第55話 日英砲撃戦

 「来たか」


 遣欧艦隊指揮官兼第一艦隊司令長官の古賀大将は、水平線の向こうから姿を現しつつある艨艟の群れを見据え小さくつぶやく。

 第一艦隊は迫りくる英連合艦隊との間合いを測り、夜間での接敵を回避するよう努めていた。

 夜の闇は数の少ない側に利があるし、それになにより電子兵装に優れた英軍が得意とするシチュエーションだ。

 わざわざ、相手有利の土俵に乗ることはない。


 T字を描く第一艦隊に対し、英連合艦隊はその舳先を同じ方角へと向けてきた。

 同航戦への誘いだ。


 敵の戦力は把握済みだ。

 戦艦が八隻に駆逐艦が九隻。

 戦艦のうち先頭を行く二隻は「ネルソン」級で四〇センチ砲を九門装備する。

 残る六隻は「クイーン・エリザベス」級かあるいは「リヴェンジ」級かのいずれかで、これらはいずれも三八センチ砲を八門装備している。


 一方、第一艦隊のほうは四六センチ砲が一八門に四一センチ砲が四八門。

 門数こそ同じだが、しかし一門あたりの破壊力は第一艦隊のほうが断然上だ。

 しかし、古賀長官に油断は無い。

 英独の主力艦隊が激突したユトランド沖海戦では、二八センチ砲あるいは三〇センチ砲が主体のドイツ戦艦が三四センチ砲を装備する巡洋戦艦を撃沈し、当時としては破格の三八センチ砲搭載戦艦をあと一歩のところまで追い詰めた。

 戦艦同士の砲撃戦は、なにも砲口径の大小で勝負が決まるわけではないのだ。


 「目標、『大和』一番艦、『武蔵』二番艦、『長門』三番艦、『陸奥』四番艦。第二戦隊五番艦から八番艦。距離二五〇〇〇メートルで砲撃を開始せよ」


 制空権を獲得したことで観測機を使い放題だ。

 だから、遠めからどんどん撃って着弾を寄せていけばいい。


 「第七戦隊ならびに水雷戦隊は敵駆逐艦の牽制に努めよ。彼らを友軍戦艦に近づけさせなければ、それで十分だ」


 補助艦艇については、英側が駆逐艦が九隻なのに対して、こちらは巡洋艦と駆逐艦が合わせて二一隻。

 単純な数で二倍以上。

 しかし、実際の戦闘力は三倍にも四倍にもなるだろう。

 よもや負ける心配は無い。


 古賀長官が指示を出してしばし、彼我の距離が二五〇〇〇メートルになったことで旗艦「大和」が砲撃を開始する。

 「武蔵」以下の七隻の戦艦もこれに続く。


 「敵艦発砲!」


 第一艦隊の八隻の戦艦の主砲が火を噴いてほどなく、同じく八隻の英戦艦もまた応射を開始した。


 「敵一番艦ならびに二番艦、目標本艦。三番艦ならびに四番艦、目標『武蔵』。五番艦ならびに六番艦、目標『長門』、七番艦ならびに八番艦、目標『陸奥』」


 二隻の四〇センチ砲搭載戦艦から狙われるはめになったのにもかかわらず、見張りからの報告に対して古賀長官は胸中で安堵の息を吐く。

 敵は「大和」と「武蔵」それに「長門」と「陸奥」を叩くことにその戦力を傾注してきた。

 集団戦においては最大脅威から排除していくのがセオリーだから、敵の指揮官が取った戦法は不思議でも何でもない。


 古賀長官にとってありがたかったのは、敵戦艦の砲門が「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」に向けられなかったことだ。

 もともと、防御力に難のあった「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」は四一センチ砲への換装の際に防御力を強化する工事も実施していた。

 しかし、それでも基本的には三六センチ砲対応防御の域を出ることはなく、三八センチ砲弾であれば、かなりの確率で装甲をぶち抜かれる恐れがあった。


 観測機が使えない割には、英戦艦の砲撃は正確だった。

 後から砲撃を開始したのにもかかわらず、着弾の寄せの速さはこちらと同等かあるいはそれ以上だ。


 (砲撃に携わる将兵らの技量もそうだが、なにより射撃照準レーダーの性能が優れているのだろう)


 これまで、敵艦を狙い撃つための射撃照準装置は、これを光学測距儀に頼るのが一般的だった。

 その光学測距儀は方位精度こそそれなりだが、一方で距離精度を出すことを苦手としていた。

 遠距離であれば、そのことはさらに顕著だ。

 逆に、レーダー照準装置は方位精度こそ褒められたものではないが、しかし距離のほうは光学測距儀とは比較にならないくらい正確に測ることが出来る。

 英戦艦は観測機が使えない不利を補って余りある、優れた射撃管制システムを備えているのだろう。


 夾叉それに命中弾を得たのは英側が先だった。

 「大和」の両舷に水柱が立ち上ると同時に、後方から衝撃が伝わってくる。


 「艦後部に被弾、四番副砲塔旋回不能!」


 被害応急を指揮する副長の声に焦燥の色は無い。

 敵戦艦とやり合えば、主砲はともかく副砲や高角砲が無事では済まないことは織り込み済みだ。

 それに、補助艦艇についてはこちらが圧倒的に有利だから、副砲が多少使えなくなってもそれほど深刻になる必要は無かった。

 ただ、それでも敵に機先を制されたことは、あまり気持ちの良いものではない。

 それでも、不快な時間はさほど長くは続かなかった。

 「大和」もまた、敵一番艦に対して夾叉を得たからだ。


 それまで、三門ずつの交互射撃だった「大和」、その彼女が全砲門による一斉射撃に移行する。

 空気の塊にはたかれるような感覚を覚えつつ、古賀長官は双眼鏡越しに敵一番艦を見据える。

 敵一番艦の周囲に巨大な水柱が立ち上る。

 それが消えた時、敵一番艦は艦後部からもうもうたる煙を吐き出していた。


 それからは壮絶な殴り合いとなった。

 「大和」が敵一番艦に四六センチ砲弾を食らわせる。

 しかし、「大和」のほうもそれに倍する四〇センチ砲弾を「ネルソン」それに「ロドネー」から叩き込まれる。


 先に崩れたのは「ネルソン」だった。

 分厚い装甲によって、四〇センチ砲弾のバイタルパートへの侵入を許さない「大和」に対し、「ネルソン」の装甲は四六センチ砲弾を弾き返すことが出来ない。

 「ネルソン」は四〇センチ砲対応防御を持つ堅艦だが、しかし相手が悪すぎた。

 そもそもとして、三万トン級の旧式戦艦が六万トン級の新型戦艦に挑むほうがどうかしているのだ。


 「大和」が「ネルソン」を血祭りにあげた頃には、「武蔵」もまた「ロドネー」に致命の一撃を加えている。

 階級差、あるいは地力の差がもろに出た戦いだった。


 一方、「ラミリーズ」と「リヴェンジ」、それに「レゾリューション」と「ロイヤル・サブリン」の四隻の戦艦に狙われた「長門」と「陸奥」のほうだが、しかし意外にも両艦ともに傷は浅かった。

 これは、早い段階で「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」がそれら四隻の英戦艦に大打撃を与えてくれたからだ。

 「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」は自分たちが狙われていないことが分かった時点で英戦艦群に急迫、距離を詰めて命中率の向上を図った。

 それが奏功し、ほとんど一方的に四一センチ砲弾を相手に撃ち込むことに成功した。

 このことで、「長門」と「陸奥」はたいした深手を負うこともなく、「ウォースパイト」と「マレーヤ」にしたたかに四一センチ砲弾を浴びせることがかなったのだ。


 戦艦同士による戦いの大勢が決した頃には、補助艦艇同士の潰し合いもその決着をみている。

 九隻の英駆逐艦に対して五隻の巡洋艦と一六隻の駆逐艦は容赦の無い戦いを展開、その圧倒的な戦力差をもって文字通り鎧袖一触としてしまった。


 英連合艦隊は事実上、その戦力を喪失した。

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