改マル五計画
第32話 計画変更
日米の主力艦隊同士が相まみえたマーシャル沖海戦において、連合艦隊は宿敵太平洋艦隊に勝利した。
戦艦を基幹戦力とする第一艦隊、それに航空機を主力とする第二航空艦隊と第三航空艦隊は終始太平洋艦隊を圧倒。
戦闘に参加したすべての米艦を撃沈する一方で、自軍の沈没はゼロという文字通りのパーフェクトゲームを成し遂げた。
空母三隻に戦艦八隻、巡洋艦一三隻に駆逐艦三四隻の合わせて五八隻を殲滅。
撃墜破した航空機も二〇〇機を大きく超える。
本来、戦果というものは過大評価されがちなのだが、しかし多数にのぼる捕虜からの証言を得ているので、その信ぴょう性は極めて高いものだと判断できた。
日本海海戦を遥かに上回る、前代未聞とも言える大戦果。
正月前だというのにもかかわらず、日本国内はどこもかしこも戦捷で沸き返っている。
そのような中、札田場敏太は海軍大臣から呼び出しを受けて海軍省を訪れていた。
通された部屋にはその海軍大臣の塩沢大将、それに海軍次官の沢本中将の姿があった。
かつて、敏太は当時の米内大臣や山本次官とのやりとりの中で、帝国海軍の上層部の意識を確認しておく必要性を感じていた。
具体的には誰が開戦派で誰が避戦派か、あるいは誰が親独派で誰が親米派かといったところだ。
敏太が調べた限りでは、塩沢大臣も沢本次官も日米開戦には反対していたから、この二人に関してはとりあえず上中下のうちの中にランクしている。
「すでにご承知かとは思いますが、先日のマーシャル沖海戦で帝国海軍は太平洋艦隊に勝利することが出来ました。その一番の理由はあなたの支援によって戦前に多数の空母を揃えることがかなったからです。この件については山本連合艦隊司令長官からも感謝を伝えてくれと言付かっています」
従来の計画通りであれば、帝国海軍が開戦時に保有していた中大型の正規空母は大型の「赤城」と「加賀」それに「翔鶴」と「瑞鶴」、さらに中型の「飛龍」と「蒼龍」の六隻のみとなっていたはずだった。
しかし、敏太の資金援助によってマル三計画で「神鶴」と「天鶴」の二隻の「翔鶴」型空母の追加建造がかなった。
さらに、当時の米内大臣と山本次官がマル四計画で装甲空母の資金援助を希望した際に、逆に敏太は戦時急造型空母の建造とそれに伴うギャンブルを持ちかけた。
敏太の挑発ともとれる提案を、しかし山本次官がこれを容れたことで「飛龍」の設計をベースにした「雲龍」と「白龍」それに「赤龍」の三隻を開戦前に戦列に加えることが出来た。
このことで、帝国海軍は「赤城」と「加賀」をフィリピン戦線に投入してなお九隻の正規空母を太平洋正面に配備することが可能だった。
もし仮に、敏太の支援とそれに山本次官の決断が無ければ、マーシャル沖海戦は「翔鶴」と「瑞鶴」それに「飛龍」と「蒼龍」の四隻で「エンタープライズ」と「サラトガ」それに「レキシントン」と干戈を交えていたはずだった。
そうなっていれば、彼我の戦力差から考えてよくて辛勝、下手をすれば相打ちとなって、空母のうちの何隻かは失われていた可能性が高かった。
「あれはお国を守るために最前線で戦った兵士や、あるいはその彼らが扱う兵器をつくった技術者や工員たちの血と汗の結晶とも呼ぶべきものです。私はそれに必要な金の一部を献納しただけで、たいしたことはしていませんよ」
謙遜の態度を見せる敏太に、塩沢大臣はさっさと社交辞令を切り上げて本題に移る。
米内大臣や山本次官からの引き継ぎによって、敏太が直球の会話を好むことを知らされていたからだ。
「札田場さんはマル五計画については、これを覚えておられますか」
塩沢大臣の問いかけに、敏太は脳内メモリーを検索する。
マル五計画は戦前に計画された最後の軍備補充計画だ。
こちらもマル二計画やマル三計画、それにマル四計画と同様に資金提供を求められた。
そのマル五計画は戦艦が三隻に超甲巡と呼ばれる大型水上打撃艦が二隻、他に水雷戦隊嚮導型巡洋艦が五隻など、まさに鉄砲屋や水雷屋の夢が詰まったような計画だった。
もちろん、空母も三隻が同計画の中に盛り込まれていた。
しかし、それは大型装甲空母であり、完成するのはどれほど早くても昭和二〇年以降になることは間違いない。
マル五計画の内容のそのあまりのひどさに、敏太はそれら艦艇への資金援助を拒絶した。
思いがけない返答に、当時海軍大臣だった及川大将が顔面蒼白になったことを敏太は覚えている。
ただ、少しばかり及川大臣が不憫にも思えたので、その代わりとして教育機関や研究施設、それに造修施設や生産設備の拡充のための資金を提供してあげたことも記憶にある。
それと、マル五計画の三隻の装甲空母を、マル四計画で建造を開始した戦時急造型空母に変更するのであれば、これらについては建造費用を援助するとも告げている。
一方、艦艇建造のための資金獲得の手柄についてはほとんど手ぶら状態の及川大臣のほうは、タダであれば何でもいいとばかりにその話にとびついた。
そのことで、帝国海軍は装甲空母の計画を棚上げする代わりに「雲龍」型の四、五、六番艦の建造をスタートさせている。
「よく覚えていますよ。あまりにも衝撃的な内容だったもので」
嫌味成分一〇〇パーセントの敏太の返事に苦笑しつつ、塩沢大臣は話を続ける。
「マル五計画は大幅に計画が見直され、改マル五計画として新たにまとめられました。こちらを御覧ください」
そう言って、塩沢大臣は沢本次官に目配せをする。
その沢本次官が敏太に数枚のペーパーを差し出す。
軍機の印も生々しいそれ。
敏太はそこにある文字列と数字を素早く読み取り記憶する。
改マル五計画は、見るも無惨なマル五計画に比べればそれなりに納得がいくものだった。
戦艦や超甲巡といった大型水上打撃艦艇は建造がすべてキャンセルされている。
これはマレー沖海戦やマーシャル沖海戦で戦艦が航空機に抗しえなかった現実を見れば当然とも言える措置だろう。
大型水上打撃艦艇の姿が消えた一方で、海防艦のほうは四隻から三四隻に激増している。
これについては、あるいは海上交通線の保護が重要だという意識が組織内で芽生えてきているのかもしれない。
戦艦とは対照的に空母の増勢は著しい。
装甲空母が五隻も計上されているうえに、さらに戦時急造型空母に至っては一三隻もその建造が予定されている。
果たして、日本の工業力でこれが可能なのかどうかは、敏太の目から見てもいささかばかり疑問だ。
しかし、そこは突っ込まないでおく。
大艦巨砲から脱却し、航空主兵へと転換する姿勢を見せただけでも良しとすべきだろう。
そんな敏太の、そのわずかばりの表情の変化に手応えを感じたのか、塩沢大臣がここぞとばかりに切り出してきた。
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