第52話 二重輪形陣

 二隻の空母の周りを三隻の戦艦と六隻の巡洋艦が取り囲み、さらにその周囲を一六隻の駆逐艦が固めている。

 甲二と呼称される、三隊発見された英艦隊のうちの一つだ。


 (本国艦隊に東洋艦隊と地中海艦隊、それにH部隊が合流したからこその布陣だな。戦力集中の原則は海の上でも同じということか)


 かつての太平洋艦隊のそれを上回る強固な二重輪形陣。

 それを前に第二航空艦隊第二次攻撃隊指揮官兼「飛龍」艦攻隊長の友永大尉はさてどうしたものかと考える。

 こちらの手札は九〇機の零式艦攻で、第一中隊は魚雷を、第二中隊は爆弾をその腹に抱いている。

 決断までの時間はそれほど長くは無かった。


 「爆撃隊に達する。『飛龍』隊ならびに『蒼龍』隊は小隊ごとに駆逐艦、『雲龍』隊と『白龍』隊それに『赤龍』隊は中隊ごとに巡洋艦を攻撃せよ。なお、各隊は輪形陣の前方にある艦を狙え」


 一呼吸置き、さらに命令を続ける。


 「雷撃隊のほうは、『蒼龍』隊ならびに『雲龍』隊は前方の空母、『白龍』隊ならびに『赤龍』隊は後方の空母を狙え。『蒼龍』隊と『白龍』隊は左舷から、『雲龍』隊と『赤龍』隊は右舷からの雷撃とする。『飛龍』隊については追って指示する」


 友永大尉の命令一下、四五機の爆装艦攻が散開、それぞれの目標に向けて降下を開始する。

 狙われた英艦隊も反撃の砲火を撃ち上げる。

 まず、高角砲が射撃を開始し、さらに大口径の機関砲それに機銃が続く。

 真っ先に襲撃機動に遷移した「飛龍」隊それに「蒼龍」隊の周囲に黒雲がわき立ち、曳光弾が押し包んでいく。


 だが、撃墜される機体は無い。

 両用砲を装備している米駆逐艦と違い、英駆逐艦の主砲は平射砲だ。

 そのうえ、艦型が米駆逐艦に比べて小ぶりだから、搭載している機関砲や機銃の数も少ない。

 なにより、他艦からの支援を受けにくい輪形陣の最外周に位置しているものだから、その分だけ火力密度も低い。


 一八機の零式艦攻は六隻の英駆逐艦に対して、それぞれ四発の二五番を投じていく。

 数瞬後、六隻の英駆逐艦の周囲に水柱がたち上り、さらに七度にわたって爆煙が生じる。

 一割に満たない命中率は、急降下爆撃に比べれば惨憺たる成績と言える。

 しかし、相手に与えたダメージは甚大だった。

 被弾した駆逐艦はそのいずれもが速力を衰えさせ、二発被弾したものは猛煙を上げて洋上停止している。


 「飛龍」隊それに「蒼龍」隊に続けとばかりに「雲龍」隊と「白龍」隊それに「赤龍」隊の二七機の零式艦攻が内側の輪形陣の前方を固める三隻の巡洋艦に向けて降下を開始する。

 そこへ、火弾と火箭が殺到する。


 外周の輪形陣と比べて艦の密度が高く、そのうえ戦艦や巡洋艦の対空火力は駆逐艦とは比べ物にならない。

 たちまち「雲龍」四番機が高角砲弾の至近爆発に巻き込まれて火を噴き、さらに「白龍」六番機と「赤龍」七番機が機関砲弾あるいは機銃弾の直撃を食らって爆散する。

 それでも、生き残った零式艦攻は次々に投弾、速度を上げて離脱を図る。

 しかし、輪形陣から離脱する間にさらに二機が火箭に絡め取られ、大西洋の海へと叩き込まれた。


 だが、その犠牲は無駄では無かった。

 三隻の巡洋艦にはそれぞれ三二発の二五番が浴びせられ、少ないもので三発、多いものだと五発の命中を数えた。

 重巡の主砲弾の二倍の重量を持つ二五番に耐えられる水平装甲を持つ巡洋艦は英海軍には存在しない。

 被弾した巡洋艦はそのいずれもが最低でも一発の二五番を機関室に叩き込まれ、速度性能を大幅に低下させていた。


 輪形陣の前を行く六隻の駆逐艦とそれに三隻の巡洋艦が撃破されたことで、英艦隊の隊列は大幅に乱れる。

 そこを歴戦の「蒼龍」雷撃隊と「雲龍」雷撃隊、それに「白龍」雷撃隊ならびに「赤龍」雷撃隊の搭乗員は見逃さない。

 超低空を維持したまま、一気に目標の空母へと肉薄する。


 空母を守るために三隻の戦艦と同じく三隻の巡洋艦が対空火器を総動員して零式艦攻の進撃を阻もうとする。

 射点につく前に四機が、さらに投雷後の避退途中に三機が高角砲弾や機関砲弾、それに機銃弾を叩き込まれて撃墜される。


 二割近い損害を出した雷撃隊だったが、しかし戦果も挙がった。

 前を行く空母、英国で言うところの「イラストリアス」には三本、後ろを行く「ビクトリアス」には五本の魚雷を命中させたのだ。

 命中率が二五パーセントというのは、あまり褒められた成績ではないものの、しかし二隻の空母を無力化したことは間違いない。


 「『飛龍』隊、目標前方の空母。全機続け!」


 敵の対空砲火の有効射程圏外から戦場全体を俯瞰していた友永大尉が最後の命令を下す。

 友永大尉が見たところ、後方の空母の撃沈は確実だが、しかし前方の空母のほうは微妙だった。

 本音を言えば、友永大尉は戦艦を雷撃したかった。

 一個中隊程度の戦力であれば撃沈は困難だが、しかし脚を奪うことは十分に可能だ。

 しかし、生存の可能性がある空母を放っておくわけにもいかない。


 深手を負った相手にとどめを刺すべく、九機の「飛龍」雷撃隊が空母の右舷から急迫する。

 前方を行く空母は右舷に二本、左舷に一本食らっていた。

 狙うのであれば、当然ダメージの大きい側だ。


 空母から撃ち出される対空砲火は相変わらず激しかった。

 しかし、浸水によって艦が微妙に傾斜しているのだろう。

 被弾する機体はあったが、しかし撃墜されたものは無い。


 (撃沈確実だな)


 決定的に動きが衰えた空母に対して、友永大尉はそう確信する。

 しかしその瞬間、彼は後方で爆発が起きたことを覚知する。

 部下の一機が対空砲火によって撃墜されたのだ。


 「撃てッ!」


 戦友の敵討ちとばかりに裂帛の気合を込めて魚雷を投下する。

 七機に減った部下たちもそれに続く。

 友永大尉はそのまま超低空飛行を維持し、英国製の艨艟の群れを躱しつつ避退を急ぐ。

 追撃の火箭を必死で躱す友永大尉の耳に、後席の部下から歓喜混じりの報告が飛び込んでくる。


 「敵空母に水柱!さらに一本、二本!」


 静止目標にも等しい大型艦相手に対して四割に満たない命中率は不満だが、あるいは当たったものの不発に終わった魚雷があったのかもしれない。

 いずれにせよ、甲二にあった英空母はすべて撃沈、最低限の目標は達成した。

 友永大尉は後席の部下に命じて戦果を打電させる。


 同時に甲一の攻撃を担当する一航艦と、それに甲三を叩いているはずの三航艦に思いを馳せる。

 一航艦と三航艦の攻撃隊は二航艦のそれに比べて一個中隊少ない。

 それでも練達の彼らであれば、よもや仕損じることはないだろう。

 友永大尉の考えは、完全に正しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る