第16話 金と護衛艦艇

 山本次官と敏太が空母の運用やあるいは特務艦を空母に改造するといった話をしている横で、一方の米内大臣は別のことを考えていた。

 敏太が提唱した機動部隊とそれに伴う人事のことだ。


 仮に、敏太が言うように八隻の空母で二個機動部隊を新編すればどうなるか。

 まず、それを指揮するトップとそれをサポートする幕僚が必要となってくる。

 機動部隊は二個航空戦隊とそれに空母を護衛する艦艇によって編成されるから、これはもう立派な艦隊だ。

 そして、艦隊の指揮は司令長官として中将がこれを執ることになる。

 さらに幕僚の筆頭である参謀長も、これくらいの規模の艦隊であれば少将がその任につくはずだ。

 それと、護衛部隊も一個駆逐隊程度では済まないだろうから、こちらもまたその指揮は司令官である少将が担うことになる。

 つまり、二個機動部隊を新編するのであれば、航空戦隊司令官を除いたとしても六人の将官を必要とするわけだ。


 (平時における将官ポストの獲得あるいは拡大は戦時における戦果に等しい。そして、それが六人ともなれば大戦果だ)


 帝国海軍士官の多くは立身出世を望む。

 だが、その思いとは裏腹に、ポストそのものは限られている。

 将官であればなおのことだ。

 海軍人事の最高責任者である米内大臣もそのことについては常に頭を悩ませている。

 場合によっては士官らのモチベーションにもかかわってくるからだ。


 しかし、二個機動部隊が新たに誕生すれば、悩みもずいぶんと軽くなる。

 これによって二人の少将を中将に、そして四人の大佐を少将に引き上げることが出来るのだ。

 そして、その抜けた穴を埋めるために二人の大佐を少将に、さらに四人の中佐を大佐にすることが出来る。

 そして、それはどんどん下につながっていくから、それだけでも数十人が出世の恩恵に浴することになる。

 また、二個機動部隊にはそれぞれ司令部が必要だから、中堅士官の多くが熱望する参謀職のポストもまた同様にその門を広げることがかなう。


 (中佐や少佐といった中堅士官の不足は著しいが、それでもこの程度であればなんとかなるだろう)


 そう考えつつ、米内大臣は機動部隊の空母を守る護衛艦艇に思いをはせる。

 空母だけで機動部隊を編制するわけにはいかない。

 それらを守るべき水上艦艇が必要だ。


 空母の護衛として真っ先に浮かぶのはやはり駆逐艦だ。

 軽便で使い勝手の良い艦隊のワークホース。

 その中でも高性能の新鋭艦は連合艦隊の中でも引く手数多だ。

 砲戦部隊の第一艦隊も夜戦部隊の第二艦隊も、決してこれらを手放そうとはしないはずだ。

 そうなってくると、まとまった数を確保できるのは「峯風」型か「神風」型といった旧式艦だけだろう。

 あるいは、「睦月」型であれば御の字といったところかもしれない。

 いずれにせよ、なかなかに難しい問題だ。


 山本次官と敏太の会話が一区切りついたタイミングで、米内大臣は機動部隊の新編を提案した張本人に護衛艦艇について尋ねてみる。


 「直衛艦とも言うべき艦を新たに造りましょう。ざっくり言えば、魚雷発射管を全廃し、主砲を平射砲から高角砲へと換装した駆逐艦といったところです。これらで敵潜水艦や敵機から空母を守ります」


 米内大臣それに山本次官ともに敏太の言う直衛艦をイメージするのは簡単だった。

 だが、それでも疑問はわいてくる。


 「小型艦で空母を守るというのは分かるが、しかし魚雷発射管の全廃は極端ではないか。敵の水上艦との不意遭遇戦だって考えられる。少なくとも一基は自衛用として装備しておいたほうがいいと思うのだが」


 懸念を示す山本次官に敏太もそれはそうかと思い直す。


 「じゃあ、発射管は一基だけ装備することとします。ただし、予備魚雷は搭載しません。敵機の爆撃や機銃掃射にさらされるのが分かっている以上、誘爆すれば命取りとなる魚雷は可能な限り減らしておきたいですから」


 条件付きながらあっさりと了承した敏太に、さらに山本次官は質問を重ねる。


 「札田場さんは直衛艦について、高角砲を搭載した駆逐艦のようなものだとおっしゃったが、どの程度の大きさそれに性能をイメージされているのか」


 「大きさとしては『吹雪』型駆逐艦ですかね。同艦は艦の中心線上にそれぞれ三基の主砲塔とそれに魚雷発射管を装備していますが、直衛艦では四基の主砲塔と一基の魚雷発射管がこれに置き換わります。

 ただ、空母の護衛が任務である以上は航続性能も重視したいので、あるいは『吹雪』型よりも一回り大きな艦型になるかもしれませんね。

 それと、速度に関しては肉薄雷撃をするわけでもないので三〇ノットあれば十分でしょう。そうであれば、最近の力量の大きな缶であれば二基で済むはずです。主機もそれに合わせて製造が容易なように三万から三万五〇〇〇馬力程度のものを新規開発すればいい。いずれにせよ、エンジンの製造こそが我が国における造艦のネックとなっている以上、あまり高出力のものを欲張るべきではありません」


 ボイラーそれにタービンの製造能力の低さは日本の泣き所だ。

 帝国海軍には個艦優秀を声高に叫ぶ人間が多いと聞くが、しかしそれは生産性や修理メンテナンスが眼中に無いアホな連中のたわごとだと敏太は考えている。


 「それから、高角砲とそれに魚雷以外の武装ですが、機関砲や機銃については各国から取り寄せて比較検討すべきだと思います。米国や英国それにドイツといった兵器大国だけでなく、スイスやスウェーデンといった中堅国でも良いものが開発されているそうですから。

 あとは潜水艦対策ですね。高性能の聴音機それにソナーは絶必です。飛行機を満載しているときに魚雷で沈められてしまってはそれこそ目も当てられません。

 いずれにせよ、今から仕様や設計を煮詰めて建造を開始したとしても、マル三計画の空母が完成するまでにはそれなりの数が揃えられるはずです」


 長広舌にのどが渇いたのか、敏太がお茶で口を湿らしさらに続ける。


 「直衛艦以外にも対潜哨戒や搭乗員救助のための水上機を搭載した、対空性能に優れた防空巡洋艦が欲しいですね。こちらもまた三〇ノットあれば十分です。各機動部隊にはそれぞれ四個直衛隊の合わせて一六隻の直衛艦とそれに二隻の防空巡洋艦を配備するのが理想ですが、さすがにこれだと他の艦艇の建造計画に支障が出てしまう。なので、当面はその半分程度で妥協といったところでしょうか。いずれにせよ、そのための資金はこちらで用意させていただきますよ」

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