第56話 英国脱落
後に北大西洋海戦と呼称されることになる戦いにおいて、第一航空艦隊と第二航空艦隊、それに第三航空艦隊ならびに第一艦隊を主力とした遣欧艦隊は英連合艦隊に圧勝した。
無視できない数の艦上機とそれに搭乗員を失い、さらに水上打撃艦艇も少なくない艦が損傷したものの、それでも沈没した艦は一隻も無かった。
一方、敗れた英連合艦隊のほうは、戦闘初日の午前中に行われた日本の第一次攻撃によって母艦戦闘機隊が壊滅的打撃を被った。
第二次攻撃では四隻の装甲空母を含む七隻の空母がすべて撃沈された。
第三次攻撃では「キングジョージV」と「デューク・オブ・ヨーク」の二隻の最新鋭戦艦、それに巡洋戦艦「レナウン」を沈められてしまう。
さらに午後に実施された第四次攻撃によって、多数の巡洋艦や駆逐艦を撃沈破されてしまった。
戦闘二日目には日英の水上打撃艦艇による砲雷撃戦が生起する。
それぞれ八隻の戦艦が殴り合った砲撃戦で英戦艦は惨敗、最終的にはそのすべてが撃沈されてしまった。
また、戦艦に随伴していた九隻の英駆逐艦も圧倒的に優勢な日本の軽快部隊によって撃滅されている。
また、それら戦いと同時進行で一航艦と二航艦、それに三航艦はダメージを被って戦場から避退を図る手負いの巡洋艦や駆逐艦を攻撃。
二〇隻近くあったそれらを一隻残らず沈めている。
この一連の戦いの中で、最高指揮官のパウンド提督は戦艦「キングジョージV」と、次席指揮官のカニンガム提督は同じく戦艦「ネルソン」と運命を共にしている。
艦隊決戦と並行して実施されていた英本土上空をめぐる航空戦のほうもまた、枢軸側の圧勝に終わっている。
英空軍戦闘機隊がエース搭乗員の多くを母艦航空隊に引き抜かれたことで全体の術力が低下していたのに対し、ドイツ側は西部方面航空隊に加えてさらに東部方面航空隊が助っ人として参陣していた。
また、イタリアのムッソリーニ統領もこのビッグウェーブに乗り遅れまいと、イタリア空軍から精鋭部隊を同戦域に多数送り込んでいる。
これほどまでに戦力差が大きく乖離してしまっては、いかに粘り強い英空軍といえども、さすがに持ちこたえることはできなかった。
邪魔者の英連合艦隊を始末し、英本土の航空戦力が衰滅したことを受けて遣欧艦隊は第二段作戦を発動する。
機動部隊をもって通商破壊戦、つまりは英商船狩りに勤しむのだ。
遣欧艦隊は一航艦と二航艦それに三航艦の三個機動部隊を傘下に抱えているが、そのうちの一つを海上交通線の破壊任務に投入し、残る二つは移動や整備補給にあてるローテーションを組んだ。
常時、一個機動部隊しか作戦行動に供さないが、それでも各艦隊はいずれも五隻の空母を擁しているから艦隊を二つ、場合によって三つに分けることも可能だった。
そして、英国には日本の機動部隊に対抗できる戦力は残っていない。
つまり、洋上においては遣欧艦隊はやりたい放題が可能だった。
任務に携わる機動部隊は空母を二つあるいは三つに分散させたうえで英商船狩りを行うことを基本としていた。
そして作戦開始後、日本の空母は英商船にとってまさに悪魔か死神に等しい存在となる。
Uボートを遥かにしのぐ索敵能力と攻撃力を兼ね備えた日本の機動部隊にとって、鈍重な英商船はただの獲物でしかなかった。
この通商破壊戦に第一艦隊の四隻の戦艦の姿は無かった。
「大和」と「武蔵」それに「長門」と「陸奥」は、そのいずれもが英戦艦との砲撃戦で中破乃至小破と判定される損害を被っていたからだ。
これら四隻は英連合艦隊が壊滅してほどなく、護衛の駆逐艦とともに一足早く本土への帰還の途についていた。
日本の機動部隊が作戦を開始するのに合わせ、Uボート部隊やドイツ空軍、それにイタリア艦隊も英国打倒にその総力を挙げる。
北大西洋海戦で大量の駆逐艦と熟練の船乗りを失った英海軍の窮状を突き、Uボート部隊は文字通り大暴れした。
一方、同盟国の窮地に米海軍は有効な支援策を打ち出すことが出来なかった。
「フレッチャー」級駆逐艦が就役を開始したことで、護衛艦艇の数はそれなりに捻出することが出来たのだが、しかしマーシャル沖海戦やオアフ島沖海戦で受けた傷はあまりにも深すぎた。
米海軍はまだ、人的ダメージからは完全に立ち直ってはいなかったのだ。
ドイツ海軍の通商破壊にかける執念は、Uボートによる魚雷攻撃だけにとどまらない。
この時のためにとばかりにストックしておいた機雷、それを主要港周辺に惜しみなく投入し、英国の海上交通線にさらなる打撃を与えた。
ドイツ空軍も大いに暴れ回った。
邪魔者のスピットファイアやハリケーンといった戦闘機がいなくなったことで英本土上空を我が物顔で飛行、日々爆撃や銃撃に勤しんだ。
中でも食品工場や市場への爆撃、さらに旧式機や民間機まで動員しておこなった焼夷弾による穀倉地帯の焼き打ちといった嫌がらせは決定的で、このことで英国の食糧事情は急速に悪化した。
そもそもとして、英国はその食糧自給率が五割に満たない。
海上封鎖をされるということは、つまりは食糧調達の手段を奪われるということと同義だ。
この結果、市場に出回る食糧は急減し、このことでインフレが急激な勢いで進行する。
まず、貧困層を中心に食料を買うことが出来ない者が続出する。
中には、餓死者まで出る始末だった。
高騰著しい食料品を裏ルートで買うことができる富裕層だけが、飢えを知らずに済むような状況になるのにさほど時間はかからなかった。
中産階級の子供たちですらやせ細り、ただただ食べるものさえあれば助かる命までどんどん失われていった。
さらに、栄養失調や飢餓は容易に疫病を蔓延させる。
この結果、医薬品の不足もまた深刻化する。
それと、どの都市も爆撃によってインフラに深刻なダメージを受けており、そのことで衛生状態が極度に悪化している。
不衛生極まりない環境が疫病の拡散をさらに加速させた。
また、ドイツ工作員の扇動によるものなのか、商店や食糧倉庫を狙った略奪や打ち壊し、それに暴動も頻発している。
物資不足とそれに伴うストレスで気が立った者が街中にあふれる一方、病気や空腹で体力だけでなく気力まで失う者も続出していた。
あまりの犯罪の増加に警察はもはやお手上げ状態だし、病院もただ患者が死にゆくのを指をくわえて黙って見ているしかない。
もはや厭戦気分の蔓延どころではなかった。
これでは、とても戦争を続けることなどできない。
国民の健康と生命、それが容認できないレベルにまで危険にさらされてしまっている。
こうなってしまっては、英国としては休戦協定という名の実質的な降伏を選択せざるを得なかった。
もちろん、チャーチル首相は英国を脱出、米国の支援のもとで自由イギリス軍を立ち上げ、捲土重来を期している。
休戦協定発効の後、ドイツは英国に対して速やかに食糧援助を行った。
もちろん、英国民のドイツに対する悪感情を少しでも和らげるための措置だ。
それと、ドイツは英国民に重税を課すような真似はしなかった一方で、国や貴族それに資産家に対してはその財に対して過酷とも言える収奪を行った。
英国が数世紀にわたって世界中から搾取した富は莫大なものだった。
このことで、財政危機にあえいでいたドイツは、逆に一気に国庫が潤うことになった。
また、英国を下す原動力となった遣欧艦隊、それを送り込んでくれた日本に対しても、ドイツは相応の資産を贈与している。
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