第51話 北大西洋航空戦

 遣欧艦隊は地中海から大西洋に進入する直前に、前路哨戒機ならびに索敵機を放っていた。

 索敵機のほうは「赤城」と「加賀」それに四隻の「翔鶴」型空母からそれぞれ六機。

 合わせて三六機の零式艦攻による二段索敵だ。

 英艦隊が仕掛けてくるのであれば、このタイミング以外に考えられない。

 そして、大量の索敵機を惜しみなく出したことは、十分過ぎるほどの成果となって表れた。


 「空母二隻、戦艦四隻を主力とする艦隊発見」

 「空母二隻、戦艦三隻を基幹とする艦隊発見」

 「空母三隻、戦艦四隻を中心とする機動部隊発見」


 相次いでもたらされる敵艦隊発見の報に、第一航空艦隊の小沢長官はただちに攻撃命令を発する。

 機動部隊同士の戦いが分秒を争うものであることを、小沢長官はこれまでの戦いから学んでいる。


 「三群発見された敵艦隊は北から順に甲一、甲二、甲三と呼称する。ただちに第一次攻撃隊を発進させろ。それが終われば第二次攻撃隊ならびに第三次攻撃隊も可及的速やかに出す。それと、第二次攻撃隊の目標についてだが、一航艦は甲一、二航艦は甲二、三航艦は甲三を攻撃せよ」


 一連の命令を出しつつ、小沢長官は情報参謀に向き直る。


 「敵戦艦の艦種識別はどうなっている」


 小沢長官の端的な質問に、情報参謀も要点だけ伝える。


 「甲一の四隻の戦艦のうちの二隻は『ネルソン』級であることが分かっています。また、甲二の戦艦はそのいずれもが艦首に二基、艦尾に一基の砲塔を備えているとのことです。甲三については、今のところ詳細な報告は入ってきておりません」


 英戦艦の艦種識別は比較的容易だ。

 艦首に二基それに艦尾に一基の砲塔を装備しているのは「キングジョージV」級戦艦かもしくは巡洋戦艦「レナウン」。

 砲塔が前後に二基ずつあれば、それは「クイーン・エリザベス」級戦艦かあるいは「リヴェンジ」級戦艦のいずれかだ。

 「ネルソン」級戦艦は艦首に三基の砲塔を集中させた、世界に例のない砲塔配置だからこちらは間違えようがない。


 (そうなってくると、甲二が高速部隊だな)


 簡単な消去法で英戦艦の配備状況を確信した小沢長官は命令を重ねる。


 「第三次攻撃隊は一航艦と二航艦、それに三航艦ともに甲二をその攻撃目標とする」


 小沢長官の命令一下、一五隻の空母が増速しその舳先を風上へと向ける。

 まず零戦が発艦を開始する。

 各空母から二個中隊、合わせて二七〇機の零戦が飛行甲板を蹴り、次々に大西洋の空に舞い上がっていく。

 これら零戦は戦闘機掃討、欧米で言うところのファイタースイープをその任としている。


 第一次攻撃隊が発艦を終えると同時に第二次攻撃に参加する機体がエレベーターで飛行甲板へと上げられてくる。

 第二次攻撃隊は「赤城」と「加賀」それに四隻の「翔鶴」型空母からそれぞれ零戦六機に零式艦攻が二七機。

 「飛龍」と「蒼龍」それに三隻の「雲龍」型空母からそれぞれ零戦三機に零式艦攻が一八機の合わせて三〇三機から成る。

 零式艦攻のほうは各空母ともに一個中隊が爆装、それ以外の機体は雷装で英艦艇の攻撃にあたる。


 第三次攻撃隊は一一隻の正規空母からそれぞれ零戦三機に零式艦攻が九機の合わせて一三二機で、このうち零式艦攻はそのすべてが魚雷を装備して出撃する。


 艦隊防空には各空母ともに一個中隊、合わせて一三五機の零戦がこれにあたる。

 オアフ島沖海戦の頃と比べて直掩機の数が大幅に減っているのは、英空母の搭載機数が少ないことによる。

 それに、運用している機体もソードフィッシュやアルバコアといった二線級の機体ばかりだから、英空母がこちらに攻撃を仕掛けてくることはまず考えられない。

 そのことで、直掩機の数を減らす代りに第一次攻撃隊に参加する零戦をその分だけ増やしたのだった。

 もちろん、この措置は零戦搭乗員たちを大いに喜ばせている。


 その直掩任務が変じて第一次攻撃隊に参加した搭乗員を含む二七〇人の戦闘機乗りたちは、英艦隊を視認する前から前方上空に大量のゴマ粒が湧き出してくるのを認める。

 零戦の搭乗員たちは知らなかったが、それらは七隻の英空母から飛び立った二五二機のマートレットだった。


 日英合わせて五〇〇機を超える戦闘機が大西洋の空で混交する。

 先手を取ったのは高性能のブローニング機銃を擁するマートレットだった。

 しかし、混乱に陥ったのも彼らが先だった。


 マートレットの搭乗員たちは、友軍艦隊の情報支援によって日本の攻撃隊が三〇〇機近い規模の大編隊であることを知らされていた。

 多数の陸上基地同士による航空撃滅戦であればともかく、限られた数の空母しかない洋上航空戦であれば、三〇〇機というのは戦爆連合以外に考えられない。

 空母そのものの数が少なく、そのうえ一隻あたりの搭載機数が少ない自分たちを相手に、三〇〇機もの戦闘機を差し向けるような酔狂な海軍など地球上のどこにも存在しない。

 だから、全体の数では少しくらい劣っていても、しかし相手が戦爆連合であれば空中戦の主導権はこちらにある。

 マートレットの搭乗員たちは、みなそう考えていた。


 そして、その思い込みを突かれた。

 一二・七ミリ弾を浴びせられた日本機は、しかしその火箭を軽々と躱していく。

 中には被弾して火を噴く機体もあったが、それはごくわずかでしかない。


 零戦とマートレットが交錯すると同時に両者は急旋回をかける。

 だが、相手の背後を取ったのはそのことごとくが零戦だった。

 零戦はF4Fより五〇〇キロ近く軽く、しかもわずかとはいえ馬力も上だ。

 当然のこととして、旋回性能以外にも加速や上昇力もまた零戦が明らかにF4Fを上回っている。


 これまで、直線的な動きのドイツ戦闘機を旋回格闘戦で散々に打ち破ってきたことで、逆に英搭乗員たちは零戦の得意な土俵に自ら足を踏み入れてしまった。

 その陥穽にはまり込んだマートレットを零戦搭乗員たちは見逃さない。

 一二・七ミリ弾を吐き出しながら突っ込んでくるマートレットを華麗にいなしつつ、その背後を取って次々に討ち取っていく。

 最初はほぼ同数だった戦力比も、あっという間に零戦有利に傾き、時間とともにその差は隔絶していく。


 不利が決定的となったところで、マートレットは避退に転じる。

 逃げることは決して恥ではない。

 負けると分かっていて、それでもなお戦い続けることのほうが問題だ。


 英搭乗員の判断は合理的だったが、しかしさほど意味を成さなかった。

 最高速度が五二〇キロのマートレットに対して、零戦三二型のほうはそれが五七〇キロにも達する。

 逃亡者の脚が追跡者のそれに、しかも五〇キロも劣っていてはどうしようもない。

 追いすがった零戦は大口径機関砲弾を次々にマートレットに叩き込んでいく。

 それは、零戦搭乗員の視界から最後の一機が消えて無くなるまで続けられた。

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