第33話 大盤振る舞い
「どのような感想をお持ちになられましたか」
問いかけの形で塩沢大臣が話を切り出す。
「改マル五計画はマル五計画に比べてずいぶんと良くなりました。なにより金食い虫の戦艦や超甲巡といった大型水上打撃艦艇のそのことごとくがリストから無くなっている。遅まきながらも、帝国海軍が大艦巨砲から航空主兵に脱却したということでしょう。それと、特務艦艇が手厚くなっていますね。給油艦や工作艦といった支援兵力の充実は戦闘艦艇の回転率を上げることに直結しますから、こちらは喜ばしいことだと思います」
肯定的な敏太の言葉に、塩沢大臣それに沢本次官が小さく安堵の色を浮かべる。
このまま話が進めば、及川大将の二の舞いを避けることが出来そうだと考えているのだろう。
「ですが、評価できるのはそこだけです。結局、改マル五計画から読み取れるのは、帝国海軍の意識はいまだに艦隊決戦主義のままだという事実です。そして、その手段が大艦巨砲から航空主兵に置き換わったのにしか過ぎない。海軍の本来任務である海上交通線の保護が二の次になっています」
「商船護衛の中核を担う海防艦については、従来計画よりもこれをずいぶんと増勢しておりますが」
敏太の指摘に、塩沢大臣が意外だとばかりに反論する。
「そもそもとして、マル五計画の四隻というのが異常なのですよ。これを三四隻に増やしたからと言っても全然足りない。一方で、潜水艦のほうは四五隻から一三九隻へと激増している。改マル五計画においても、帝国海軍が防御よりも攻撃を志向していることは明白です。すでに戦争が始まっているのではっきり言わせてもらいますが、帝国海軍の海上交通線保護の意識は甘いにもほどがある。とても、英海軍を師に持つ組織とは思えない」
海防艦であれば、その活動はローテーションとなることが多い。
戦艦や空母と違い、年がら年中働いているからだ。
その海防艦は護衛任務以外にも整備や補給、それに移動や訓練など成すべき事が山積している。
また、不具合の改修や新装備の追加工事、手傷を負った場合は修理も必要となってくる。
だから、三四隻の海防艦があったとしても、常時護衛任務に携わることができるのはせいぜい一〇隻といったところだろう。
そして現在、日本は太平洋からインド洋に至るまでの広大な海域に海上交通線を抱えている。
それを、この程度の数の海防艦で守りきれようはずが無いことは、少し考えれば子供でも分かる。
海上護衛総隊には他に五〇隻ほどの旧式駆逐艦があるが、しかしそれらを勘定に入れても日本の商船団を守るには全然足りない。
これでは、近い将来に確実に現実化する米潜水艦からの猛襲には耐えられない。
「私自身、在英大使館で武官補佐官それに武官の任にあたりましたが、その際に英海軍の海上交通線保護にかける執念というものをそれこそ目の当たりにしました。英国は第一次世界大戦でも、そして今次大戦でもその食糧自給率は五割に届きません。
そんな英国が戦争に踏み切ることが出来るのは世界中から物を買うことが出来る経済力の裏付けと、そしてどのような脅威と対峙しても、それらから必ず海上交通線を守り切るのだという確固たる意思です。だから、札田場さんが抱かれている危惧については私にもそれが理解できます。確かに英海軍に比べて我が帝国海軍は海上交通線保護にかける熱意が足りていない」
塩沢大臣の言葉に、敏太は人材の配置を誤ったかと少しばかり後悔する。
海上護衛総隊の司令長官には嶋田大将ではなく、知英派の塩沢大将こそを据えるべきだった。
だがしかし、そうなってしまうと、十中八九嶋田大将が海軍大臣となっていた。
そして、今の自分の眼前には塩沢大将ではなく嶋田大臣がその姿を見せていたはずだ。
しかし、それはそれで嫌だ。
いずれにせよ、敏太は塩沢大臣に対する評価を改める。
彼の指摘は的確だ。
中から上にランクアップしよう。
だからこそ、塩沢大臣に花を持たせて帝国海軍内における彼の地位を向上させる必要がある。
十分な手土産を持たせて。
「大臣のような重鎮が海上交通線保護の重要性を理解しているのは、非常に心強いことです。それで、私は何をすればよろしいのですか」
なんだかよく分からないうちに機嫌を直した敏太にとまどいつつ、しかし塩沢大臣は要求を直截にぶつける。
「五隻の装甲空母、それに一三隻の戦時急造型空母の建造費の半分をご支援いただきたい」
一八隻の空母であれば一五億円。
今後の物価の高騰次第ではその総額は二〇億円に迫るかもしれない。
その半分だから七億五〇〇〇万円から一〇億円といったところか。
(ずいぶんと遠慮された? いや、舐められたものだ)
敏太はこの戦争によって天文学的とも言える額の金を荒稼ぎしている。
戦争は人類にとっての愚行だが、しかし表だけではなく裏の経済の仕組みさえも知悉する敏太にとっては決して負けることの無い最高の稼ぎ時でもある。
人々の血と命を代償に得る利益は、平時の汗と涙のそれに比べて遥かに巨額だ。
まさに死の商人、あるいは死の相場師。
胸中で自嘲の苦笑をこぼしつつ、一方で敏太はカウンターの要求を突きつける。
「一八隻の空母についてはすべて戦時急造型空母にしてもらえませんか。そうであれば建造にかかる費用のすべてを献納させていただきますよ」
五隻の装甲空母については、今から建造を開始しても完成するのは昭和二〇年になる。
そして、慣熟訓練が終わる頃には昭和二一年になっているかもしれない。
だが、それでは肝心な時に間に合わない。
敏太の途方もない申し出に塩沢大臣が目を剥き、傍らの沢本次官がゴクリとつばを飲み込む。
それを無視し、敏太は追撃をかける。
「それと改マル五計画に盛り込まれている二隻の水雷戦隊嚮導型巡洋艦と八隻の水雷特化型駆逐艦、それに二三隻の防空駆逐艦はすべて建造を取りやめてそのリソースを戦時量産型駆逐艦に振り向けてください。たぶん同じ予算で四〇隻以上揃えることが出来るはずです。もちろん、こちらも空母と同様にそのすべての建造費を提供させていただきます」
敏太の常軌を逸したオファーに、さすがに塩沢大臣も慌てる。
確かに、これだけ多額の資金援助をしてもらえれば、海軍戦備の多少の変更など些事にしか過ぎない。
それに、艦種を絞ることはそれだけ生産性の向上にもつながるから、戦時においては十分な大義名分、説得材料になる。
だが、いずれにせよ二〇億円を超える資金援助など、塩沢大臣にとっては想像の埒外もいいところだ。
「よろしいのですか。戦時とはいえ、しかしこれまでに比べて破格の献金額です。金をねだる側がこんなことを言うのはなんですが、しかし本当に大丈夫なのですか」
心配顔の塩沢大臣に、一方の敏太は愉快そうにとどめを刺す。
「あっ、それと海防艦については一〇〇隻の建造費を献納します。さっき少ないって文句を言いましたからね。いずれにせよ、口は出すけど金は出さないと思われるのも不愉快ですので」
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