第54話 補助艦艇狩り
第一航空艦隊と第二航空艦隊、それに第三航空艦隊は午前中に三次にわたる攻撃隊を繰り出した。
七〇〇機を超える艦上機群は英連合艦隊に猛攻を加え、七隻あった空母をすべて撃沈した。
さらに、「キングジョージV」と「デューク・オブ・ヨーク」の二隻の新型戦艦とさらに巡洋戦艦「レナウン」もまた、海底深くに葬っている。
これ以外にも多数の巡洋艦や駆逐艦を撃沈あるいは撃破している。
だが、これほどの大損害を被ってもなお英連合艦隊は依然として連合艦隊に向けて進撃を続けていた。
「接触機からの報告によれば甲一と甲三が合流。さらに甲二からも巡洋艦一隻と駆逐艦五隻がこれに加わっています。その戦力は戦艦が八隻に巡洋艦が九隻、それに駆逐艦が三一隻です。また二〇隻あまりの巡洋艦ならびに駆逐艦が北西に針路を取っています。これら艦は損傷したことで戦場からの離脱を図っているものと思われます」
航空参謀の報告に小さくうなずきつつ、一航艦の小沢長官は目で話の続きを促す。
「こちらの損害ですが、零戦三六機それと零式艦攻七一機が未帰還となっています。また、被弾損傷した機体も多数にのぼっており、今すぐに使えるものは零戦が三四二機、零式艦攻のほうは一四〇機となっております」
攻撃に参加した零戦の一割、零式艦攻のほうは二割を超える機体が未帰還となってしまった。
さらに、即時稼働機のほうも零戦は七割、零式艦攻に至っては四割以下にまでその数を減らしている。
米艦艇に比べて劣るとされている英艦艇の対空火力だが、それでもかなりのダメージを被ってしまった。
敵に肉薄する雷撃は当然のこととして、急降下爆撃に比べれば安全だとされる緩降下爆撃でさえも、射撃指揮装置が発達した現在では刺し違えに近い戦術になってしまったのかもしれない。
「零式艦攻については対潜哨戒や前路警戒、それに接触任務にあたる機体を除きすべて出す。零戦のほうは各空母ともに二個小隊を直掩に残し、それ以外の機体は爆弾を装備したうえで出撃させる。零式艦攻は巡洋艦、零戦は駆逐艦を目標とする」
攻撃目標が戦艦ではなく、巡洋艦や駆逐艦となったのは小沢長官の意思ではない。
遣欧艦隊の指揮官であり、第一艦隊司令長官を兼任する古賀大将からの指示によるものだ。
第一艦隊は戦艦を八隻擁する、帝国海軍最強の水上打撃部隊だ。
しかし、巡洋艦や駆逐艦については、こちらに向かっている英艦隊の半分あまりでしかない。
そこで、その数的不利を解消すべく、午後に実施される第四次攻撃で可能な限りの英巡洋艦と英駆逐艦を刈り取ってしまえというのだ。
それに、一航艦ならびに二航艦や三航艦にとって厄介なのは英巡洋艦や英駆逐艦のほうだ。
八隻の英戦艦はそのいずれもが脚が遅いから、適切な間合いさえ保っていれば問題は無い。
しかし、英巡洋艦や英駆逐艦が相手であれば、「蒼龍」や「飛龍」それに「雲龍」型や「翔鶴」型以外の空母は逃げ切ることが難しい。
一応、三個機動部隊には合わせて六隻の巡洋艦と二九隻の駆逐艦が護衛にあたっているが、しかし「利根」と「筑摩」を除けばあとは防空巡洋艦や防空駆逐艦ばかりであり、対艦戦闘はあまり得意とはしていない。
第一艦隊の阻止線を突破されるようなことがあれば、機動部隊はかなりの危険にさらされる。
だから、英巡洋艦や英駆逐艦を攻撃するのは第一艦隊の支援のためだけではなく、機動部隊の安全を確保するためのものでもあった。
第四次攻撃隊は零戦が二五二機に零式艦攻が一二五機の合わせて三七七機。
零式艦攻は魚雷を、零戦のほうは二五番をその腹に抱えている。
英艦隊を視認すると同時に零戦隊が襲撃機動に遷移する。
眼下の英艦隊は中央に八隻の戦艦と、その前後にそれぞれ二隻の巡洋艦から成る単縦陣。
さらにそれらを挟み込むように、五隻の巡洋艦と三一隻の駆逐艦が展開している。
「戦闘機隊に達する。二航艦は右、三航艦は左の単縦陣を狙え。一航艦のうち『翔鶴』と『瑞鶴』は右、残る艦は左の単縦陣を攻撃せよ」
少し間を置き、第二次攻撃隊指揮官兼「瑞鶴」艦攻隊長の嶋崎少佐は命令を続ける。
「艦攻隊に達する。一航艦は右翼、三航艦は左翼の巡洋艦を狙え。二航艦は戦艦列の前後を固める巡洋艦を目標とせよ」
嶋崎少佐の命令一下、真っ先に零戦隊が英艦隊に対して緩降下爆撃を仕掛ける。
狙われた側の英駆逐艦も、対空火器を総動員して零戦の接近を阻もうとする。
高角砲弾炸裂に伴う黒雲がわき立ち、機関砲や機銃の火箭が零戦を押し包まんとする。
高角砲弾炸裂の危害半径に飲み込まれた零戦が火を噴き、機関砲弾の直撃を食らった機体が爆散する。
投弾前に七機が撃墜され、さらに投弾後の離脱途中で六機が機関砲や機銃に絡め取られる。
数瞬後、今度は英駆逐艦の周囲に次々に水柱がわき立ち、艦上に爆煙が立ち上る。
二四五機の零戦が投弾した二五番のうち、二三発が一九隻の英駆逐艦に直撃する。
命中率こそ一割に満たないが、それでも爆撃が本職では無い戦闘機が、しかも的が小さくて高速機動が出来る駆逐艦を相手にこれだけの直撃弾を与えたのだ。
むしろ、よくやったと言ってもよかった。
戦艦相手には威力不足が指摘される二五番だが、しかし装甲が皆無の駆逐艦には絶大な威力を発揮した。
被弾した駆逐艦はそのいずれもが大きく速力を衰えさせ、二発食らった艦は猛煙を噴き上げて洋上停止している。
さらに、直撃弾こそ免れたものの、一方で至近弾によって水線下に亀裂や破孔を穿たれた艦も複数あり、まったくの無傷を保っているのは全体の三割に満たない九隻にしか過ぎなかった。
一方、一一隻の正規空母から発進した一二五機の零式艦攻の襲撃を受けた九隻の巡洋艦も無事では済まず、全艦が最低でも一本の魚雷を突き込まれている。
中でも「白龍」隊と「赤龍」隊、それに「神鶴」隊と「天鶴」隊からのツープラントンによる雷撃を受けた重巡「ケント」とその姉妹艦「カンバーランド」はともに三本を被雷、必死の被害応急もむなしく北大西洋の海底へと引きずり込まれていった。
それでも、カニンガム提督は進撃をやめない。
被弾した駆逐艦やあるいは被雷した巡洋艦には本土へ戻るよう指示し、自身は八隻の戦艦と九隻の駆逐艦を率いて連合艦隊へと突き進む。
ここで、自分たちが戦うことを諦めて撤退すれば、連合艦隊はそれこそ好き勝手に英国の商船を沈めて回るだろう。
そうなってしまえば、英国は終わりだ。
「付き合わせて済まんな」
カニンガム提督はY部隊旗艦の戦艦「ネルソン」艦橋にいる幕僚や艦長に詫びる。
これからの戦いは、十死零生のそれだ。
しかし、非難の視線を向ける者はいない。
誰もが、これからの戦いの意義を理解しているのだ。
そのことに救いの感情を覚えつつ、カニンガム提督は命令を下す。
「全艦最大戦速! 見敵必戦でいくぞ!」
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