第27話 猛攻 第二航空艦隊

 (少ないな・・・・・・)


 自分たちを迎撃してきた戦闘機。

 その機体形状から、おそらくはF4Fワイルドキャット。

 それが一〇機ほど、自分たちの前に立ちはだかってきた。

 それを「蒼龍」戦闘機隊と「雲龍」戦闘機隊それに「白龍」戦闘機隊がそれこそ数の暴力であっという間に殲滅してしまった。


 (あるいは、米軍は戦闘機を軽視しているのか)


 あまりにも迎撃機の数が少なすぎることに、攻撃隊指揮官兼「飛龍」艦攻隊長の楠美少佐は疑問を抱く。


 実のところ、米空母は戦闘機隊と爆撃隊、それに索敵爆撃隊と雷撃隊の四個飛行隊を基本とし、それぞれの定数は一八機となっていた。

 これに若干の予備機を加えることで、一隻あたりの搭載機数は八〇機を若干下回る程度となっている。

 そして、米空母部隊を指揮するハルゼー提督は、索敵に出した「エンタープライズ」索敵爆撃隊を除くすべての爆撃隊と索敵爆撃隊、それに雷撃隊を日本艦隊の攻撃に差し向けていた。

 そして、それらの護衛に戦闘機隊の半数をあてていたから、母艦の直掩にあたるのは各空母ともに一〇機程度の戦闘機しかなかった。

 迎撃戦闘機が少なかったのはそれが理由だった。

 逆に楠美少佐にとって迎撃戦闘機が少なかったことは、この上なくありがたかったことは言うまでもない。


 その楠美少佐の目に米艦隊の姿が映り込んでくる。

 きれいな円を描くそれは、対空戦闘に秀でた輪形陣だ。

 空母を中心に三隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦がその周囲を固めている。


 (たった一隻の空母に九隻もの護衛か。さすがは金満大国アメリカだな。こちらは五隻の空母に対して二隻の巡洋艦と八隻の駆逐艦しかないというのに)


 嫉妬と羨望がないまぜになった感情を覚えつつ、楠美少佐は彼我の戦力構成を比較衡量、決断を下す。


 「『雲龍』爆撃隊と『白龍』爆撃隊それに『赤龍』爆撃隊は巡洋艦を狙え。『飛龍』爆撃隊と『蒼龍』爆撃隊は小隊ごとに駆逐艦を叩け。

 雷撃隊は爆撃隊の攻撃後に突撃せよ。『蒼龍』雷撃隊は右舷から、『雲龍』雷撃隊は左舷から空母を攻撃せよ。『白龍』雷撃隊それに『赤龍』雷撃隊は巡洋艦を目標とする。『飛龍』雷撃隊は別命あるまで敵対空砲火の射程圏外で待機だ」


 楠美少佐の命令一下、一〇個中隊九〇機の零式艦攻がそれぞれの目標に向けて散開する。

 最初に攻撃を仕掛けたのは「雲龍」爆撃隊と「白龍」爆撃隊それに「赤龍」爆撃隊だった。

 それらは中隊ごとに三隻の米巡洋艦に向けて降下を開始する。

 眼下の米巡洋艦は大きい。

 重巡かあるいは「ブルックリン」級軽巡のいずれかだろう。


 狙われた側の米巡洋艦は対空火器を振りかざして反撃に努める。

 しかし、輪形陣の外郭に位置していることで他艦からの支援を受けにくい。

 いかに対空能力に優れた米巡洋艦といえども、単艦ではさすがに限界がある。

 投弾前に撃墜できた機体は多いもので二機、中には一機も墜とせなかった艦もあった。


 一方、生き残った零式艦攻はそのまま緩降下を継続しつつ、一機あたり四発の二五番を投下していく。

 その結果、三隻の米巡洋艦にはそれぞれ三〇発前後の二五番が降り注ぐことになった。

 そのうち命中したのはせいぜい一割から多くても二割程度でしかなかった。

 急降下爆撃に比べれば、あまりにもその命中率は低い。

 それでも、効果は甚大だった。

 重巡の主砲弾の二倍の重量を持つ二五番を弾き返せる水平装甲を持った条約型巡洋艦などこの世には存在しない。

 命中すれば確実に装甲を食い破り艦内部に侵入する。

 一発でも機関室に飛び込めばそれこそ機動力の大幅な低下は免れない。

 そして、全弾が枢要部を避けてくれるといった偶然は望むべくもないし、実際にそのような幸運に恵まれた艦は一隻も無かった。


 「飛龍」爆撃隊それに「蒼龍」爆撃隊に狙われた六隻の駆逐艦も状況は似たようなものだった。

 これらのうちで、当弾前の零式艦攻を撃墜できた艦は半数でしかなかった。

 それも、すべて一機だけだ。

 だから、米駆逐艦は少ないもので八発、多いものだと一二発の二五番を浴びることになった。

 このうちで直撃を避けることが出来たのはわずかに一隻だけでしかなかった。

 しかし、その一隻も至近弾による水中爆発の衝撃によって水線下に亀裂や破孔を穿たれ、少なくないダメージを被っている。


 輪形陣の崩壊を見てとった「蒼龍」雷撃隊と「雲龍」雷撃隊、それに「白龍」雷撃隊と「赤龍」雷撃隊がそれぞれの目標に向けて降下を開始する。


 護衛の艦艇をすべて撃破されたことで丸裸となった米空母だったが、災厄はそれだけにとどまらなかった。

 自身を守ってくれるはずだった護衛艦艇が、しかしその脚を奪われたことにより、逆に空母にとっては障害物と成り下がってしまったからだ。

 動きが衰えた巡洋艦や駆逐艦に前後左右を塞がれる形になってしまい、空母は十分な回避運動が出来ない。


 そして、相手の窮状を見逃すほど「蒼龍」雷撃隊も「雲龍」雷撃隊も甘くはない。

 一気に空母へと急迫したそれら一八機の零式艦攻は途中で二機を撃墜されたものの、残る一六機は完全な挟撃を成功させる。

 小さな艦橋とその後方にある巨大な煙突が特徴的な米空母の両舷に水柱が立ち上っていく。

 左舷に二本、右舷に四本。


 その頃には「白龍」雷撃隊それに「赤龍」雷撃隊の攻撃も終了している。

 二五番をしたたかに浴び、動きの衰えた米巡洋艦に対して「白龍」雷撃隊それに「赤龍」雷撃隊はともに三本の魚雷を突き込んでいた。


 (短時間に六本もの魚雷を食らえば、さすがに『レキシントン』級といえども撃沈は免れないだろう。『白龍』雷撃隊それに『赤龍』雷撃隊に狙われた巡洋艦も、多数の爆弾を食らったうえに三本も被雷してはまず助からない)


 そう判断した楠美少佐は直率する「飛龍」雷撃隊に命令を下す。


 「『飛龍』雷撃隊、目標後方の巡洋艦。全機続け!」


 最後に残った大物目掛け「飛龍」雷撃隊が突撃を開始する。

 目標とした米巡洋艦の動きは鈍い。

 爆撃隊が投下した二五番によって機関に甚大なダメージを被っているのだろう。


 (撃沈確実だな)


 数ある帝国海軍の空母の中でも屈指の技量を誇る「飛龍」隊がよもや仕損じることはあるまい。

 そう考える楠美少佐だったが、彼は完全に正しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る