第30話 米戦艦全滅

 太平洋艦隊の空母は三隻しかない。

 それが分かった時点で、第一艦隊司令長官の高須中将は太平洋艦隊との距離を詰めるべく、最大戦速で東進を開始した。

 第二航空艦隊と第三航空艦隊には合わせて九隻もの空母があるから、負ける恐れは万に一つもない。

 一昼夜かけての進撃で、夜明け直後に太平洋艦隊の姿をすでにその視界に捉えていた。


 制空権を獲得したことで太平洋艦隊の状況はそれこそ手にとるように分かった。

 五隻の巡洋艦と一四隻の駆逐艦が這うような速度で逃走している。

 これらは、そのいずれもが二航艦かあるいは三航艦の零式艦攻によって深手を負わされた者たちだ。

 そして、六隻の戦艦とそれに一六隻の駆逐艦が殿の位置についている。

 これら二二隻が太平洋艦隊に残された最後の手札なのだろう。


 第一艦隊はそのまま追撃を続ける。

 その針路の先には傷ついた一九隻の艦艇。

 もし米戦艦が戦闘を避ければ、そのまま直進して損傷艦を平らげる。

 見え見えとも言える第一艦隊のやりように対し、米戦艦とそれに一六隻の駆逐艦はT字を描く。

 徹底抗戦の構えだ。


 「目標を指示する。『長門』敵戦艦一番艦、『陸奥』二番艦。

 『伊勢』三番艦、『日向』四番艦、『山城』五番艦、『扶桑』六番艦。

 第七戦隊ならびに第九戦隊と水雷戦隊は敵駆逐艦を撃滅せよ」


 高須長官の命令一下、四隻の「最上」型重巡、それに軽巡「那珂」と一六隻の「陽炎」型駆逐艦が加速を開始、第九戦隊の「北上」と「大井」の二隻の重雷装艦もそれに続く。

 「長門」をはじめとする六隻の戦艦も変針、米戦艦と同じ方向にその舳先を向け、同航戦に入る。


 砲撃は第一艦隊側のほうが早かった。

 観測機を使い放題の状況で、長距離射撃をやらない手はない。

 二五〇〇〇メートルで六隻の戦艦が砲撃を開始する。

 長距離射撃は昼間で、しかも気象条件が良くなければその実施は困難だ。

 しかし、今はその条件が揃っている。


 日本の戦艦は捜索レーダーとともに射撃照準レーダーも装備していた。

 射撃照準レーダーもまた捜索レーダーと同様に誘導兵器の開発中にその副産物として生み出された電測兵器だ。

 射撃照準レーダーは距離精度を出すことを苦手としている光学測距儀とは段違いの正確さを持つ。

 しかし、それでもなお二五〇〇〇メートルは遠い。

 観測機のサポートを受けていながら、直撃は当然のこととして夾叉を得るのにも苦労している。


 一方、戦艦部隊指揮官のパイ提督とそれに彼の幕僚たちは、この困難な状況にもかかわらず冷静さを保つことに成功していた。

 その理由は日本側の戦力構成にあった。

 六隻の戦艦のうち、前方の二隻は前後に背負い式の砲塔を配置している。

 この二隻はまごうことなき日本最強の戦艦、「長門」と「陸奥」だろう。

 後ろの四隻は艦首に背負式、さらに艦中央部と艦尾にそれぞれ一基の砲塔を

配したものだ。

 日本の戦艦でこのような砲塔配置を持つものは「金剛」型戦艦のみだ。

 その「金剛」型戦艦は南方資源地帯で暴れまわっていると聞かされている。

 しかし、それは誤情報だったのだろう。

 他者からの伝聞よりも、自身の目に映る現実を信用するのは一般人も軍人も変わらない。


 そして、自分たちはそれぞれ二隻の「コロラド」級戦艦と「テネシー」級戦艦、それに「ペンシルバニア」級戦艦を擁している。

 出撃時には「オクラホマ」級戦艦の「ネバダ」と「オクラホマ」があったが、しかしこれら二隻は昨日の空襲によって沈められてしまった。

 いずれにせよ、「金剛」型戦艦では「テネシー」級戦艦や「ペンシルバニア」級戦艦には逆立ちしても勝つことはできない。


 それでも、やはり撃たれっ放しというのは精神衛生の観点からもあまりよろしくない。

 だから、パイ提督は距離が遠すぎるのを承知で反撃の砲門を開くことを許可する。

 同時に日本艦隊に対して一気に肉薄するよう命令する。

 中近距離の殴り合いとなれば、防御力に勝るこちらに利が有るのは間違いのないところだ。

 観測機が使えない不利も相当程度補うことが出来る。


 しかし、パイ提督が命令を出すと同時に、最悪の情報が飛び込んでくる。

 レーダーが大編隊を探知したというのだ。

 聞かなくてもその正体は分かる。

 昨日、機動部隊を一撃で壊滅させ、そして二隻の戦艦を一瞬で屠った獰猛極まりない連中だ。






 (鉄砲屋の見せ場をかっさらうようで気が引けるが、これも戦争だ。悪く思わんでくれ)


 胸中で友軍戦艦部隊の将兵に詫びをいれつつ、第三次攻撃隊指揮官の楠美少佐は眼下で展開されている戦艦同士の戦いを確認する。

 互いに六隻が健在で彼我の距離も相当に離れている。

 火災による煙を吐き出している艦も無いから、まだ戦闘の序盤といったところなのだろう。

 あるいは互いが下手なのかとも思ったが、しかしそれは胸中に押し留めておくことにする。


 第三次攻撃隊は二航艦と三航艦の連合編成だった。

 このうち、対艦攻撃の主力を成す零式艦攻はこれまでの戦いで被弾損傷が相次ぎ、その稼働機は四割以下にまで落ち込んでいた。

 それでも、一三九機が使える状態にあり、そしてそれらのうちで一二八機が魚雷を装備して出撃していた。

 残る一一機はそのいずれもが「飛龍」か「蒼龍」の機体だった。

 これら二隻は他の七隻の空母に比べて魚雷の搭載本数が少ない。

 そこで魚雷にあぶれた機体については周辺警戒や接触維持、それに戦果確認といった任務に回すことにしていた。


 「目標を指示する。二航艦は敵戦艦一番艦と二番艦それに三番艦。三航艦は四番艦と五番艦それに六番艦だ。三航艦の攻撃手順については三航艦指揮官に一任する」


 少し間を置き、指示を続ける。


 「『飛龍』隊ならびに『蒼龍』隊一番艦、『白龍』隊ならびに『雲龍』第一、第二中隊二番艦、『赤龍』隊ならびに『雲龍』第三、第四中隊三番艦。

 『蒼龍』隊と『雲龍』隊は左舷から、他は右舷から敵戦艦を攻撃せよ」


 楠美少佐の命令一下、四一機の零式艦攻が敵戦艦列の右舷側に、残る二四機が左舷側へと回り込む。

 挟撃態勢が完了すると同時に六五機の零式艦攻が突撃を開始する。


 狙われた米戦艦も高角砲や機関砲、それに機銃で応戦するが、しかし投雷前に撃墜できた機体はほんのわずかでしかない。

 それぞれ一隻あたり二〇機前後の零式艦攻に、しかも挟撃を食らっては米戦艦に助かる術はない。

 必死の回避運動も虚しく、米戦艦の舷側に魚雷命中による水柱が次々と立ちのぼっていく。


 全体で一二〇本近い魚雷を放ったうちで、六隻の米戦艦に命中したのは三割以下の三五本でしかなかった。

 米戦艦は脚は遅いものの、しかし意外に回頭性能が良かったからだ。

 それでも効果は十分だった。

 いずれの艦も、最低でも五本以上の魚雷を突き込まれ、致命傷を避けることが出来た艦は一隻もなかったからだ。

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