第28話 虐殺の迎撃戦闘
英軍ほどには洗練されていないものの、しかし昭和一六年一二月時点で帝国海軍は航空管制を実施していた。
きっかけとなったのは海軍技術研究所で開発を進めていた誘導兵器だった、
それらには電波や赤外線、それに熱や音など、様々な追尾方式が試されていた。
このうちで、とある担当者が開発していたのは爆弾自身が電波を発射してその反射波を検知し、そこに自らが向かっていく自律型の誘導噴進爆弾だった。
当時の技術水準では極めて困難なチャレンジだった。
完成の見込みすらもほとんど無かった。
それでも、経済的な支援者である札田場敏太は失望した様子もなく、従来に引き続き潤沢な研究費を提供していた。
そして、それは今も継続中だ。
そのような中、担当者はこれを探知兵器に転用することを思いつく。
反射波を表示できる装置を作れば、目標の方位と距離を知ることが出来る。
担当者は自身の考えを他の研究者に開陳、感想を集めて回る。
しかし、周囲の反応は芳しいものではなかった。
自らが電波を発信するなど、それこそ闇夜の提灯ではないかと口を揃えて言うのだ。
転機が訪れたのは、帝国海軍が大陸での戦いで手痛い敗北を喫したときだった。
昭和一四年一〇月、漢口飛行場は二度にわたってSB爆撃機による空襲を受けた。
この空襲によって数十機の飛行機が地上撃破され、少なくない将兵が戦死するかあるいは怪我を負った。
日本側に油断はあったが、しかしなにより大きな原因は敵を早期に発見できる探知兵器の欠如だった。
この事件を境に電波を使った探知兵器の研究が加速する。
さらに、この探知兵器と迎撃機を連動させた戦技もまたその俎上にのぼり、これが後に航空管制という形で実を結ぶことになった。
第二航空艦隊の「飛龍」と「蒼龍」それに三隻の「雲龍」型空母にはそれぞれ一個中隊。
第三航空艦隊の四隻の「翔鶴」型空母にはそれぞれ二個中隊の合わせて一三個中隊、一一七機の零戦が艦隊防空の任にあたっていた。
これら零戦うち、二航艦の全機とそれに三航艦の半数が上空にあり、残る半数は即応待機の状態だった。
三航艦の零戦が多いのは、同艦隊が二航艦の前衛に位置するのがその理由だった。
あるいは、真っ先に狙われる場所に比較的防御力が高い「翔鶴」型を配置したとも言える。
電探が米艦上機の編隊を捉えると同時、上空にあった零戦が管制官からの指示に従って東の空に向けて進撃を開始する。
さらにその後を追うようにして即応待機中だった零戦が飛行甲板を蹴って次々と大空へと舞い上がっていく。
米艦上機群に真っ先に接触したのは三航艦で上空警戒にあたっていた零戦隊だった。
それらはすべて低空から侵攻してくる雷撃機にその矛先を向ける。
狙われたのはTBDデバステーターだった。
そのTBDを守るべく、それぞれ九機のF4Fワイルドキャットからなる「エンタープライズ」戦闘機隊と「サラトガ」戦闘機隊、それに同じく九機のF2Aバファローを擁する「レキシントン」戦闘機隊が零戦の前に立ちはだかる。
これら三隻の護衛戦闘機隊は出撃前、ハルゼー提督から急降下爆撃機よりも雷撃機を優先して守るよう指示されていた。
新型で機動性がそれなりに高いSBDドーントレス急降下爆撃機と違い、旧式でそのうえ重量物の魚雷を抱えているTBDは鈍重そのものだからだ。
「翔鶴」戦闘機隊と「神鶴」戦闘機隊それに「天鶴」戦闘機隊がそれぞれ「エンタープライズ」戦闘機隊と「サラトガ」戦闘機隊、それに「レキシントン」戦闘機隊の阻止線に引っ掛かる。
護衛戦闘機隊の搭乗員らは単機航法に優れたベテランが配置されており、さすがの零戦隊も鎧袖一触というわけにはいかなかった。
唯一ありがたくない歓迎を受けずに済んだ「瑞鶴」戦闘機隊が「レキシントン」雷撃隊を食い散らかすべくTBDの後方やあるいは側方に遷移、二〇ミリ弾や七・七ミリ弾を撃ちかけていく。
一方のTBDは防御機銃を振り回しながら必死の逃走を図る。
しかし、その洗練された低翼単葉のスタイルとは裏腹に、TBDの最高速度は三三〇キロ程度でしかない。
襲撃者との速度差は二〇〇キロ以上もあったから、とても逃げ切れるものではなかった。
「レキシントン」雷撃隊が断末魔の叫びをあげる頃、その上空でも虐殺の宴が始まっていた。
二航艦が放った四五機の零戦がSBDに対して迎撃戦闘を開始したのだ。
「飛龍」戦闘機隊は「サラトガ」索敵爆撃隊、「蒼龍」戦闘機隊は「レキシントン」爆撃隊、「雲龍」戦闘機隊は「エンタープライズ」爆撃隊、「白龍」戦闘機隊は「サラトガ」爆撃隊、そして「赤龍」戦闘機隊は「レキシントン」索敵爆撃隊に猛襲をかける。
急降下爆撃隊の周辺には護衛のF4FやF2Aの姿は無かった。
それらはすべて、低空域で零戦との死闘の真っ最中だ。
一方、零戦のほうは鬼の居ぬ間の洗濯とばかりに、SBDにそれこそ好き勝手に銃弾を浴びせていく。
護衛戦闘機の援護を受けられない爆撃機は脆い。
最初は零戦に対して二倍の数的優勢を誇っていたはずのSBDも、短時間のうちにそれが一倍半になり、やがて同数となる。
こうなってしまえば、SBDの搭乗員は究極の選択を迫られる。
爆弾を捨てて身軽になって遁走するか、あるいは無謀を承知でそのまま命令通り進撃を続けるかのいずれかだ。
そして、多くの者は前者を選んだ。
生きて還れば再起を期すことができる。
それは合理的な判断ではあったが、しかし相手が悪かった。
爆弾を切り離せば準戦闘機としても運用できると考えられていたSBDは、だがしかし速度性能も旋回性能も零戦の足元にも及ばない。
一機、また一機と櫛の歯が欠けるようにしてSBDの数が減っていく。
一方、零戦から見逃される形になった「エンタープライズ」雷撃隊と「サラトガ」雷撃隊はそのまま進撃を続け、ようやくのことで眼下に日本の艦隊を発見する。
だが、同時に上空から振り下ろされてくる死神の鎌を目撃する。
米攻撃隊を探知した時点で四隻の「翔鶴」型空母の飛行甲板で待機していた三六機の零戦だった。
TBDが同じ数の零戦の迎撃をかいくぐることは不可能。
咄嗟にそう判断した「エンタープライズ」雷撃隊と「サラトガ」雷撃隊の搭乗員は魚雷を捨てて我先にと避退行動に移る。
だがしかし、零戦はそれを許さない。
哀れなTBDに追いすがり、それこそ演習のような気安さで二〇ミリ弾や七・七ミリ弾を撃ち込んでいく。
零戦の魔手から逃れることが出来たTBDは皆無だった。
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