第58話 新型戦闘機
「どのような時期に、どのような場所で太平洋艦隊に決戦を強いるか、腹案はお持ちなのですか」
もう一度太平洋艦隊を完膚なきまでに叩き潰せば良い。
そう言った敏太に、百武総長が問う。
「タイミングとしては一二月七日より前ですね。太平洋艦隊は二年と経たずに三度も全滅したというキャッチコピーが使えますから。それに、あまり早すぎても太平洋艦隊はこちらの誘いには乗ってこないでしょう。現状では日米の戦力差が大き過ぎますからね。しかし、年末ともなれば話は違ってきます。彼らも相当な戦力を蓄積しているでしょうから、まずこちらの挑戦を避けるようなことはしないはずです。
それと場所はミッドウェーあたりが適当だと思うのですが、しかしこれだと太平洋艦隊が出張ってこない可能性も考えられます。なので、確実を期すのであれば、やはりオアフ島あたりになってしまいますね。
それに、米軍はかつてオアフ島の防衛に失敗しています。もし同じ失敗を繰り返せば、軍はもとよりルーズベルトにとっても相当に大きな痛手となることは間違いありません。政治的なインパクトを考えてもここはやはりオアフ島一択ではないでしょうか」
帝国海軍はこれまでに得た情報から、昭和一八年中に合わせて十数隻の「エセックス」級空母それに「インデペンデンス」級空母が完成に至るものだと考えている。
ただ、それら空母の本格的な就役ラッシュが始まるのは年の半ばから後半にかけてだ。
だから、完成した空母のうちで、年内に実戦投入が可能なまでにその練度を上げることが出来るのは一〇隻から多くてもせいぜい一二乃至一三隻といったところだろう。
戦艦ほどではないにせよ、それでも空母もまたそれなりの大型艦だから、乗組員が艦に慣れるまでにはそれなりの時日を要するのだ。
「仮に一二月時点における太平洋艦隊の投入可能空母が大小それぞれ六隻だったとして八〇〇機。これにオアフ島の航空戦力が加わる。一方、連合艦隊のほうは空母が二〇隻に艦上機が一一〇〇機あまり。もし、まともに戦ったらこちらの被害は甚大なものになるでしょうな」
百武総長の危惧は、ここにいる全員の共通認識でもある。
米軍は昨年末にP38ライトニング戦闘機を実戦配備したことが分かっている。
さらに、ドイツからもたらされた情報によれば、P47サンダーボルトという二〇〇〇馬力級の単発戦闘機もまた近日中に部隊配備が始まるとのことだ。
これら二機種はいずれも強武装なうえに充実した防弾装備を持ち、さらに最高速度は六〇〇キロを超えるという。
もし、これが事実であれば、零戦二一型はもちろんのこと三二型でさえも対抗するのは困難だろう。
「米陸軍がP38それにP47といった新型戦闘機をすでに実戦配備あるいは配備間近だということは、一方の米海軍もまた近いうちに新型艦上戦闘機を手にすると考えるのが自然ですね。そして、万事に合理的な米軍のことですから、新型艦上戦闘機もまたP47と同じ二〇〇〇馬力級エンジンを搭載しているはずです」
警戒すべきは陸上戦闘機だけではない。
深刻そうな表情の大将連中に、さらに敏太は心配の種を植え付ける。
「米海軍の新型艦上戦闘機については、まだこれといった情報は入ってはおらんが、しかし札田場さんは年内にもこれが戦場に現れるとお考えか」
疑念の表情を向けてくる塩沢大臣に、敏太は小さくうなずく。
「すでに零戦とF4Fが初手合わせをしたマーシャル沖海戦から一年以上が経過しています。そして、米軍はF4Fでは零戦に勝てないことを承知しています。対応力抜群の彼らがこのまま何もせずに、ただ漫然と旧来のF4Fを使い続けるということはあり得ないでしょう」
敏太の言う通りであれば、二度目となるオアフ島をめぐる戦いでは連合艦隊は苦戦を免れない。
米軍が陸海軍ともに二〇〇〇馬力級の新型戦闘機で決戦に臨めるのに対し、こちらは零戦で戦うしかない。
もちろん、帝国海軍も零戦の後継となる艦上戦闘機の開発を急いではいる。
しかし、それらの実戦配備がかなうのは、どんなに早く見積もっても昭和一九年以降になってしまう。
「しかし、年末であれば五三型が間に合うのではないか。その五三型であれば米軍の新型艦上戦闘機にも対抗できると思うのだが」
百武総長が敏太の前でボロっと最高機密を口に出してしまう。
大将にあるまじき失態だが、しかしそのことを咎める者はいない。
むしろ、誰もが敏太には知っておいてもらったほうが話を進めやすいと考えている。
その百武総長が漏らした零戦五三型だが、こちらは零戦の最新型であり、そして最終型とされる機体だ。
二一型あるいは三二型に搭載されていた瑞星発動機に代えて、五三型はその心臓に金星発動機を戴いている。
その金星発動機は瑞星発動機よりも排気量が大きく、最新の六〇系統のそれは一五六〇馬力を発揮する。
これは、零戦三二型に比べて出力が二割以上も大きい。
だが、一方で金星発動機は瑞星発動機に比べて直径が大きく、その分だけ空気抵抗も大きい。
さらに、武装や防弾装備の充実によって重量がかさみ、そのことで最高速度は三二型に比べて微増にとどまっている。
しかし、一方で加速や上昇力は明らかに向上しており、運動性能もまた相応に良好なものとなっている。
「零戦五三型ですが、この搭載量について教えてもらっても構いませんか」
敏太の質問に、百武総長が周囲を見回す。
そして、全員が小さく首肯したのを確認したうえで口を開く。
「五〇番乃至は二五番を一発、あるいは三〇キロ程度の小型ロケット弾を四発装備できることがその要件となっていたはずです」
戦闘機であれば、最高速度や武装をまず聞いてくると思っていた百武総長は、敏太の質問に少しばかり困惑する。
「つまり、五三型は最大で五〇〇キロまで爆弾が搭載できるということですね」
「確かに五〇番を装備することは可能となっていますが、しかし滑走距離を長くとれない小型空母や中型空母では少しばかり無理があるでしょう。あるいは、大型空母ですら難しいかもしれません」
食いつくような敏太の態度に戸惑いの感情を覚えながらも、百武総長は零戦五三型の爆装について知りうることを話す。
「ならば、五三型には両翼下に一二〇キロのロケット弾をそれぞれ二発、合わせて四搭載できるようにしてください。それと併せてRATOも装備できるようにしておいてください」
塩沢大臣や山本大将、それに百武総長がRATOという聞き慣れない言葉を尋ねる前に、敏太はさらにまくしたてる。
「零戦五三型をもってしても米戦闘機に対する不利は覆せないかもしれません。しかし、戦闘機も所詮は敵機を墜とすための銃弾や砲弾を運ぶ運搬手段にしか過ぎません。だから、多少機体性能が劣っていたとしても、戦いようはいくらでもあります」
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