9話 少女の始点

 私の名前はラエル・ナトライゼ。6歳の無力な子供。親に捨てられた孤児である。

 毎日、汚い路地裏から食料を探し、時には盗みもした。

 私も盗みは悪いことだというのは理解している。だが、生き抜くにはそれしかないのだ。

 もちろん、そんな生活が長く続くとは最初から思ってもいなかった。




 ある日私は高熱を出し、歩くことすらできない状態に陥ってしまった。

 その時、私は理解した。ここで私は死ぬ運命なのだと。

 でも…それでも、私は生きることを諦めなかった。いや、諦めることができなかった。

 だから地面を這い、助けを求めようとした。足を擦っても、爪が剥げても進んだ。 

 あと少しで裏路地を抜けれるところまで来た時、視界が明滅しだした。これ以上は進めない…そう理解した。だから、掠れた声で助けを求める。


「た…すけ…て……」


 その声は私が思っていた以上に小さかった。人の足音にすらかき消されるその声に、反応するわけがない。

 目を閉じた。もう、目を開く力すらない。

 そんな中、私の口から自然と言葉が漏れた。


「きれい…になりた…い。こ…いを…してみ…た…い。と…もだちが…ほしい…」


 まだ親に捨てられる前に読んでもらった絵本は、一国の王子と王女の恋の物語だった。それに私は憧れていたのだ。

 まだ未経験なことが山ほどある。だから私を――


「(助けて…)」


 最後の力を振り絞ったはずが声が出なかった。

 もう、終わったのだ。私の人生は……


「あ、ここにいた」


 近くで男の子の声がしたのと同時に、意識が少し戻った。

 

「うわー、こりゃひどいな。中学の時にスラムやらなんやらを勉強したことがあったけど、実際見ると相当だな…」


 男の子の言っている言葉の意味が私には理解できなかった。

 

(でも、もう理解しなくてもいい。私はもう助からない…)


 私は意識を手放した。


――レイスト視点――


 初めて偵察に来た町だったため、俺のテンションは上がっていた。

 そのせいもあり、町一番の高所で絶景を堪能していた。


「ふむ、6歳っていいね。日本で言うところの小学生。その年から友達と遊ぶという言い訳ができるのだから!」


 そう、俺は親に(架空の)友達と遊ぶと言って、近くの町まで来ていたのだ。

 そして早速探知魔法に興味深い反応があった。


「この反応の仕方……」


 実はこの町に今日やって来たのには目的があったからなのだが、今の俺は探知魔法に引っかかった反応の方が気になる。だから本来の目的を後回しにした。

 高所から飛び降り、一直線に探知魔法が反応を示した場所へ移動した。


「あ、ここにいた」


 暗い裏路地に到着すると、倒れた少女を発見した。

 着ている服は汚れがかなり目立ち、体の細さから十分な栄養をとれていないことを察した。


「うわー、こりゃひどいな。中学の時にスラムやらなんやらを勉強したことがあったけど、実際見ると相当だな…」


 外も内もボロボロで、よく今まで生きてこれてたなと思えるレベルだった。

 

(やっぱ魔力暴走か…このまま放置していたら確実に死ぬな…。どうする?両親に相談するか?いや、ダメだな。俺一人で、というのも無理がある。なにせ今の俺は6歳の子供なのだから)


 悩んでいた俺の頭に、一人の頼れる人物が浮かんだ。


「あ、そういえば…あいつがいたな」


 俺は少女に治癒魔法を使い状態を安定させ、持ち上げて空を飛ぶ。




「カゲ。いるか?」

「いる」


 ウルガナム大森林の中にある小屋。

 その小屋の中にはカゲという男の子がいた。年齢は俺と同じ6歳。

 実はカゲも孤児だったところ俺が回収したのだ。

 

「で、レイスト。その抱えている女の子は誰?」

「拾った。世話を頼む」

「はぁ、わかった…」

「あれ?意外とすんなりと受け入れるな?」

「どうせ何言っても結果は変わらない」

「流石」


 とりあえず、近くのベットに少女を寝かせる。そして、状態を確認する。


「それにしてもその子…魔力量が異常だな……」

「んん…」


 少女と目があった。

 次の瞬間、少女は俺に抱き着く。


「こわかった…わたし…」


 少女の体はとても震えていた。

 理由は聞かなくても、あの劣悪な環境で過ごしていた、という事実だけで大体察することができる。

 俺は手をゆっくりと少女の頭の上に置き、なでる。

 

「大丈夫。君はもう苦しまなくていい」


 その後10分間、少女は泣き続けた。

 ようやく泣き止んだ少女は名前を訊いてきた。


「あの…あなたは?」

「ああ、俺はレイスト・フィルフィートだ。君は?」

「わたし…私はラエル…ラエル・ナトライゼ」

「ラエルか…」


 彼女は少しずつ、なぜあの場所にいたかを説明してくれた。

 

「わたしは捨てられたの…。お母さん、お父さんに……。行く場所もなかったからあそこで過ごしていたの……」

「捨て子ね…それで、君はこれからどうする?望むならここにいてもいい」


 俺の言葉を聞いたカゲが、何か言いたそうに俺の方を見てくる。

 そんなカゲを無視し、俺はラエルに言う。

 

「でも、条件はつける」


 ラエルの体が一瞬震えた。

 

「その条件って、なんですか…」

「強くなる」

「え?」


 俺の出した条件に、ラエルが驚いた。


「できないようだったら…」


 最後まで言う前に、ラエルが声を出した。


「できます!強くなります!!」


 その様子を見て少しニヤついてしまった。

 俺のニヤつきを見逃さなかったカゲが、呆れたような視線を送ってくる。

 実はこの条件には理由がある。それは俺の考えている効率重視の育成方法で、どの程度の強さの人間が出来るのか、俺が見てみたかったからというもの。

 ラエル本人は自覚していないが、かなりの魔力量がある。

 子供のころに魔力暴走を起こす例は少ない。なぜなら、子供のころはみな魔力が少ないから。

 だが、例外が存在する。

 カゲもそうだが、何かを代償に強い力を得る。通称〈祝福ギフト〉。それを持つ子は時々、幼少のころに魔力暴走を起こすと言われている。

 祝福その効果の強さによって代償も大きくなる。ライチの魔力量だと体の一部が無くてもおかしくない代償があるはずだが、彼女はどこも失っていない。

 彼女の祝福は代償がない。これは素晴らしいことだ。

 だから興味を持った。奇跡のような存在である、代償なしの祝福ギフトを持つ少女がどこまで強くなれるのか、と。




 ラエルを拾い、特訓を始め早2年。俺とラエルは8歳になっている。

 正直、ラエルが強くなりすぎた。いや、俺よりは強くないが、国の精鋭騎士10人では話にならない程度。

 もっとわかりやすく言えば、ウルガナム大森林にいたオオカミより若干弱いくらい。

 これも俺の効率重視した特訓と祝福のおかげだろう。


「はぁ!」


 そして今、ラエルは俺と模擬戦をしている。

 最初は俺も小指だけで軽く勝てたのに、最近は左手を使わされている。

 

「フラッシュ!」


 光魔法で何も見えなくなった俺に、ラエルが木刀を振る。

 

「大事なのは気配だよ」


 俺は彼女に助言しながら、木刀を異空間に収納し、左手の人差し指と中指でつまむ。

 それを見たラエルは、ため息をつき座り込む。


「今日も負け…ね」

「強くなったよ、ラエルは」

「いいえ、あなたの足元にすら及んでいない」

「ラエル」

「ねぇ」


 ラエルは俺の言葉を遮るように声を出した。


「私に名前を付けてよ」

「え?ラエルには名前があるじゃん」

「もうその名前は捨てるわ。私は、あなたのつけた名前がいい」

「そ、そうか…」


 ライチ、ヤバい方向に進んでないよな?と疑問に思いながらも、名前を考える。

 

(ラエル…ラエル…ライチ?)


 前世にあったライチという果実を思い出した。すこし適当すぎるかもしれないが、これ以外に思いつきそうにないので、そのまま伝えた。


「ライチとかどう?」


 ラエルは気に入ったのか、嬉しそうに微笑む。


「ラエル、この名は今日でお終い。今日から私の名前はライチよ。本当にいい名前。ありがとう、レイスト」


――現在――


 倒れたライチが笑う。

 それを見て俺も少し笑った。俺もライチも昔を思い出しているのだ。


「また負けね。昔から変わらない。いつもあなたが勝ってばかり」

「いいや、ライチも俺に魔法を使わせるぐらいにまでは成長できている」


 俺とライチが笑っていると、聞き覚えのある声がした。


「懐かしい光景だな」


 声の主はカゲ。試合場の入り口から入って来た。


「カゲか」

「カゲ、どうしてここに?」

「部下から報告があってな、それで見に来た」


 どうやら組織中に今回の勝負の事が知れ渡っているようだ。


「私は休憩するわ。作戦開始までには回復させておく」


 ライチが地面から起き上がり、試合場から去っていった。

 試合場に残されたのは、俺とカゲのみ。


「ところでカゲ。勝負する?」

「嫌だ。そもそも勝負にすらならない。一方的にフルボッコにされて終わりだ」

「お前は自分を過小評価しすぎだ。俺は全力のお前と戦ってみたいよ」


 カゲは何も言わずに試合場を去っていった。

 カゲは幹部の中では謎多き存在だ。彼の本当の実力を知るのは、俺とライチのみ。

 いつか全力で戦いたいと思っているが、その日はかなり未来の出来事になるだろう。




「全員、揃ったわね?」


 ライチの声に会議室にいた幹部全員が頷いた。


「今回、私とゼロの二手に分かれて行動するわ。ゼロの方には、ソルミナ、ユーリ、ニィラ。私の方には残りのカゲ、エレノア、ホライ、リルムの構成でいくわ」


 それを聞いたニィラが手を挙げた。


「何?ニィラ?」

「ゼロが言ってたけど、作戦の詳細を忘れました!」

「大丈夫よ。作戦内容を記した紙を配るわ」


 ライチが手を叩くと、部屋にライチの部下が入ってくる。

 その部下は幹部全員の手元に一枚の紙を配っていく。


「どれどれ…ふむふむ」

「要はゼロたちが王城に侵入した後に、周辺で暴れ注意を引き付ける。いざというときのためにプランB、プランCもあるとは、気合が入っているな」

「当り前よ。今回は私たち幹部の初仕事ですもの」

「そういえばゼロはどこに?」

「彼ならすでにラダムス王国よ。それじゃあ、私たちも行くわよ!」


 


 俺は、ラダムス王国の比較的高い建物の上から王城を見ていた。

 

「あの中に…」

「ゼロ。私たちの準備はできたわ」


 後ろに現れたのはライチだ。さらにその後ろには幹部全員がいた。

 俺は振り向き、作戦の開始を宣言する。


「これより、作戦を開始する」

「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」


 カゲ、エレノア、ホライ、リルムがライチとともに消えていく。

 残った俺と、ソルミナ、ユーリ、ニィラは王城へと侵入した。

 王城へ侵入した感想だが、警備が思った以上に少なかった。


(アニメとかでは、こういうのは罠なんだよな…)


 罠の可能性を視野にいれ、思考を巡らせているとソルミナが話しかけてくる。


「ゼロ、どうしますか?」


 ソルミナも王城の様子を不信に思ったのだろう。

 

「ライチたちが動きだすまでここで待機しよう」


 俺がそう伝えた10秒後、王城から離れた場所で大規模な爆発が発生した。


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