第42話 第一一任務部隊
第一航空艦隊から出撃した一四四機の零戦はオアフ島のP40やF4Fといった米軍の戦闘機に打ち勝ち、同島の防空能力を一挙に弱体化させた。
第二航空艦隊と第三航空艦隊はそれぞれ二波にわたって太平洋艦隊を攻撃。
すべての空母を撃沈したことに加え、多数の護衛艦艇もまた撃破している。
さらに、艦隊防空任務にあたっていた二三四機の零戦は来襲してきた陸上機や艦上機を多数返り討ちにしている。
これが二月一四日、会戦初日の話だ。
わずか一日で当該戦域の制空権をほぼ手中に収めた連合艦隊は、ここで戦力を分散させた。
一航艦と二航艦はオアフ島にある飛行場や砲陣地を目標とし、三航艦のほうは米機動部隊の残存艦艇を追撃、いわゆる残敵掃討にあたる。
第一艦隊は乙二と呼称される水上打撃部隊を追撃する。
三航艦の第二次攻撃隊によって深手を負った二隻の新型戦艦に引導を渡すのだ。
最新鋭戦艦が、しかも同時に二隻も撃沈されれば、米国民に与える衝撃は大きなものとなるはずだ。
その第一艦隊の支援のために一航艦と二航艦はオアフ島に対して猛爆を仕掛ける。
最大の邪魔者である飛行機とそれに陸上砲台を排除するためだ。
零式艦攻のうちの半数は飛行場を、そして残りの半数は俗にハワイ要塞と呼ばれる砲台群を叩いた。
戦艦さえも容易に近づけさせないというオアフ島の砲台群は、しかし頭上からの攻撃には存外脆く、その多くが爆撃によって無力化されてしまった。
空と陸の脅威が無くなった中、だがしかし進撃を続ける第一艦隊の行く手を阻む者があった。
六隻の戦艦を主力とする第一一任務部隊だ。
その第一一任務部隊司令官のゴームレー提督は旗艦「コロラド」艦橋で日本の第一艦隊に思いを馳せていた。
第一艦隊はこちらと同様に六隻の戦艦をその戦力の主軸に据えている。
それら戦艦のうち、二隻は前後にそれぞれ二基の連装砲塔を背負式で配置している。
さらに、これら二隻は他の四隻よりもわずかに大ぶりなことから、「長門」ならびに「陸奥」と見て間違いなかった。
残る四隻については、その独特の砲塔配置から「金剛」型戦艦だと判断されている。
ただ、「金剛」型戦艦については同時期に南方戦域とそれにマーシャル沖でその姿が確認されており、情報が錯綜していた。
それでも、艦首に二基、それに艦中央と艦尾にそれぞれ一基の連装砲塔を持つものは日本海軍には「金剛」型戦艦を置いてほかにはない。
人は他者からの伝聞よりも、己の目に映るものを信じる。
それは、ゴームレー提督やその幕僚たちも例外では無かった。
その第一艦隊の艦影が徐々に大きくなってくる。
ゴームレー提督に避戦の意思は無い。
自分たちが逃げれば第一艦隊は東へと避退を図る第一二任務部隊に追いつき、そしてそれらを蹂躙することだろう。
あるいは、真珠湾にその矛先を向けて艦砲射撃を実施するかもしれない。
オアフ島の基地航空隊やそれに砲台群が戦力を激減させている中において、満身創痍の友軍艦隊や真珠湾を守ることが出来るのは現状、第一一任務部隊を置いてほかには無いのだ。
T字を描くこちらに対し、第一艦隊のほうはその舳先を自分たちと同じ方向へと向けてくる。
同航戦。
ガチの殴り合いを挑んできたのだ。
(こちらを舐めているのか)
ゴームレー提督は胸中で小さくつぶやく。
第一艦隊は一六門の四〇センチ砲と三二門の三六センチ砲を装備している。
一方、こちらは八門の四〇センチ砲と五六門の三六センチ砲を擁している。
四〇センチ砲は不利だが、しかし三六センチ砲の門数の優越がその差を補って余りある。
そのうえ、五六門ある三六センチ砲のうちの三六門までが貫徹力に優れた長砲身のそれだから、さらにこちらの有利は圧倒的だ。
確かに、制空権は日本側がこれを掌握しているが、しかし砲戦力の差を覆すほどのファクターでは無い。
「目標、『コロラド』敵一番艦、『ニューメキシコ』二番艦、『ミシシッピー』三番艦、『アイダホ』四番艦、『テキサス』五番艦、『ニューヨーク』六番艦。二五〇〇〇ヤードで砲撃を開始せよ。巡洋艦ならびに駆逐艦は敵の補助艦艇の突撃を阻止せよ」
各艦の目標を指示しつつ、ゴームレー提督はこれからの戦いを脳内でシミュレートする。
戦艦については、「コロラド」と「ニューメキシコ」は厳しい戦いとなるだろう。
もともと三六センチ砲搭載戦艦だった艦体に四〇センチ砲を無理やり載せた「コロラド」、それに長砲身三六センチ砲を一二門搭載する「ニューメキシコ」はともに三六センチ砲に対応した防御をその要件として建造された。
だから、「長門」や「陸奥」の四〇センチ砲弾を食らえば、かなりの確率で装甲を撃ち抜かれることを覚悟しなければならない。
そうならないためには、先に敵に砲弾を叩き込んでさっさと無力化してしまうことだ。
しかし、制空権を失ったために観測機を使うことが出来ない。
それゆえに、遠距離射撃については日本側が有利だ。
それでも、ゴームレー提督の表情に悲観の色は無い。
残る四隻の戦いについては、こちらが圧倒的に有利だからだ。
日本の「金剛」型戦艦のほうは三六センチ砲がわずかに八門でしかなく、一二門装備する「ニューメキシコ」級戦艦や、あるいは一〇門装備する「ニューヨーク」級戦艦に比べて明らかに見劣りする。
だが、それ以上に大きいのは防御力の差だ。
元が巡洋戦艦の「金剛」型戦艦はその防御力に大きな問題を抱えている。
だから、「コロラド」と「ニューメキシコ」が「長門」それに「陸奥」を抑え込んでいる間に「ミシシッピー」と「アイダホ」それに「テキサス」と「ニューヨーク」がさっさと「金剛」型戦艦を始末してくれれば、こちらの勝利は決定的なものとなる。
一方、巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇のほうは比べるまでもなくこちらが不利だった。
駆逐艦の数は同じだから、これについては心配する必要はない。
問題なのは巡洋艦のほうだった。
日本側が七隻なのに対してこちらはわずかに四隻でしかない。
しかも、そのうちのすべてが旧式の「オマハ」級軽巡洋艦だ。
開戦時、米海軍は重巡とそれに「ブルックリン」級軽巡や「セントルイス」級軽巡といった有力な一万トン級巡洋艦を多数擁していた。
しかし、そのうちの半数近くがマーシャル沖海戦で撃沈され、残る艦もその多くが空母かあるいは新型戦艦の護衛に回されていた。
空母や新型戦艦といった価値の大きい艦の護衛に一万トン級巡洋艦を優先的に割り当てたことで、旧式戦艦が中心の第一一任務部隊には旧式の「オマハ」級軽巡しか配備できなかったのだ。
だから、ゴームレー提督も配下の巡洋艦や駆逐艦には無理をさせるつもりは無かった。
敵の巡洋艦や駆逐艦が味方の戦艦に近づいてくれば、それを追い返すだけで十分だった。
そう考えるゴームレー提督の耳に、敵艦発砲という声が飛び込んでくる。
米日戦艦の砲撃戦が開始されたのだ。
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