第29話 猛襲 第三航空艦隊

 第二次攻撃隊指揮官兼「瑞鶴」艦攻隊長の嶋崎少佐は眼下の水上打撃部隊の構成を確認する。

 中央に八隻の戦艦と四隻の巡洋艦から成る単縦陣。

 その左右をそれぞれ八隻の駆逐艦が同じように単縦陣を形成している。

 巡洋艦はその長さが戦艦とほとんど変わらないから、重巡かあるいは「ブルックリン」級軽巡のいずれかだろう。

 第二次攻撃隊については、第二航空艦隊が最後の機動部隊を、嶋崎少佐が直率する第三航空艦隊は水上打撃部隊をその攻撃目標としている。


 「目標を指示する。爆撃隊は敵巡洋艦を攻撃せよ。『翔鶴』隊一番艦、『瑞鶴』隊二番艦、『神鶴』隊三番艦、『天鶴』隊は四番艦だ。

 雷撃隊は目標を戦艦とする。『翔鶴』『瑞鶴』七番艦、『神鶴』『天鶴』八番艦。『翔鶴』隊ならびに『神鶴』隊は左舷から、『瑞鶴』隊ならびに『天鶴』隊は右舷から攻撃せよ」


 嶋崎少佐は最初、爆撃隊には巡洋艦と駆逐艦のどちらをその攻撃目標にさせるのかで少し悩んだ。

 味方の損害を抑えるのであれば、駆逐艦を狙わせたほうがいい。

 搭載している対空火器の量が、巡洋艦と駆逐艦では雲泥の差があるからだ。

 しかし、自身が爆撃隊員であったとしたら絶対に巡洋艦のほうを狙いたいと思うだろう。

 そう考え、爆撃隊には巡洋艦の撃破をその任務に割り振ったのだ。


 攻撃の先陣を切ったのは爆撃隊でも雷撃隊でもなく、戦闘機隊だった。

 三六機の零戦がそれぞれ中隊に分かれ、半数はそのまま上空警戒を継続し、残る半数は左右に展開している米駆逐艦に銃撃を開始したのだ。

 おそらく、米機動部隊に向かった他の零戦隊と違い、自分たちは米戦闘機と相まみえる機会が無いと考えた。

 だから、せめてもの憂さ晴らしにと、彼らは米駆逐艦に攻撃を仕掛けたのだろう。


 だが、それはそれとして嶋崎少佐には成すべきことがある。

 直率する部下たちを敵七番艦の右舷に、そして必中射点にまで誘うことだ。


 目標とした米戦艦から噴き伸びる火弾や火箭は想像していた以上に激しい。

 高角砲弾が至近距離で炸裂し、その断片が機体にぶつかる嫌な音が連続する。

 機体が頑丈でそのうえ防弾装備が充実している零式艦攻は、かろうじてその打撃に耐えている。

 あるいは、これが九六艦攻や九七艦攻であれば、機体の限界を超えるダメージの蓄積で撃墜されていたかもしれない。


 (航続距離を妥協する代わりに、一方で防弾装備を充実させたのは正解だったな)


 どこの誰かは知らない。

 だが、海軍航空関係者であれば誰もが知っている。

 お金も出すが、一方でなにがしかの要求も出す御仁。

 二言目には搭乗員保護の重要性を口にする航空主兵主義者。

 ただ、本人はそのような意識は無いらしい。

 戦艦だろうが飛行機だろうが強い方が勝つと言っているそうだ。


 その御仁に胸中で感謝の言葉を捧げつつ、嶋崎少佐は敵七番艦に肉薄する。

 濃密な弾幕の中で、しかし被撃墜機が出ていないのは奇跡と言ってもいい。

 しかし、一方で被弾損傷機が続出していることは容易に想像がついた。


 「撃てっ!」


 必中射点に到達すると同時に嶋崎少佐は裂帛の気合を込めて魚雷を投下する。

 一トン近い重量物が消えたことで浮き上がろうとする機体に対し、操縦桿を押し込むことで超低空を維持する。

 少しでも高度を上げれば、それこそあっという間にハチの巣にされてしまう。


 敵七番艦の艦首をかわした直後、嶋崎少佐は後方で爆発があったことを知覚する。

 誰かは分からないが、おそらくは敵の対空砲火に絡め取られて撃墜されてしまったのだろう。

 部下の死を悼みつつ、しかし嶋崎少佐は必死の遁走を図る。

 右やあるいは左から執拗に火箭が追いかけてくるが、かろうじてその死の罠をくぐり抜ける。


 ようやくのことで敵対空砲火の射程圏を抜け出してほっと一息つく嶋崎少佐の耳に、後席の部下から歓喜交じりの報告が飛び込んでくる。


 「敵七番艦の右舷に水柱! さらに一本、二本。左舷にも水柱! さらに一本 二本!」


 どうやら、「瑞鶴」隊と「翔鶴」隊は目標とした敵七番艦に対して六本の魚雷を命中させたようだった。

 新型戦艦であれば微妙だが、しかし旧式戦艦であれば十分に致命傷だろう。


 そう考えている間に爆撃隊指揮官それに「神鶴」艦攻隊長から戦果報告が入ってくる。


 「爆撃隊攻撃すべて終了。四隻の重巡乃至『ブルックリン』級軽巡を全艦撃破。うち一隻は大炎上のうえ洋上停止」


 「敵八番艦に魚雷五本命中、撃沈確実」


 三航艦の第二次攻撃隊は二隻の戦艦を撃沈し、四隻の大型巡洋艦を撃破した。

 駆逐艦を銃撃した零戦については報告があがってきていないので戦果も損害も判然としないが、しかし二〇ミリ弾によって相応の手傷は与えたことだろう。


 そのようなことを思いつつ、嶋崎少佐はこれまでに二航艦と三航艦が挙げた戦果を吟味する。


 第一次攻撃隊は二航艦から零戦が四五機に零式艦攻が九〇機。

 三航艦から零戦が三六機に零式艦攻が七二機。

 第二次攻撃隊は二航艦から零戦が三〇機に零式艦攻が九〇機。

 三航艦から零戦が三六機に零式艦攻が七二機。


 戦果の方は第一次攻撃については二航艦が一隻の空母それに三隻の巡洋艦を撃沈し、六隻の駆逐艦を撃破した。

 三航艦のほうは一隻の空母と二隻の巡洋艦を撃沈し、さらに一隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦を撃破した。

 そして、自分たちは先程も確認した通り、二隻の戦艦を撃沈し四隻の巡洋艦を撃破している。

 二航艦の第二次攻撃隊のほうは分からないが、しかし手練れ揃いの彼らであれば間違いなく第一次攻撃隊と同等かあるいはそれ以上の戦果を挙げているはずだ。


 (米機動部隊は壊滅、米水上打撃部隊もその主戦力である戦艦のうちの二五パーセントを失った)


 このことで、米軍が企図したマーシャルの攻略、その目論見は完全に頓挫したとみてよかった。

 逆にこちらとしてはマーシャルを防衛するという最低限の作戦目標はこれを達成したと言っていい。


 (上層部はどう考えている。勝勢に乗じて戦果を拡大するのか、あるいは足元をすくわれることを警戒して深追いを避けるのか)


 嶋崎少佐はそこまで考えて、そしてその思索を強制終了させる。

 佐官が、それも一番下っ端の少佐が思い悩んでも詮無きことだと思ったからだ。

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