第59話 新兵器

 性能が劣る機体でも戦いようはある。

 それに、RATOという聞き慣れない言葉。

 塩沢大臣や百武総長、それに山本大将らは敏太にそれらのことについて尋ねる。


 「RATOというのは飛行機に装着する推進ロケットで、これを装備すれば離陸滑走距離を短くすることができます。すでにドイツがこれを実用化しており、かなりの運用実績を重ねています。本邦でも先日、同様のものが海軍技術研究所において完成の運びとなりました。

 それと、本来であれば各空母には英国製のカタパルトを装備するのが理想です。しかし、これだとどうしても工事が大掛かりになってしまうので、RATOの採用は次善の策といったところですね」


 RATOについてはこれでいいかという確認の目配せに、塩沢大臣や百武総長、それに山本大将らは小さくうなずき、話を続けるよう促す。

 本音を言えば、いつの間にRATOのようなものをつくったのか知りたいところではあったが、しかし今は他に聞くべきことがある。


 「零戦であってもP47やあるいは新型艦上戦闘機と渡り合えると言ったのは、新兵器の開発に目処が立ったからです。仮称、イ号一型乙空対空噴進弾と呼ばれるそれは、筐体内に電波の送受信機が備えられており、目標に接近したときに自動的に弾頭を炸裂させることが出来ます。これを零戦に装備すれば、敵のブローニング機銃のアウトレンジから攻撃を仕掛けることが可能です。

 それと、現代の技術であれば、無誘導の単純な空対空ロケット弾なら三〇キロ程度に小型化出来るし、そのほうが軽便で運用も容易でしょう。それにもかかわらず、イ号一型乙空対空噴進弾が一二〇キロもの重量を持つのは全長が二メートルに及ぶことが第一の理由です。さらに、近接信管を備えていることや、あるいは飛翔距離延伸のための推進剤それに爆発威力を高めるための炸薬を多く搭載していることもまたその大きな理由の一つです。

 いずれにせよ、作戦開始が年末であれば、十分にイ号一型乙空対空噴進弾の数を揃えることが出来ます」


 敏太はマル一計画の際に、当時の安保大臣に誘導兵器の開発を持ちかけていた。

 そして、同大臣の承認のもと、海軍技術研究所において誘導兵器の開発がスタートした。

 もちろん、その費用は敏太が拠出している。

 それが、昭和七年のことだから、それから一〇年以上も経過している。

 イ号一型乙空対空噴進弾もまた、同研究所で造られた成果物の一つだった。


 そのイ号一型乙空対空噴進弾だが、これは発射された後は相手めがけてそのまま直進するだけの代物でしかない。

 つまり、イ号一型乙空対空噴進弾は電波の目を持つとは言っても、しかし敵機を追尾する機能は持ち合わせていないのだ。

 だから、これを誘導兵器と呼ぶことは出来ない。

 しかし、それでも画期的な兵器であることには違い無かった。

 イ号一型乙空対空噴進弾は従来の時限式信管のロケット弾に比べて、遥かに高確率で敵機をその危害半径内に捉えることが出来るのだから。


 それと、敏太やそれに他の大将連中は知らなかったが、米国でもまた同様に近接信管を備えた兵器が開発最終段階にあった。

 VT信管と呼ばれるそれは、ロケット弾とは違って高角砲弾に装備されることになっている。

 ロケット弾よりも遥かに小さく、そのうえ砲弾を発射する際の膨大なGに耐えることが要求されるから、技術的なハードルの高さは日本のそれとは比較にならない。


 「つまり、イ号一型乙空対空噴進弾で機先を制し、敵が混乱しているところに零戦が突入、得意の旋回格闘戦でこれを殲滅するということですな。つまりは、機体性能の劣勢を搭載兵器でカバーする」


 百武総長の言葉に、敏太が大きくうなずく。

 さすがに大将を務めるだけあって理解が早い。


 「それと、ついでなのでもう一つ。空対空とは別に、空対艦の兵器もまた間もなく完成の予定です。こちらはイ号一型甲無線誘導弾と呼ばれるもので、その名前の通り無線操縦によって有翼爆弾を敵艦にぶつけるというものです。自由落下に頼る水平爆撃や急降下爆撃とは違い、命中する直前まで人間が爆弾の進行方向を制御しますから、従来の爆撃に比べてその命中率は格段に向上するはずです」


 イ号一型甲無線誘導弾もまた海軍技術研究所で開発が進められた誘導兵器の一つだった。

 無線操縦技術に関しては他の列強に大きく遅れることがなかった日本にとって、イ号一型甲無線誘導弾は開発当初から実現性の高い誘導兵器と目されていた。

 だが、実際には姿勢制御技術やロケット技術が隘路となり、これまで具現化することはなかった。

 しかし、日欧交通線の開通によって状況が良い方に激変する。

 ドイツから姿勢制御技術やロケット技術の優れた知見がもたらされたのだ。

 このことでイ号一型甲無線誘導弾は一気にその開発が進捗した。


 ところで、敏太が新兵器に詳しいのは海軍技術研究所の研究開発にかかる経費の大半を拠出しているからだ。

 それに、一応は特務中佐でもあり、なにより大スポンサーなのだから、研究成果についての報告を受ける権利は十分にある。


 「それと、イ号一型甲無線誘導弾の売りは命中率だけではなく、艦上攻撃機や陸上攻撃機といった発射母機の安全を図ることが出来るのも大きなメリットの一つです。むしろこちらのほうが命中率の向上よりも意義が大きいかもしれません。

 そのイ号一型甲無線誘導弾の攻撃法ですが、発射母機は目標から一〇〇〇〇メートルほど離れた地点まで進出します。そして、高度一〇〇〇メートルあたりでイ号一型甲無線誘導弾を投下する。切り離されたイ号一型甲無線誘導弾は投下後すぐにエンジンに点火し、ロケット推進によって飛翔します。なお、母機は無線誘導のために、最終的に目標から四〇〇〇メートルあたりにまで接近することになります。なので、敵の高角砲の有効射程圏から逃れることはできません。しかし、一方で機関砲や機銃の狙いが正確になる前に攻撃を終えることができる。このことで、従来の緩降下爆撃や雷撃に比べてその生存性は著しく向上するでしょう」


 米艦が持つ機関砲や機銃は優秀なうえに、さらにその搭載数も日本艦に比べて明らかに多い。

 そして、これまでに数多くの零式艦攻や一式陸攻がこの槍衾によって失われてきた。

 だが、敏太の話を信じるのであれば、イ号一型甲無線誘導弾であればそれらをアウトレンジ出来るという。


 敏太の説明に塩沢大臣が、百武総長が、そして山本大将が愁眉を開く。

 日米の戦いが始まって以降、初めて航空機の数的劣勢を強いられるであろう戦い。

 その中において、イ号一型乙空対空噴進弾それにイ号一型甲無線誘導弾の存在は、彼らにとって一筋の光明あるいは干天の慈雨にも思えたからだ。

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