第31話 大艦巨砲の終焉
六隻の米戦艦が断末魔の叫びをあげている頃には、軽快艦艇同士の戦いにも決着がついている。
迫りくる米駆逐艦を打ち据えようと、第七戦隊の「最上」型重巡の四〇門にも及ぶ二〇センチ砲が先手必勝とばかりにその口火を切る。
遠めの戦闘が不利であることを承知している米駆逐艦部隊は、相手の内懐に飛び込むべく最大速度で急迫する。
砲戦能力で圧倒的に劣る以上、駆逐艦の最大の武器である魚雷攻撃で活路を見出す以外に他に方法は無い。
だが、それは日本側が仕掛けた罠だった。
魚雷に活路を見出しているのはなにも米駆逐艦だけではないのだ。
「最上」型重巡が二〇センチ砲を吐き出しつつ、各艦ともに六本の魚雷を発射する。
軽巡「那珂」に率いられた水雷戦隊もそれに続く。
「那珂」は四本、一六隻の「陽炎」型駆逐艦は八本の酸素魚雷を惜しげもなく海面に次々に投じていく。
圧巻なのは第九戦隊の「北上」と「大井」だった。
四連装魚雷発射管を一〇基も装備する両艦は、それぞれ二〇本を撃ち出した。
合わせて一九六本にも及ぶ酸素魚雷は、米駆逐艦の予測針路上に死の罠を張り巡らせていく。
そのいずれもが一五〇〇〇メートル以上の距離を置いた雷撃。
当時の常識では、決して魚雷の届く距離ではない。
その思い込みゆえに、米駆逐艦は眼前の水上艦艇が装備する魚雷に対してはノーマークだった。
だからこそ、米駆逐艦はそれこそ面白いように自ら魚雷の包囲網に飛び込んでしまった。
日本の科学力では超距離魚雷などつくれようはずもないという油断、あるいは傲慢が招いた結果だった。
ほどなくして五隻の米駆逐艦の舷側に水柱が立ち上る。
被雷した米駆逐艦はそのいずれもが大破、機動力を完全に喪失してしまう。
一方、米駆逐艦をまんまと罠にはめた日本側も、しかしこの結果には決して満足していない。
命中率の低い遠距離雷撃だったとはいえ、それでも三パーセントに満たない命中率は期待外れもいいところだったからだ。
しかし、この局面において五隻の米駆逐艦を刈り取った意義は大きい。
酸素魚雷による遠距離攻撃を、しかし潜水艦かあるいは機雷によるものだと勘違いした米駆逐艦は一気にその隊列を乱す。
そこへ、四隻の重巡と三隻の軽巡、それに一六隻の駆逐艦が殴り込みをかける。
単純な数で二倍以上。
しかし、実際の戦力差はそれ以上に隔絶している。
そのうえ、米駆逐艦のほうは連携を絶たれてしまっているから、さらにその不利は決定的だ。
四隻の「最上」型重巡は米駆逐艦に対してタイマンを挑み、その二〇センチ砲を叩き込んでいく。
「那珂」ならびに「北上」と「大井」の三隻の軽巡、それに一六隻の「陽炎」型駆逐艦は二隻から四隻で一隻の米駆逐艦を挟み込むようにして討ち取っていく。
それこそ、虱潰しにされるようにして米駆逐艦は一隻また一隻とその数を減じていった。
米水上打撃部隊という邪魔者の、その最後の一隻を始末した時点で第一艦隊は米残存艦隊の追撃に移行した。
第一艦隊は一番脚が遅い「山城」や「扶桑」でも二七ノットを出せるから追いつくのは簡単だった。
その「山城」や「扶桑」をはじめとした戦艦乗り組みの将兵らは鬱憤とも焦燥ともつかない、何とも言えない感情を抱いていた。
第一艦隊の戦艦に乗り組む将兵たちは米戦艦との決戦を夢想し、厳しい訓練を重ねてきた。
そして、ここマーシャルにおいて、その一世一代の戦いの火蓋は切られた。
宿敵を相手に、これまで磨いた戦技を見せつけてやる。
将兵たちはみな、そう考えていた。
しかし、結果は思いもかけないものだった。
自分たちが命中弾を得るのにもたついている間に、空母艦上機隊があっさりと米戦艦を沈めてしまったのだ。
第一艦隊の戦艦の将兵からすれば、それこそトンビに油揚げをさらわれたような気分だった。
だが、それ以上に彼らの感情を揺さぶったのは、米戦艦が友軍艦上機を相手にロクに手も足も出せないまま次々に沈められていくという現実を目の当たりにしたことだった。
もちろん、航空機が洋上行動中の戦艦を沈めたという実績はあった。
しかも、それを成し遂げたのは他ならぬ自分たちだ。
開戦から二日目、サイゴンに展開していた基地航空隊の陸上攻撃機によって英国自慢の新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と、それに巡洋戦艦「レパルス」の二隻を雷爆撃によって一度に屠ったのだ。
だがしかし、それは寡兵の植民地警備艦隊を帝国海軍の正規部隊が数の暴力で袋叩きにしたようなものだった。
だがしかし、今回は違う。
数の上でも、質の上でも世界最強だったはずの太平洋艦隊の戦艦群を友軍機動部隊が鎧袖一触、あっさりと撃滅してしまったのだ。
「戦艦は飛行機には抗し得ない」
鉄砲屋の誰もがそのことを悟る。
このことで、帝国海軍は今後、その戦備を大きく修整することになるはずだった。
おそらく、帝国海軍ではマル四計画で建造される戦艦こそが最後のそれとなるだろう。
あるいは、工事の進捗次第では建造中止に追い込まれるかもしれない。
当然のことながら、人事にも大鉈が振るわれるはずだ。
間違いなく飛行機屋の人材が重用されることになる。
鉄砲屋が主流派として大きな顔をしていられた時代は本日、ここに終わりを告げたのだ。
そんな鉄砲屋の鬱屈した思いをまともに受け止めるはめになったのが太平洋艦隊の残存艦隊だった。
「長門」をはじめとした六隻の戦艦が、憂さ晴らしとばかりにその四一センチ砲弾を満身創痍の米巡洋艦や米駆逐艦に叩き込んでいく。
特に四一センチ砲に換装して米戦艦と互角以上に戦えると喜んでいた「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」の将兵らの落胆は大きく、そのことがかえって敵愾心を燃え上がらせる結果となっている。
一方、零式艦攻の爆撃によって機動力を大きく減殺している米巡洋艦や米駆逐艦は満足な回避機動をとることができない。
散布界に捉えられたが最後、後は一方的に打ち据えられるだけだ。
四一センチ砲弾はどこに命中しようが容易に装甲を貫き艦内部に甚大なダメージを与える。
六隻の戦艦の猛砲撃によって米巡洋艦や米駆逐艦は燃え上がり、その動きを止める。
そこに、介錯とばかりに一六隻の「陽炎」型駆逐艦が最後に残していた予備魚雷を次々に発射する。
遠距離雷撃となった先程の戦いとは違い、ある程度踏み込んでからの発射となったので、命中率は比べものにならないくらい高い。
ほどなく、洋上の松明と化した米巡洋艦や米駆逐艦の舷側に次々に水柱が立ち上っていった。
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