ぎ出した。
この騒ぎを聞きつけて白騎士さんたちがこの場所に来る可能性は高いだろう。
「ごめん。流石に君を信用することは出来ない。大人しく僕についてきてくれないか?」
「無理だな」
「そうか…本当なら平和的解決がベストなんだけど…」
アハトは悲しそうに言った。
こういう男から逃げる最適の手段を俺は知っている。それは、実力差を見せつけショックを受けているうちに逃げるというものだ。
(これぞ平和的解決ってな)
俺はアハトの顔を見ながら言った。
「できればお前を傷つけたくはない。大洞窟の位置を教えてもらった恩があるからな」
「……これが最後のチャンスだよ?大人しく僕についてきてくれ」
「白騎士団というものは全員似たような人間たちで構成されているのか?数年前も似たようなことを言っていた女がいたな…。確か名前はリリ・サーマルライトだったか?」
「っ!?…君が……」
女騎士さんの名前を出した瞬間、男の雰囲気が一変した。
「ごめん……、もう手加減なんてしてられないよ」
アハト姿が揺らいだと思ったら、すでに目と鼻の先に剣があった。
「一式・陽炎」
軽く後ろにステップし、アハトの剣を回避した。
(右手を斬ろうとしていたな。剣士を無力化するには最適な方法だな)
俺は指輪を元の形状に戻し、アハトに言った。
「ところでお前は平和的解決を望んでいたな」
「突然何を言っているんだ?」
「自分の剣ぐらい、見た方が良いんじゃないのか?」
アハトは自身の持つ剣へと視線を向ける。
そしてその表情は驚きへと変化していった。
「え?刀身が無い?」
アハトが俺の右手を狙うということは、予備動作の時点で分かっていた。
視線が一瞬だけ、俺の右手に向けられたのだ。
右手に来るとわかったらあとは簡単、万能指輪を小型の刃に変化させ、やってきた剣を切ってしまえばいい。
「わかっただろう。お前じゃ俺を止めることはできない。刀身のない剣などでは戦えない。誰も傷つけられない。これぞ平和的解決じゃないのか?」
そう言って俺はアハトに背中を向け、歩き出した。
「ま、待て!」
アハトが大声を出すが、追ってくる気配はなかった。
彼は恐怖にやられたのだ。俺に対する恐怖。
おそらくこのままだと、アハトは剣を捨てるかもしれない。それは流石に可哀想だと思ったため、助言をした。
「お前の努力は技を見ればわかる。だが、その程度の努力では、ただの努力家の域を超えれないだろう。お前には才能がある。もし今お前が悔しいと思っているのならば、死ぬ気で努力をすることだ」
「くっ!」
アハトは拳を握りしめ、地面をたたく。
そしてこちらを睨み言った。
「ああ、この悔しさは忘れないよ。いつか君を必ず打ち倒す」
「それは楽しみだ。未来の白騎士団長、アハト・カーネイト」
空間転移で少し離れた場所へ出て、大洞窟のある方向へ風魔法で飛行し移動した。
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