第50話 死中に活を求めて
連合艦隊が地中海を抜け、大西洋に侵入したとの報を受けた時、パウンド提督はついに来るべきものが来たことを自覚する。
半年近く前、チャーチル首相は自身の立場が悪くなるのを承知の上で、インド洋から東洋艦隊を引き揚げる決断を下してくれた。
さらに、地中海を枢軸側に明け渡すこともまた同様に。
このことで、連合艦隊はこちらの目論見通り、地中海ルートから侵攻してきた。
もし、彼らが喜望峰を大きく回り込み、大西洋の南から突き上げるコースを取っていとしたら、その捕捉は困難を極めただろう。
もちろん、インド洋や地中海からの撤退はチャーチル首相の大きな失点として国民の間では認識されている。
これが元で、彼の支持率は危険水準と呼ばれるラインのさらに下にある。
しかし、これら一連の施策のおかげで王立海軍は無為に艦隊を失うこともなく、戦力の集結に成功した。
なにより、戦機を逃すことなく連合艦隊との決戦に臨むことができる。
Z部隊
「イラストリアス」(マートレット四八、アルバコア六)
「ビクトリアス」(マートレット四八、アルバコア六)
戦艦「キングジョージV」「デューク・オブ・ヨーク」
巡洋戦艦「レナウン」
重巡二、軽巡四、駆逐艦一六
Y部隊
「インドミタブル」(マートレット四八、アルバコア六)
「フォーミダブル」(マートレット四八、アルバコア六)
戦艦「ネルソン」「ロドネー」「ウォースパイト」「マレーヤ」
重巡二、軽巡四、駆逐艦一六
X部隊
「フューリアス」(マートレット二四、アルバコア六)
「イーグル」(マートレット二四、アルバコア六)
「ハーミーズ」(マートレット一二、アルバコア六)
戦艦「ラミリーズ」「リヴェンジ」「レゾリューション」「ロイヤル・サブリン」
重巡二、軽巡四、駆逐艦一六
主力艦は空母が七隻に戦艦が一〇隻、それに巡洋戦艦が一隻。
補助艦艇は重巡が六隻に軽巡が一二隻、それに駆逐艦が四八隻。
巡洋艦や駆逐艦については、これ以外にもかなりの数を英海軍は保有している。
しかし、さすがに英米をつなぐ大西洋航路を丸裸にするわけにもいかない。
ここを断ち切られたら、英国は立ち枯れるしかない。
そこで、今回については旧式の巡洋艦や駆逐艦は従来通り商船の護衛にあたり、新型のそれは艦隊決戦に投入することにしていた。
全体で八四隻にも及ぶ大戦力。
しかし、近代海戦の主力と言われる空母はわずかに七隻でしかない。
これは、連合艦隊が保有する空母の半分以下の数字だ。
正面から洋上航空戦を挑めば、敗北は免れない。
そこで、英海軍は攻撃を捨て、防御にその戦力を全振りする。
索敵それに対潜哨戒用の雷撃機以外は、そのすべてを戦闘機で固めたのだ。
それでも、英空母は日本の空母に比べて搭載機の数が少ない。
そこで、そのハンデを可能な限り埋めるべく、飛行甲板の運用が窮屈になるのを承知の上で露天繋止の機体を増やしていた。
戦闘機のほうは国産のシーハリケーンやシーファイアではなく、米国製のマートレットで固めている。
単純な戦闘機としての能力で言えば、これらの中ではシーファイアが一番良い。
しかし、シーファイアは主脚の間隔が狭く、そのことで着艦が難しかった。
さらに、空軍がシーファイアのベースとなるスピットファイアの提供を渋ることが予想されたため、英海軍は次善の策としてマートレットを採用したのだ。
ただ、マートレットは海軍機ということもあり、シーハリケーンやシーファイアに比べて明らかに離着艦が容易だった。
さらに、米国製だけあって機械的信頼性も高く、整備も容易で高い稼働率を維持することが出来た。
三個艦隊に分散配備された七隻の空母だが、これらのうちの四隻は新型だ。
その新型空母はそのいずれもが抗堪性に優れた装甲空母だった。
飛行甲板に鋼鉄を張り巡らせた装甲空母は、零式艦攻が投じるという五〇〇ポンドクラスの爆弾であれば、それを弾き返すことが可能だ。
しかし、それでもパウンド提督は七隻の空母のうちで助かる艦は一隻も無いと思っている。
これまで連合艦隊は、最初に空母を潰しにかかってきた。
おそらく、今回もまたこれまでのやり方を踏襲するはずだ。
獰猛な日本の艦上機群の空襲を受けては、さすがの装甲空母ももたないだろう。
だが、そのことは織り込み済みのことでもある。
言葉は悪いが、空母は日本の航空攻撃を吸収するための囮だ。
七隻の空母は連合艦隊に献上するサンドバッグであり、彼らがそれを殴るのに夢中になっている間に水上打撃艦艇が連中に肉薄する。
砲雷撃戦に持ち込めば、必ず勝機は見いだせるはずだ。
その砲雷撃戦の主役となるのは、もちろん戦艦だ。
英海軍は現時点で一三隻の戦艦を保有している。
しかし、この中で「アンソン」は就役してからさほど間がなく、慣熟訓練を完了していない。
「クイーン・エリザベス」と「ヴァリアント」はともに修理中で、こちらもまた参陣はかなわなかった。
一方、連合艦隊との戦いに投入される一〇隻の戦艦だが、しかしその艦型は四つに分かれており、寄せ集め感が拭えなかった。
新型は「キングジョージV」と「デューク・オブ・ヨーク」の二隻のみで、両艦はいずれも三六センチ砲を一〇門装備している。
「ネルソン」と「ロドネー」は旧式ながらも四〇センチ砲を九門装備し、日本の「長門」や「陸奥」とも互角に渡り合うことが出来る有力艦だ。
残る六隻は「クイーン・エリザベス」級かあるいは「リヴェンジ」級で、いずれも三八センチ砲を八門装備している。
これら六隻は新型戦艦や「長門」型戦艦であれば少しばかり分が悪いが、しかしそれ以外の日本の戦艦に対しては互角以上の戦いが出来るはずだった。
王立海軍はこれら艦艇を駆使して連合艦隊に決戦を挑む。
戦術はシンプルだ。
空母戦闘機隊で可能な限り敵艦上機の戦力を減殺する。
それでも撃ち漏らした敵機は、友軍空母がその身を囮として連中の攻撃を吸収する。
その間に水上打撃艦は連合艦隊との距離を詰め、そして砲雷撃戦に持ち込む。
こちらの阻止に現れるであろう敵の水上打撃部隊に対してはY部隊とX部隊がこれを相手取る。
その隙にZ部隊が快速を飛ばして敵機動部隊に急迫、これを殲滅する。
ただ、言うは易く行うは難しだ。
特に相手の懐深くに飛び込むZ部隊はそれこそ生還が期し難いだろう。
だからこそ、Z部隊はパウンド提督がこれを直率する。
指揮官先頭、ノブリス・オブリージュの体現だ。
一方、Y部隊は次席指揮官のカニンガム提督、X部隊は歴戦のサマヴィル提督がこれを執る。
すでに、索敵機は放っている。
おそらく、連合艦隊も同様だろう。
彼らはこう思っているはずだ。
自分たちが地中海から出た時に、英艦隊は仕掛けてくると。
そして、それは間違っていない。
互いに相手の手の内が分かっている状況。
激突は必至だった。
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