第43話 疑惑の戦艦

 日本の戦艦が砲撃を開始したのは彼我の距離が二八〇〇〇ヤードを割ったあたりだった。

 あるいは、日本の第一艦隊は砲戦距離を二五〇〇〇メートルに設定していたのかもしれない。


 一方の第一一任務部隊の戦艦は撃たれるままになっている。

 しかし、ゴームレー提督に焦りの色は無い。

 現在は太陽が上り、気象条件も良好だから長距離砲戦を可能とする条件は揃っている。

 しかし、それでもこの距離で相手を散布界に捉えるのは、観測機を用いたとしても容易なことではない。


 「敵一番艦、目標本艦。二番艦『ニューメキシコ』、三番艦『ミシシッピー』、四番艦『アイダホ』、五番艦『テキサス』、六番艦『ニューヨーク』」


 叫ぶような見張りの報告に、ゴームレー提督は小さく安堵の息を漏らす。

 日本の戦艦が戦力の大きな「コロラド」級と「ニューメキシコ」級に攻撃を集中してくる。

 あるいは、逆に討ち取りやすい「ニューヨーク」級にその多くの矛先を向けてくる。

 ゴームレー提督としてはそれが一番嫌だった。


 しかし、日本の戦艦は対応艦に対してのタイマン勝負を挑んできた。

 そうであれば、少なくとも三番艦以降の勝敗は決したのも同然だ。

 「金剛」型戦艦では「ニューメキシコ」級戦艦には勝てない。

 「ニューヨーク」級戦艦相手ですら、よほどのラッキーパンチにでも恵まれない限り撃ち勝つことは難しいだろう。


 砲撃を開始した日本の戦艦だが、その彼らの技量は悪くなかった。

 遠距離砲撃でありながら、しかし的外れな位置に弾着するものはほとんど無い。

 だが、一方で直撃はもちろん、夾叉されたという報告も上がってこない。

 観測機を用いたとしても、やはり長距離射撃は当たらないものなのだ。


 当初予定通り、距離が二五〇〇〇ヤードを切った時点でゴームレー提督は砲撃を命じる。

 「コロラド」の主砲が火を噴き、敵一番艦に向けて四〇センチ砲弾を吐き出していく。

 それを機に、相次いで砲声が鳴り響く。

 「コロラド」に続き、「ニューメキシコ」以下の各戦艦も砲撃を始めたのだ。


 日米の戦艦が本格的に殴り合いを開始したなか、先に命中弾を得たのは第一艦隊のほうだった。

 第一艦隊は観測機が使えることもあって、第一一任務部隊よりも先に砲撃の火蓋を切っていた。

 しかし、やはり二五〇〇〇メートルというのは遠く、命中弾はおろか夾叉すらも得られなかった。

 それでも根気強く修正射を重ね、弾着を寄せていく。

 さらに、距離が詰まってくればそれに伴って命中精度も上がってくる。


 まず、「扶桑」が最古参の意地を見せ、命中一番乗りを果たす。

 目標とした敵六番艦、米軍が言うところの「ニューヨーク」の艦中央部に四一センチ砲弾を命中させたのだ。

 一〇〇〇キロを超える重量弾は「ニューヨーク」の装甲を貫き機関室に侵入、ボイラーを爆砕する。

 「ニューヨーク」にとっての不幸は、「扶桑」が極秘裏にその主砲を三六センチ砲から四一センチ砲のそれに換装していたことだ。

 逆に、従来の三六センチ砲弾であれば、あるいは「ニューヨーク」の装甲はぎりぎりのところで耐えられたかもしれなかった。


 艦の心臓部に甚大なダメージを被ったことで「ニューヨーク」は一気に速力を衰えさせる。

 一方、「扶桑」のほうは的速を読み違えたことで二度ほど空振りを繰り返す。

 しかし、すぐに相手の速度低下を盛り込んだ諸元を算出、ふたたび散布界に敵六番艦を飲み込んでいく。


 一〇発近くを敵六番艦に叩き込んだところで、「扶桑」はその矛先を敵五番艦に向ける。

 妹の手助けをするのは姉としての当然の務めとばかりに「山城」に加勢する。

 四一センチ砲搭載戦艦にダブルチームであたられては敵五番艦、米軍で言うところの「テキサス」もたまったものではない。

 「山城」に一発の三六センチ砲弾を命中させるたびに、逆に「テキサス」のほうは二発の四一センチ砲弾を食らう始末だった。

 あっという間に被害が累増した「テキサス」は、姉の「ニューヨーク」の後を追うようにして燃え上がった。


 「ニューヨーク」それに「テキサス」の相次ぐ後落に、さすがのゴームレー提督も顔色を失う。

 確かに、「ニューヨーク」と「テキサス」の両艦は米海軍の三六センチ砲搭載戦艦の中では最弱の存在と言ってもいい。

 しかし、それでも「金剛」型戦艦よりは明らかに攻撃力は上回っている。

 それに、三六センチ砲弾であればかなりの抗堪性を兼ね備えているはずだ。

 撃ち負けたのが一隻ならばラッキーパンチを食らったのかと無理やり納得することもできた。

 しかし、一度に二隻がやられるというのは考えられない。


 旗艦「コロラド」艦橋に沈鬱な空気が流れる中、これまでに無い轟音が後方から飛び込んでくる。


 「『アイダホ』大爆発! 猛煙で詳細の確認不能!」


 絶叫のような見張りの報告に、ゴームレー提督は「アイダホ」に起こったことを即座に理解する。

 彼女は弾薬庫を貫かれたのだ。

 しかし、「アイダホ」は「コロラド」級や「テネシー」級に次ぐ防御力を持つ堅艦だ。

 四〇センチ砲弾ならばともかく、三六センチ砲弾が彼女の最も分厚い弾薬庫の装甲を撃ち抜くなど、よほどの近距離でもない限りあり得ない。

 ただ、はっきり言えることは「アイダホ」は間違いなく致命傷を被ったということだ。


 相次ぐ悲報に、ゴームレー提督は自身が悪夢を見ているのではないかという思いにとらわれる。

 しかし、すぐに意識を現実へと戻す。

 「アイダホ」は助からない。

 「テキサス」と「ニューヨーク」もよほどの幸運に恵まれない限り沈没は免れないだろう。

 いずれにせよ、これ以上の損害は看過できない。


 「針路九〇度、第一二任務部隊との合流を図る」


 第一二任務部隊の「ワシントン」と「ノースカロライナ」はともに複数の魚雷を食らって満身創痍の状態だ。

 それでも、注排水で水平を取り戻せば砲撃は可能かもしれない。

 もちろん、砲撃の衝撃で浸水をきたすようであれば万事休すだが、しかしそのあたりのことははっきり分かっていない。

 いずれにせよ、このままではジリ貧だ。

 残存戦力を糾合して立て直す以外に、第一一任務部隊に他に残された手段は無い。


 一連の命令を出し終えたゴームレー提督はここまでの敗因を考える。

 「ニューヨーク」と「テキサス」それに「アイダホ」が相手取っていたのは、そのいずれもが「金剛」型戦艦だ。

 四〇センチ砲を搭載する「長門」や「陸奥」が相手であればともかく、三六センチ砲の「金剛」型戦艦が相手なら、「ニューヨーク」と「テキサス」が戦闘力を喪失したり、まして「アイダホ」が爆沈したりすることなど、本来であればあり得ないはずなのだ。


 (自分たちが戦っているのは本当に「金剛」型戦艦なのか。あるいは南方戦域で目撃された戦艦こそが本物の「金剛」型戦艦ではないのか)


 突然、胸中に湧いた疑問に、しかしゴームレー提督はすぐにその考えを打ち消す。

 日本の戦艦で艦首に二基、それに艦中央と艦尾に一基の連装砲塔を持つものは「金剛」型戦艦を置いてほかにない。

 ただ、何か重要な問題を見落としているような、そんな気がしてしょうがない。

 さらに思索を深めようとするゴームレー提督だったが、しかしそれはかなわなかった。

 「長門」が放った一弾が「コロラド」の艦橋基部を直撃、それに伴う衝撃が彼を襲ったからだ。

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