第39話 戦力配分
(マーシャル沖海戦の敗北を糧にしたことは評価するが、それでもまだまだ努力が足りなかったようだな)
甲一と呼称される米機動部隊を叩くように指示されている、第一次攻撃隊指揮官兼「飛龍」艦攻隊長の楠美少佐は胸中でほくそ笑む。
マーシャル沖海戦において、米空母は直掩に一〇機程度の戦闘機しか残していなかった。
しかし、今回はその二倍近い。
二隻合わせて四〇機ほどのF4Fワイルドキャット戦闘機が二航艦攻撃隊の前に立ちはだかってきた。
しかし、四五機からなる零戦隊の阻止線を突破することは出来なかった。
機体性能それに搭乗員の技量が劣るうえに、そのうえさらに数が少なければ零式艦攻を攻撃するどころではない。
F4Fはどの機体も零戦の猛攻から自身の身を守るのに精いっぱいという有り様だった。
(それにしてもさすが金満の米国だ。ずいぶんとぜいたくな布陣だ)
眼下を見下ろしつつ、楠美少佐は呆れ交じりの羨望を抱く。
わずか二隻の空母に対して、四隻の大型艦と一二隻の小型艦がその周囲を取り巻いているのだ。
つい先々月には太平洋艦隊が全滅しているのにもかかわらず、だ。
大型艦のほうは重巡かあるいは「ブルックリン」級軽巡、小型艦は駆逐艦で間違いないだろう。
「『蒼龍』以外の爆撃隊は小隊ごとに駆逐艦を狙え。各小隊長は目標が重複しないように注意せよ。『蒼龍』爆撃隊ならびに『飛龍』雷撃隊と『蒼龍』雷撃隊は前方の空母、『雲龍』と『白龍』それに『赤龍』雷撃隊は後方の空母を叩け」
駆逐艦にはそれぞれ一個小隊、空母には三個中隊を割り当ててこれを攻撃する。
巡洋艦に対しては手が回らない。
しかし、無い袖は振れないから、こちらは仕方が無かった。
真っ先に「飛龍」と「雲龍」それに「白龍」と「赤龍」の三六機の爆装艦攻が三機ずつに分かれ、輪形陣の外郭に位置する一二隻の駆逐艦に向かって降下を開始する。
それら零式艦攻は腹に四発の二五番を抱えている。
全弾当たればオーバーキルだが、しかしそのようなことはあり得ない。
米駆逐艦はそのいずれもが他艦からの支援を受けにくい輪形陣の外郭に展開している。
それなのにもかかわらず、三六機の零式艦攻のうちの四機が投弾前に撃墜されてしまう。
九六艦攻や九七艦攻に比べて遥かに打たれ強くなったはずの零式艦攻に対して、しかしその一割以上を撃墜するのだから、米駆逐艦の対空能力は侮れない。
しかし残る三二機は緩い降下角度を維持したまま投弾、米駆逐艦に一二八発の二五番が降り注ぐ。
そのうち、命中したのは一割に満たない一二発だった。
急降下爆撃の命中率を考えれば、惨憺たる成績と言ってよかった。
しかし、効果は劇的だった。
直撃を食らった一〇隻のうち、二発を被弾した二隻の駆逐艦はそのいずれもが猛煙を吐き出して洋上停止する。
残る八隻も速度を大幅に衰えさせ、海面を這うように進むだけだ。
直撃を避け得たのは二隻のみだった。
しかし、そのうちの一隻は至近弾によって水線下に亀裂と破孔を穿たれ、速度低下を余儀なくされている。
無傷を保つ四隻の巡洋艦も、洋上の障害物と成り下がった駆逐艦を避けるために舵を切らざるを得ない。
このことで、空母を守るための最適位置から引き剥がされる。
その隙を百戦錬磨の搭乗員たちは見逃さない。
「飛龍」雷撃隊と「蒼龍」雷撃隊、それに「蒼龍」爆撃隊は三方向からの雷爆同時攻撃を成立させるべく、前方に位置する空母に急迫する。
攻撃はわずかに「蒼龍」爆撃隊が早かった。
急降下爆撃の神様改め緩降下爆撃の神様にジョブチェンジした江草少佐率いる九機の零式艦攻が緩降下爆撃というには少々きつい角度で米空母の後方から前方に向けて航過する。
投弾前に一機が高角砲弾の至近爆発に巻き込まれて撃墜され、さらに離脱途中に別の一機が機関砲かあるいは機銃弾に絡め取られて爆散する。
投じられた三二発の二五番のうち六発が相次いで米空母の飛行甲板に命中する。
駆逐艦を狙った部隊よりも命中率が高かったのは「蒼龍」爆撃隊の技量が優秀なこともあるが、何より的が大きかったことが影響したのだろう。
空母は駆逐艦に比べて幅も長さも二倍以上だから、その分だけ命中率が高くなるのは当たり前だ。
重巡の砲弾の二倍以上の重量を持つ二五番を、しかもそれを一度に六発も食らっては米空母もたまらない。
吐き出す火箭は明らかに衰え、速力も低下する。
あるいは、命中したうちの一発が煙路を傷つけるなどして機関に損害を与えたのかもしれない。
だがしかし、敵のピンチは味方のチャンスだ。
深手を負った米空母の窮状を見逃すほど「飛龍」雷撃隊も「蒼龍」雷撃隊も甘くはない。
苦境に陥った米空母を援護すべく、いまだ無傷を保つ四隻の米巡洋艦が懸命に対空砲火を投げかけてくるが、しかしその位置関係はあまりにも悪い。
悠々と理想の射点に到達した「飛龍」雷撃隊それに「蒼龍」雷撃隊は必殺の九一式航空魚雷を次々に投じていく。
脚を衰えさせた米空母に魚雷の包囲網を脱する術はない。
両舷に次々に命中の水柱が立ち上っていく。
(米空母の攻撃に三個中隊を充てたのは、あるいは戦力の過剰投入だったかもしれんな)
後席の部下から七本の魚雷が命中したとの報告を受けた時、楠美少佐は思わず後悔にも似た念を抱いてしまう。
しかし、小さく首を振りすぐにその考えを頭から叩き出す。
空母は最優先攻撃目標であり、確実に仕留める必要がある。
戦力をケチって取り逃がすことを思えば、やり過ぎるほうがまだマシというものだ。
そう思う楠美少佐に、「雲龍」雷撃隊長から報告が上がってくる。
「当隊攻撃終了。目標とした空母に魚雷九本命中、撃沈確実」
後方の空母を狙った「雲龍」隊と「白龍」隊、それに「赤龍」隊もまた立派に仕事を成し遂げてくれた。
四隻の巡洋艦それに一隻の駆逐艦を撃ち漏らしたとはいえ、戦果としては十分過ぎるほどだった。
(あとは、三航艦のほうだな)
別の機動部隊を攻撃している三航艦の零式艦攻は自分たちよりも数が少ない。
その三航艦攻撃隊指揮官から戦果報告が上げられてくる。
「空母二隻撃沈、他に駆逐艦五隻を撃破」
楠美少佐は知らなかったが、三航艦攻撃隊のほうは爆撃隊の半数を駆逐艦の攻撃に充て、残る半数と雷撃隊の全力で二隻の空母を攻撃していた。
二航艦攻撃隊と同様に、それぞれ三個中隊の零式艦攻から集中攻撃を受けた二隻の米空母は、そのいずれもが多数の爆弾と魚雷を浴びて致命傷を被った。
(空母四隻を撃沈、駆逐艦十数隻を撃破か。作戦の第一段階は成功と言ってよさそうだな)
第一次攻撃隊の目標は空母の撃破であり、可能であれば撃沈までもっていく。
そして、それは達成された。
「帰投する。空母を全滅させたとはいえ、オアフ島の戦闘機のほうはかなりの生き残りがいるはずだ。待ち伏せがあるかもしれん。全機警戒を怠るな」
短く命じ、楠美少佐はその精神を警戒モードへと移行させる。
激戦をくぐり抜けた部下たち。
その彼らを無事に母艦に連れて帰るまでが、指揮官に与えられた任務だと考えていたからだ。
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