第41話 肉薄攻撃の限界

 目標に変更は無かった。

 第二航空艦隊から発進した第二次攻撃隊は甲一それに甲二と呼称される機動部隊を叩く。

 ただ、甲一それに甲二ともに第一次攻撃隊によってすでに大打撃を被っている。

 基幹戦力の空母は全滅し、護衛の駆逐艦もその多くが撃破された。

 なので、二航艦攻撃隊の最大の獲物は巡洋艦となる。


 一方、第三航空艦隊から発進した第二次攻撃隊のほうは乙二と呼ばれる水上打撃部隊を狙う。

 こちらは、甲一や甲二と違っていまだ無傷を保っている。

 その戦力は戦艦と巡洋艦がそれぞれ二隻に駆逐艦が八隻だ。

 中央に二隻の巡洋艦とその後方に同じく二隻の戦艦からなる単縦陣。

 さらに、その左右をそれぞれ四隻の駆逐艦が固めている。


 乙二の攻撃を任された第二次攻撃隊指揮官兼「瑞鶴」艦攻隊長の嶋崎少佐は彼我の戦力を衡量する。

 こちらは二五番を四発搭載した爆装艦攻が三六機。

 それに、九一式航空魚雷を腹に抱えた雷装艦攻が同じく三六機。

 これら七二機の零式艦攻が嶋崎少佐が持つ手札のすべてだ。


 実際にはこれ以外に三六機の零戦がある。

 しかし、こちらのほうは爆弾を搭載していない。

 オアフ島の戦闘機との交戦が予想されたために、戦闘爆撃機としてではなく純然たる戦闘機として出撃したためだ。

 それゆえに、対艦打撃戦力としてはこれをあてにするわけにはいかなかった。


 そして、実際に乙二の上空には米戦闘機の姿があった。

 ただ、その数は十数機と予想外に少なかった。

 あるいは、事前の第一航空艦隊による戦闘機掃討が、自分たちが考えている以上に効果を上げていたのかもしれない。

 いずれにせよ、数が少ないこともあって米戦闘機は零戦によってあっさりと撃退されてしまった。

 おかげで零式艦攻は一機も失わずに敵艦攻撃に臨むことができた。


 「目標を指示する。『翔鶴』爆撃隊敵巡洋艦一番艦、『瑞鶴』爆撃隊二番艦。『神鶴』爆撃隊は左翼の駆逐艦、『天鶴』爆撃隊は右翼の駆逐艦を叩け。

 『翔鶴』雷撃隊ならびに『瑞鶴』雷撃隊敵戦艦一番艦、『神鶴』雷撃隊と『天鶴』雷撃隊は敵戦艦二番艦を狙え。

 『翔鶴』雷撃隊それに『神鶴』雷撃隊は左舷から、『瑞鶴』雷撃隊と『天鶴』雷撃隊は右舷からの挟撃とする。

 攻撃順はまず『神鶴』爆撃隊と『天鶴』爆撃隊、次に『翔鶴』爆撃隊と『瑞鶴』爆撃隊とし、最後に雷撃隊が突入する」


 村田少佐の命令一下、七二機の零式艦攻がそれぞれの目標に向けて散開する。

 真っ先に「神鶴」爆撃隊と「天鶴」爆撃隊が小隊ごとに分かれ、敵の駆逐艦にその機首を向ける。

 一方、狙われた駆逐艦は両用砲から火弾を撃ち上げる。

 零式艦攻を寄せつけまいと、機関砲や機銃も盛大に火箭を吐き出す。

 対空戦闘に不向きな単縦陣で、しかも僚艦の援護を受けにくい外郭の位置に展開しているのにもかかわらず、「神鶴」爆撃隊それに「天鶴」爆撃隊ともに一機が失われる。


 しかし、生き残った一六機の零式艦攻は戦友の敵討ちとばかりに六四発の二五番を六隻の駆逐艦に向けて投じる。

 このうち、直撃したのは六発で、その命中率は一割にも満たない。

 だが、装甲が無きに等しい駆逐艦が、重巡の主砲弾の二倍の重量を持つ二五番を食らえばただでは済まない。

 直撃を食らった五隻の駆逐艦は大きく速力を衰えさせる。

 不運にも、二発を食らった駆逐艦は盛大に煙を噴きあげながら洋上停止する。

 また、二五番は至近弾であっても船殻の薄い駆逐艦であれば損害を与えることが可能だ。

 実際、複数の至近弾が米駆逐艦の水線下に亀裂や破孔を穿つなどして深刻なダメージを与えている。


 「神鶴」爆撃隊それに「天鶴」爆撃隊によって左右のボディガードを失った巡洋艦に、今度は「翔鶴」爆撃隊と「瑞鶴」爆撃隊が緩降下爆撃を仕掛ける。

 敵の巡洋艦から吐き出される火弾や火箭の量は駆逐艦とは比べ物にならない。

 「翔鶴」爆撃隊は二機、後方の戦艦からの火力支援を得られる二番艦を狙った「瑞鶴」爆撃隊に至っては三機が投弾前かあるいは投弾後に撃墜されてしまう。


 だが、駆逐艦に比べて三倍の数の零式艦攻の襲撃を受けた米巡洋艦も無事では済まない。

 二隻の米巡洋艦には合わせて六〇発近い二五番が浴びせられ、一番艦には四発、三番艦には三発が命中する。

 両艦ともに当たりどころが良かったなどという幸運には恵まれず、最低でも一発は機関室に二五番の侵入を許していた。


 煙を吐き出し、徐々に速度を落としていく巡洋艦を回避すべく二隻の米戦艦が舵を切る。

 護衛艦艇からの庇護を失った二隻の米戦艦に対し、チャンス到来とばかりに三六機の雷装艦攻が急迫する。


 一方の米戦艦から吐き出される対空砲火、その中でも高角砲のそれは巡洋艦や駆逐艦とは桁違いの激しさだった。

 そのうえ、艦体が大きいから波浪の影響も少なく、そのことで命中精度も高い。

 機関砲や機銃がまだ射撃を開始していないのにもかかわらず、雷装艦攻隊は全体で一割を超える損害を出していた。


 (投雷するまでは当たるなよ)


 高角砲に続き、機関砲や機銃の射撃を開始した米戦艦を前に、嶋崎少佐は七機に減った部下たちを必中射点へと誘う。

 艦首に二基、それに艦尾に一基の大ぶりな主砲塔を持つ戦艦はこちらにその艦首を向けようとしている。

 「瑞鶴」雷撃隊にとってはありがたくない動きだが、しかし逆方向から迫る「翔鶴」雷撃隊の搭乗員からすれば、それこそ願っても無い挙動に映っていることだろう。

 嶋崎少佐は理想の射点に向け、機首をわずかに左に振り、すぐに今度は右へと旋回させる。

 米戦艦から吐き出される対空砲火は相変わらず激しかったが、それでも回頭しながらの射撃ではさすがに精度が保てないのだろう。

 今のところ撃墜されたのは一機だけにとどまっている。


 「射てッ!」


 必中射点とまでは言えないものの、それでもかなり良好な位置で「瑞鶴」雷撃隊は次々に魚雷を投下していく。

 重量物の魚雷を切り離せば、あとは逃げるだけだ。

 零式艦攻は可能な限りの低空飛行で離脱を図る。

 しかし、相手に近づき過ぎたこともあって、五番機と七番機が相次いで火箭に絡め取られる。

 追撃の火箭から必死の逃亡を図る嶋崎少佐の耳に後席の部下から怒鳴るような報告が飛び込んでくる。


 「目標とした戦艦の左舷に水柱! さらに一本、二本。右舷にも水柱!」


 一八機の零式艦攻が雷撃を敢行して命中したのが四本。

 旧式戦艦であれば撃沈が期待できるが、しかし水雷防御が充実している新型戦艦であれば望み薄だろう。


 一方で、こちらの被害は甚大だった。

 嶋崎少佐の直率する「瑞鶴」雷撃隊は全体の三分の一が失われるという大打撃を被った。

 そのいずれもが、かけがえのない一騎当千のベテランが操る機体だ。

 おそらく「翔鶴」雷撃隊や「神鶴」雷撃隊、それに「天鶴」雷撃隊も状況は似たようなものだろう。


 (もはや、肉薄雷撃は商船といった弱敵が相手でも無い限り通用しないな)


 嶋崎少佐は、零式艦攻が防弾装備を充実させていたからこそ、この程度の損害で済んだことを理解している。

 もし、これが防弾装備が貧弱な九七艦攻であったならば、雷撃隊は間違いなく壊滅的打撃を被っていたことだろう。


 三航艦の第二次攻撃隊は一二隻のうちの九隻までを撃破した。

 これは、大戦果と言っても大げさではない。

 しかし、嶋崎少佐はそのことを素直に喜ぶことができなかった。

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