第38話 目標選定
「戦艦六隻を主力とする水上打撃部隊発見」
「戦艦二隻、その他一〇隻から成る艦隊発見。戦艦は新型」
「空母二隻を基幹とする機動部隊発見」
「空母二隻発見。十数隻の護衛を伴う」
索敵に出した零式艦攻からの相次ぐ敵発見の報に、第三航空艦隊旗艦「翔鶴」艦橋には、これから激闘が始まるのにもかかわらず、安堵にも似た空気が流れていた。
「水上打撃部隊はともかく、機動部隊がこれほどまでにオアフ島に近いところにいたのは、全くもって意外ですな」
山田参謀長が感じた疑問。
それは、草鹿長官も意を同じくするところだ。
四群発見された米艦隊のうち、二つある水上打撃部隊はそのいずれもがオアフ島北西二〇浬から二五浬の間に布陣していた。
こちらは、第一艦隊がオアフ島に対して艦砲射撃を仕掛けてきた場合に対する備えといったところだろう。
これら二個艦隊にはそれぞれ北から乙一それに乙二の名称が与えられている。
実のところ、第一艦隊は進撃途上にあるミッドウェー島に対して艦砲射撃を実施していた。
本来の目的は後背の安全を確保するためだ。
しかし、将兵らにとっては決戦前の景気づけの実弾演習のようなものだった。
本番に備える意味からも、六隻の戦艦から発射された主砲弾はそれほど多くない。
各艦ともに一〇〇発程度といったところだ。
しかし、ミッドウェー島からすれば、六〇〇トンを超える鉄と火薬を叩き込まれたようなものだった。
このことを、米軍は何らかの手段を用いて見ていたのだろう。
そして、オアフ島においてそれが再現されることを恐れた。
そのことが、二個水上打撃部隊の配置に影響を与えた。
推測にしか過ぎないが、たぶんそういった理由ではないか。
一方、二群が確認された敵機動部隊のほうは甲一それに甲二の名称が与えられ、そのいずれもがオアフ島の南東に位置している。
オアフ島を盾にする形だ。
脆弱な空母を守るには絶好のポジションだろう。
疑問なのはオアフ島との距離だった。
あまりにも近すぎるがゆえに、日本側艦上機の空襲圏内にすっぽりと収まっているのだ。
「おそらく、オアフ島の戦闘機隊に対して絶大な信頼を寄せていたのだろう。たとえ、こちらの艦上機の航続距離内にいようとも、同島の戦闘機が必ず阻止してくれるだろうと」
草鹿長官の推論に、山田参謀長も小さくうなずき賛意を示す。
オアフ島を空襲した第一航空艦隊の戦闘機隊によれば、七〇乃至八〇機からなる敵戦闘機の襲撃を、しかも三波にわたってそれを受けたのだという。
さらに、その後も四〇乃至五〇機の第四波があったというから、オアフ島には最低でも二五〇機、多ければ三〇〇機程度が配備されていたものと思われる。
しかし、それらは戦力の逐次投入のような形で零戦に攻撃を仕掛けてきたものだから、数の優位を生かすことが出来なかった。
「後は攻撃隊の配分だな。小沢長官がどのような判断を下すか」
小沢長官が直率する第二航空艦隊、それに草鹿長官が指揮する三航艦はそれぞれ二波による攻撃隊を繰り出すことにしている。
戦力の集中という観点からは、一斉出撃のほうが好ましい。
しかし、カタパルトを持たない帝国海軍の正規空母では、どうしても二回に分けて出撃させざるを得ないのだ。
草鹿長官が疑問を呈した直後、通信参謀が息せき切って駆け込んでくる。
「小沢長官よりの命令です。第一次攻撃隊について二航艦は甲一、三航艦は甲二を攻撃。第二次攻撃隊のほうは二航艦は甲一もしくは甲二、三航艦は乙二をその目標とせよとのことです。なお、第一次攻撃隊についてはオアフ島を迂回しつつ、南方から突き上げるようにして接敵せよとのことです」
小沢長官の意図は、草鹿長官にも山田参謀長にもすぐに理解出来た。
第一次攻撃隊はそれぞれ二隻の空母を基幹とする米機動部隊を狙う。
戦艦よりも先に空母を叩くことは基本中の基本だ。
それと、オアフ島を迂回するのは同島の戦闘機隊との交戦を避けるためだろう。
オアフ島の戦闘機隊については一航艦の零戦隊が大打撃を与えた。
しかし、それでも全機を撃破したというわけでもないはずだ。
それに、米空母もまたそれなりの直掩機を用意しているだろうから、それまでに避けられる戦闘はこれを可能な限り避けたほうが無難だ。
第二次攻撃で二航艦が甲一それに甲二をその標的とするのは空母の撃ち漏らしがあった場合に対応するためだろう。
それと、もし仮に第一次攻撃隊が空母を全滅させたとしても、護衛の巡洋艦や駆逐艦はうじゃうじゃといるから、獲物には困らない。
問題は三航艦が相手取る乙二だった。
新型戦艦二隻を含む有力な艦隊だ。
「乙二が相手であれば、全機魚雷を装備させたうえで出撃させてやりたかったところですな」
山田参謀長が残念そうにつぶやく。
三航艦から出撃する機体は第一次攻撃隊それに第二次攻撃隊ともに半数が爆装で残る半数が雷装だった。
「最初から太平洋艦隊の編成が分かっていればそうだったかもしれんが、しかし今となっては仕方あるまい」
敵艦隊の構成はもちろん、その位置が分かったのでさえつい先程なのだ。
それに、こちらはすでにその存在を米軍に暴露している。
夜が明けてさほど間をおかずに、B17と思しき機体が二航艦や三航艦の上空に相次いで飛来してきたのだ。
「すでに、敵機動部隊からは攻撃隊が飛び立っていることだろう。そのような状況下で雷爆転装など危なくて出来たものではない」
魚雷や爆弾の搭載、あるいは燃料を補給中に敵機の攻撃を受けるなど、悪夢もいいところだ。
一発食らっただけで、それこそ洋上の松明と化してしまうだろう。
そのようなことになる前に、さっさと攻撃隊を発進させるべきだった。
残念な気持ちを心の片隅に追いやり、草鹿長官は命令を発する。
「ただちに第一次攻撃隊を出撃させろ。それが終われば第二次攻撃隊もすぐに出す。米機動部隊から飛び立った艦上機の群れがこちらに来るまでに、すべての機体の発進を完了させるのだ」
草鹿長官の命令一下、旗艦「翔鶴」とその三隻の妹たちが舳先を風上へと向ける。
第一次攻撃隊は二航艦から零戦が四五機に零式艦攻が九〇機。
三航艦からは零戦が三六機に零式艦攻が七二機。
第二次攻撃隊は二航艦から零戦が一五機に零式艦攻が六〇機。
三航艦から零戦が三六機に零式艦攻が七二機。
零式艦攻は半数が爆装で、残る半数が雷装となっている。
一方、零戦のほうは爆弾を装備しているものは一機も無く、全機が腹に増槽を抱えての出撃だ。
先頭の位置にあった零戦が滑走を開始する。
日米の機動部隊同士による戦いの、その第二ラウンドが間もなく始まろうとしていた。
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