第40話 防空戦闘と運

 五〇乃至六〇機の編隊が二群。

 わずかに遅れて、同規模の編隊が同じく二群。

 それらが南東から北西に突き上げるようにして第一艦隊と第一航空艦隊、それに第二航空艦隊と第三航空艦隊に迫ってくる。

 考えるまでもない。

 オアフ島の南東に展開している米機動部隊から出撃した艦上機の群れだ。


 これに対し、小沢長官は二航艦ならびに三航艦に対してすべての零戦による迎撃を命じる。

 この時、二航艦と三航艦の九隻の空母にはそれぞれ二個中隊、合わせて一六二機の零戦が艦隊防空任務に用意されていた。

 これらのうち一個中隊が上空警戒、残る一個中隊が飛行甲板上で即応待機の状態にあった。


 まず、上空警戒の任にあたっていた零戦が米編隊を可能な限り遠くで捕捉すべく、速度を上げて南東へとその機首を向ける。

 敵編隊と友軍艦隊の距離があればあるほどリアクションタイムが多く確保できる。

 そして、その分だけ反復攻撃の機会を増やすことができる。


 二航艦の四五機、それに三航艦の三六機の零戦が突っかかっていったのは第一七任務部隊の空母「ヨークタウン」とそれに「レンジャー」から出撃した飛行隊だった。

 それらは日本の母艦航空隊とは違い、艦隊単位による進撃が出来るほどのレベルには達していない。

 しかし、マーシャル沖海戦の戦訓を受けて編隊飛行の訓練を実施しており、このことで母艦単位であればなんとか編隊を維持することが出来る程度にはその技量水準を向上させていた。


 「ヨークタウン」それに「レンジャー」の飛行隊はともに三六機のSBDドーントレス急降下爆撃機と、そしてそれらを守る一八機のF4Fワイルドキャット戦闘機で編成されていた。

 「ヨークタウン」とそれに第一八任務部隊の「ホーネット」には他にTBDデバステーター雷撃機がそれぞれ九機搭載されていたが、しかし零戦が飛び交う中にあってはその生存が望めないために攻撃には参加していない。


 零戦の襲撃に対し、SBDを守るべくF4Fが立ちふさがる。

 友軍艦隊の至近で戦える直掩隊とは違い、遠く離れた敵艦隊上空での戦いを強いられる護衛のF4Fは、そのいずれもが航法に優れたベテランを配している。

 だが、その手練れをもってしても、すべての零戦を抑え込むことは出来ない。

 同数の零戦を引き付けるのが精いっぱいだ。


 護衛の戦闘機を引き剥がされた急降下爆撃機は脆い。

 最新鋭で、そのうえ充実した防御火器や優れた運動性能を持つSBDであってもそこは変わらない。

 二航艦の二七機の零戦に襲撃された「ヨークタウン」爆撃隊はそれこそ瞬く間に数を減じ、生き残ったのは早々に爆弾を投棄して避退に転じたわずかな機体のみだった。


 三航艦の一八機の零戦からの攻撃を受けた「レンジャー」爆撃隊は二倍の数の力をもって振り切ろうとした。

 機首の一二・七ミリ機銃や後席の七・七ミリ旋回機銃を振りかざして必死の防戦に努める。

 だが、SBDと零戦とでは速度性能も旋回性能も隔絶しており、二倍の数の差をもってしてもその劣勢を補うことは出来なかった。

 結局、「レンジャー」爆撃隊は「ヨークタウン」爆撃隊より多少粘りはしたものの、しかし結局は同じ運命をたどることになった。


 わずかに遅れてやってきた「ホーネット」爆撃隊それに「ワスプ」爆撃隊もまた零戦の手荒い歓迎を受けることになった。

 こちらは、即応待機組の零戦による迎撃だった。

 こちらもまた上空警戒組と同じで二航艦は四五機、三航艦は三六機の零戦を擁している。

 二航艦の零戦はそれこそあっという間に「ホーネット」爆撃隊を蹴散らす。

 一方、三航艦の零戦のほうは「ワスプ」爆撃隊の撃滅に多少時間がかかったものの、それでもSBDが友軍艦隊に到達するまでにその撃退に成功している。


 オアフ島からの航空攻撃に対しては一航艦の零戦がこれに対応していた。

 同島への航空撃滅戦に一四四機の零戦を投じてなお一航艦には七二機の零戦が直掩に残されていた。

 これら機体はオアフ島から出撃したB17やA20、それにSB2UやSBDといった種々雑多な攻撃機や爆撃機を相手取っていた。

 数はオアフ島の航空隊のほうが多かったが、しかしそれほど大きな差は無い。

 そのうえ、オアフ島の航空隊は陸軍や海軍それに海兵隊の混成だったから、大編隊による一斉攻撃とはいかなかった。

 だが、なによりも一航艦の零戦にとってありがたかったのは敵の護衛戦闘機の不在だった。

 実のところ、攻撃隊に参加するはずだった基地航空隊のF4FやF2Aはオアフ島上空の防空戦闘に投入されていた。

 このことで、爆撃機や攻撃機は護衛の戦闘機無しによる突撃を強いられ、そのことで零戦に好き勝手にされてしまったのだ。


 結局、オアフ島の基地航空隊もまた艦艇攻撃に関しては戦果を挙げることはかなわず、逆に未帰還機を大量に出す結果に終わってしまった。

 生還した機体のほとんどはB17で、こちらは零戦が積極的に攻撃してこなかったことがその理由だ。

 海上を高速で動き回る艦艇攻撃に、B17が用いる水平爆撃はあまり効果的な戦技とはいえない。

 零戦のほうもそれを知っていたからA20やSB2UそれにSBDといった脅威度が高い機体を優先して攻撃したのだった。


 「しのぎきったのか」


 すべての米機が引き揚げていったとの報に、一航艦の南雲長官と二航艦の小沢長官、それに三航艦の草鹿長官が同じつぶやきを漏らす。


 第一艦隊と一航艦、それに二航艦と三航艦に襲来した米機は基地航空隊と母艦航空隊を合わせて三〇〇機を超えていたはずだ。

 しかし、味方に大きな被害は出ていない。

 わずかに一航艦の「赤城」と「加賀」が至近弾を食らって若干の浸水をきたした程度だ。


 三〇〇機を超える敵機に襲われて、なぜ迎撃戦闘が破綻しなかったのか。

 その理由を南雲長官も小沢長官も、そして草鹿長官も理解している。

 二三四機もの零戦を直掩にあてていたからだ。


 マーシャル沖海戦の際、当時の二航艦と三航艦は合わせて一一七機の零戦を直掩として用意していた。

 しかし、その防衛網はあと一歩で破綻するというところまで追い詰められてしまった。

 相手はわずかに三隻の空母だったのにもかかわらずだ。


 だから、航空要塞とも言えるオアフ島と米機動部隊の両方を同時に相手取っても大丈夫なように、今回は前回の二倍の零戦を用意した。

 過剰とも思えたこの措置は、しかし蓋を開けてみればぎりぎりの戦力だった。

 もし、あとわずかに米攻撃隊の数が多ければ。

 あるいは、オアフ島の基地航空隊が戦闘機を伴っていれば、少なくない空母が撃破されていたことだろう。


 (やはり、米軍は強い)


 南雲長官も小沢長官も、そして草鹿長官もそのことを改めて思い知らされる。

 一五隻の空母とそれに九〇〇機もの艦上機を擁していて、それでもなおきわどい戦いを強いられたのだ。

 それに、今の状況は多分に幸運の要素が含まれている。

 その事実に、三人の長官はなんとも言えない居心地の悪さのようなものを感じていた。

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