第25話 ハルゼー提督

 「敵戦闘機の迎撃無し。飛行場に航空機の姿見当たらず、対空砲火も皆無。爆撃終了、滑走路ならびに関連施設に相当な損害を与えたものと認ム。当隊の損害無し。これより帰投ス」


 三隻の空母から、それこそ満を持して繰り出した一〇〇機を超える攻撃隊。

 その攻撃隊指揮官からの一報に、空母部隊指揮官のハルゼー提督はその表情に困惑の色を浮かべる。


 「マーシャルの日本軍は太平洋艦隊の来襲にびびって逃げ出しやがったのか? フィリピンからの報告によれば、ジャップは獰猛で戦意旺盛な連中だということだったが」


 拍子抜けしたといった態度を隠そうともしないハルゼー提督に、職務に忠実な情報参謀が注意喚起する。


 「理由は二つ考えられます。日本軍が南方資源地帯攻略に戦力を傾注し過ぎたことでマーシャルに十分な兵力を配備できなかった。つまりは単純な兵力不足によってマーシャルでの戦いを放棄した。

 もう一つは罠の可能性です。マーシャルをもぬけの殻とすることで我が方の上陸作戦を促す。ひとたび陸兵が上陸すれば、太平洋艦隊は逃げるわけにはいきません。そのことで、否応なく連合艦隊の挑戦を受けざるを得なくなる。そして、今回は後者の可能性が高いものと思われます」


 情報参謀の言う通り、連合艦隊は太平洋艦隊の出撃に呼応して日本本土を進発したことが分かっている。

 しかも、かなりの進撃速度を保ってこちらに向かっている。

 そのことからも、彼らはやる気満々だと考えるのが自然だった。


 「まあ、ジャップの連中にやる気があるのかどうかはともかく、しかし機を逸したことは間違いない。現状は我々に利がある」


 ハルゼー提督にとって一番嫌だったのは日本の機動部隊に待ち伏せされることだった。

 もし、マーシャルの陸上機とそれに機動部隊の艦上機の挟撃を受ければ、さすがにこちらの苦戦は免れない。

 しかし、マーシャルに有力な航空戦力は無く、そのことで最大の懸念は払しょくされた。


 「連合艦隊について、追加の情報はあるか」


 思考を切り替えたハルゼー提督は敵の戦力構成の変化についての有無を尋ねる。


 「出撃時に受けた連合艦隊の戦力に関しては、その後特に変わったというような報告は受けておりません」


 日本海軍は南方資源地帯攻略に六隻の空母と四隻の戦艦を投入したことが分かっている。

 特筆すべきは、その六隻の空母の中に「赤城」と「加賀」が含まれていることだ。

 「レキシントン」級に比肩される日本海軍最有力の空母がマーシャル近傍海域に存在しないことは、太平洋艦隊にとっては大きな朗報、アドバンテージだ。


 「そうなってくると連合艦隊の空母は二隻、それに戦艦は六隻といったところだな」


 日本海軍には大型の「赤城」「加賀」、中型の「蒼龍」「飛龍」それに小型の「龍驤」「鳳翔」の他に三隻の特務艦改造空母がある。

 このうち、「鳳翔」はその艦型が小さいのとそれに脚が遅すぎて、とても機動部隊同士の戦いには使えないことがその後の調べで分かっている。


 「『蒼龍』と『飛龍』の性能について分かっていることはあるか」


 日本海軍で「赤城」と「加賀」に次ぐ戦力を持つのが「蒼龍」と「飛龍」だ。

 もし、太平洋艦隊との決戦を望むのであれば、わずかに二隻しかない空母が小型空母や改造空母であるはずがない。


 「『蒼龍』と『飛龍』はともにマル二計画で予算成立した艦で、両艦ともに四〇〇〇万円をわずかに超える程度です。当時の物価を考えれば、これら二隻はそれほど大きな艦型を持ちえません。おそらく正規空母と小型空母のちょうど中間くらいといった大きさでしょう」


 情報参謀の「蒼龍」と「飛龍」に対する見立てはハルゼー提督のそれと大きく変わらない。

 心配なのは、その二隻の空母がすべて戦闘機で固めていた場合だ。

 艦艇への攻撃をあきらめ、その目的を制空権奪取の一本に絞る。

 そうなった場合、こちらの母艦航空隊も相応の損害を被ることを覚悟しなければならない。

 ただ、その可能性は小さいとハルゼー提督はみている。

 日本側が水上打撃艦艇で優勢を確保していれば話は別だが、しかし今はそのような状況ではない。


 「楽勝だな」


 胸中でつぶやいたつもりが、実際には声に出ていたようだ。

 それを聞きとがめた情報参謀が再度ハルゼー提督に注意を促す。


 「空母それに戦艦については不確定要素があります。それぞれ二隻の空母と戦艦の存在です」


 ハルゼー提督も日本がマル三計画でそれぞれ二隻の戦艦それに空母を建造していることは承知している。

 だが、その建造状況や戦力についてはよく分かっていない。

 だから、率直に情報参謀に尋ねる。


 「マル三計画に基づいて建造が進められているそれぞれ二隻の戦艦と空母ですが、このうち戦艦のほうは九八〇〇万円、空母については八一〇〇万円となっています。戦艦との比較から、空母のほうは大型とみて間違いありません。『赤城』や『加賀』と同等か、あるいはそれ以上の戦力を持ち合わせていることは確実と思われます」


 情報参謀の見解に、しかしハルゼー提督が疑問を呈する。


 「造修能力の低い日本がそのような大型空母を、しかもこの時期に戦力化することが可能だと思うか」


 空母は完成させるだけでは戦力とはなり得ない。

 相応の慣熟訓練が必要だ。


 「これについては正直言って分かりません。ただ、存在するものと考えておいたほうが無難です」


 ハルゼー提督も情報参謀の意見には一理あると納得する。

 敵を過大評価していた場合と過小評価していた場合、大やけどをするのは後者のほうだ。


 「情報参謀の意見を容れよう。敵の空母は四隻、そのうちの二隻は新型だ。戦艦のほうは考えても仕方が無い。こちらはパイ提督がうまく捌いてくれることを期待しよう」


 そう言ってハルゼー提督は今度は航空参謀に向き直り、第二次攻撃隊の出撃準備をさせるよう指示する。


 「すでに、午前の攻撃で飛行場は破壊しましたが」


 疑問の表情を向けてくる航空参謀にハルゼー提督は小さく笑みを向ける。


 「この際だ、全員に出撃の機会を与える。敵の反撃が無かろうがそれでも実戦には違いない。本日をもって艦上機のクルーは全員実戦童貞を卒業してもらう」

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