第26話 零式艦攻
戦闘予想海域に到達すると同時に、第三航空艦隊司令長官の草鹿任一中将は「翔鶴」と「瑞鶴」それに「神鶴」と「天鶴」からそれぞれ六機、合わせて二四機の零式艦攻を二波に分けて索敵に出した。
この時点で連合艦隊は高須四郎中将率いる第一艦隊が前衛につき、その後方に三航艦、殿には小沢治三郎中将が指揮する第二航空艦隊が位置していた。
第一艦隊は「長門」、二航艦は「飛龍」、三航艦は「翔鶴」をそれぞれ旗艦としている。
全体指揮は高須長官、航空戦については小沢長官がこれを担う。
二航艦の小沢長官それに三航艦の草鹿長官は海兵の同期であり、また第一航空戦隊司令を務めた経験をともに有している。
「索敵に二四機ですか。ずいぶんと気前がいいものですな」
「蒼龍」それに「加賀」艦長を歴任した山田参謀長が苦笑交じりに正直な感想を吐露する。
「蒼龍」であれば、実に四割にものぼる数の機体を敵艦隊の捜索に投入したことになる。
「二航艦と三航艦を合わせると、常用機だけで六〇〇機以上あるからな。二四機といえども全体の四パーセントに満たない。それに、今回は太平洋艦隊がいることがはっきりしている。そして、その彼らが存在するおおよその方位も分かっている。だからこの程度で済んだ。逆に、いるかいないか分からない相手であれば、さらに多くの索敵機が必要となったことだろう」
草鹿長官の言葉に、山田参謀長は改めて太平洋の広さを実感する。
確かにこの広大な海で、しかも存在するのかしないのか分からないような相手であれば、それこそ今回の二倍の索敵機を出したとしても心もとないだろう。
そのようなことを思いつつ、山田参謀長は索敵に出動した機体に思いを巡らせる。
それらは零式艦攻と呼ばれる機体で、「翔鶴」型空母にはそれぞれ四二機が搭載されている。
零式艦攻は九七艦攻をベースにしており、発動機は栄から火星へと変更された。
火星は栄に比べて排気量が五割以上も大きく、四二リットルのエンジンは太いトルクの恩恵もあって一七〇〇馬力を叩き出す。
この時代において、リッターあたり四〇馬力を超える出力を発揮できるのは、火星が一〇〇オクタンガソリンを使用する前提で設計されていることが第一の理由だ。
あるいは、従来の九二オクタン仕様で設計していたとすれば、おそらくは一五〇〇馬力がせいぜいであり、どんなに頑張っても一六〇〇馬力には届かなかったことだろう。
その零式艦攻は九七艦攻で貧弱と指摘されていた防弾装備や武装を充実させ、さらに機体各部を強化したことによって機体重量は大幅に増加した。
しかし、一七〇〇馬力に達する高出力はそれを補って余りあり、最高速度は七〇キロ以上速く、爆弾搭載量も一〇〇〇キロ程度であれば十分に運用が可能だった。
さらに、投下装置も無線誘導噴進爆弾の完成を見据えたものとなっており、従来の爆弾も二五番なら四発、六番であれば翼下のハードポイントを含めて一五発を搭載することができた。
一方で、防弾装備の充実、つまりは搭乗員の生存性を優先させたことで開発時に要求されていた長大な航続性能は大幅に緩和された。
その零式艦攻が索敵に出てから二時間近くが経った時点で、米空母から飛び立ったと思しき艦上機が第一艦隊上空に現れる。
敵に先制発見を許したことで、誰もが焦慮の思いを抱く。
しかし、その時間は短かった。
索敵に出た零式艦攻から敵情に関する報告が次々に飛び込んできたのだ。
「戦艦八隻、さらに四隻の巡洋艦ならびに十数隻の駆逐艦からなる水上打撃部隊発見」
「空母一、護衛艦多数からなる機動部隊見ユ」
「空母一隻、それに一〇隻近い護衛を伴う機動部隊発見」
「空母一、大巡三、駆逐艦六からなる艦隊発見」
叩くべき敵を発見したという安堵と、そしてこれから敵機動部隊との死闘に臨むのだという緊張感。
それらがないまぜになった空気が「翔鶴」艦橋に流れる。
草鹿長官は命令を出さない。
航空戦の指揮は二航艦司令長官の小沢長官にその全権が委ねられている。
待つことしばし。
正式命令が小沢長官よりもたらされる。
「第一次攻撃隊の目標、二航艦それに三航艦ともに敵機動部隊。第二次攻撃隊の目標、二航艦敵機動部隊、三航艦敵水上打撃部隊。なお、第四の機動部隊が発見された場合は三航艦の第二次攻撃隊はその目標を機動部隊に変更するものとする」
草鹿長官が山田参謀長を見やる。
言葉には出していないが、しかしその目は小沢長官に対して具申はあるかと問うている。
「小沢長官のお考えに異存はありません。すぐに攻撃隊を発進させましょう」
意気込むような山田参謀長に、草鹿長官も小さくうなずく。
そして、命令する。
「ただちに第一次攻撃隊を発進させろ。目標は敵機動部隊だ。第一次攻撃隊が発進した後は、すぐに第二次攻撃隊も出す。こちらは水上打撃部隊が目標だ。攻撃目標、それに攻撃法は飛行隊指揮官にこれを一任する」
草鹿長官の命令一下、四隻の「翔鶴」型空母が加速を開始、その舳先を風上へと向ける。
第一次攻撃隊は四隻の「翔鶴」型空母からそれぞれ九機の零戦とそれに一八機の零式艦攻の合わせて一〇八機からなる。
零式艦攻のうち半数は四発の二五番を搭載し、残る半数は魚雷をその腹に抱いている。
第二次攻撃隊の編制もまた第一次攻撃隊と同じで、三六機の零戦と七二機の零式艦攻から成る。
同じ頃、二航艦もまた攻撃隊を出撃させている。
「飛龍」と「蒼龍」それに三隻の「雲龍」型空母からそれぞれ九機の零戦とそれに一八機の零式艦攻の合わせて一三五機が第一次攻撃隊として出撃。
第二次攻撃隊のほうは五隻の空母からそれぞれ零戦六機に零式艦攻一八機の合わせて一二〇機で、第一次攻撃隊それに第二次攻撃隊ともに敵機動部隊の撃滅をその目標としている。
「始まるな」
草鹿長官が小さくつぶやく。
日米の機動部隊は双方ともに殴り合うべき相手を見つけ、そしてその拳とも言うべき攻撃隊を発進させた。
今後の展開は草鹿長官にも分からない。
人類はいまだかつて、機動部隊同士の戦いを経験したことが無いのだから。
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