第15話 金と機動部隊

 「それでは、追加で五〇〇〇万円お出ししましょう。これだけあれば、単発の艦上機なら最低でも三〇〇機程度は余裕で購入できるでしょう」


 山本次官からのリクエストにあっさりと応じるとともに、敏太は気なっていることを尋ねる。


 「軍機であれば無理に答えていただかなくて結構なのですが、帝国海軍は空母をどのように使おうとしているのですか」


 敏太の問いかけに山本次官が米内大臣にその視線を向ける。

 話していいかどうかの確認だろう。

 山本次官の意図を忖度した米内大臣が小さくうなずく。


 「『赤城』と『加賀』は決戦砲戦部隊である第一艦隊に、マル二計画で建造が進められている二隻については夜戦部隊である第二艦隊への配備が予定されています。また、マル三計画で建造される空母についてもおそらくは同様の措置がとられると思います」


 山本次官の説明を聞いた敏太は考える。

 どうやら、帝国海軍の正規空母は、戦艦や重巡の下働きといった扱いのようだ。

 期待されているのは防空や索敵、あるいは同艦種である敵空母の撃破くらいのものか。

 いずれにせよ、帝国海軍上層部の意識としては、空母は戦艦や重巡を引き立てるための脇役といったところなのだろう。


 だが、小型空母ならばともかく、正規空母はその存在自体が主役でなければならないと敏太は考えている。

 今だって、戦艦と一対一で戦えば勝つのは間違いなく正規空母の側だ。

 だから、自身の考えを開陳する。


 「空母を主力とした艦隊を新たに新編しませんか。『赤城』と『加賀』、それにマル二計画の二隻の合わせて四隻で一隊、さらにマル三計画の四隻でもう一隊が編成可能です。

 これらに駆逐艦の護衛をつけて航空機を主戦力とする機動部隊を編組するのです。空母の能力を十全に生かすのであれば、砲戦部隊や夜戦部隊から切り離すべきです。戦艦や重巡のお守りなど、それこそ空母の無駄遣いもいいところです」


 敏太が提唱しているのは複数の空母を基幹とする航空打撃部隊を編制、それを帝国海軍の主戦力に据えようというものだ。

 そして、それは山本次官がかねてから描いてきた、空母艦上機による太平洋艦隊撃滅の構想とほぼ合致する。

 それが出来ないでいるのは、金とそれに派閥力学だ。


 「私もそれは良い考えだと思います。ただ、鉄砲屋それに水雷屋は自分たちの管理下から空母を手放すことには難色を示すでしょうな」


 飛行機屋の権勢は、鉄砲屋や水雷屋には及ばない。

 それを暗にほのめかしつつ、山本次官は愚痴るように言葉を吐く。

 鉄砲屋それに水雷屋から見ても空母は便利な艦種なのだろう。

 手放したくないその気持ちは敏太にも理解できる。

 しかし、正規空母をそのようなことで飼い殺しにしておくことは、なによりの無駄、損失だ。


 「第一艦隊それに第二艦隊にはそれぞれ『鳳翔』と『龍驤』をあてがえばいいじゃないですか。少なくとも艦隊防空や対潜哨戒程度でしたらこれら二隻でも十分に務まるでしょう」


 「数の問題です。第一艦隊も第二艦隊も昼間のうちは最低でも一個中隊の戦闘機を常時直掩に上げておきたいと考えています。三交代でこれにあたるとしても二七機の戦闘機が必要です。さらに哨戒や観測任務にこちらは最低でも一二機以上は欲している。単艦でこれに応えられるのは正規空母のみであり、逆に小型空母であればそれぞれの艦隊に最低でも二隻が必要です」


 帝国海軍上層部はそれなりに航空機を脅威だと認識しているからこそ、第一艦隊と第二艦隊に戦闘機の傘が必要だと考えているのだろう。

 そのことについては、敏太も是認せざるを得ない。


 「そうであれば、機動部隊については一個艦隊あたりの空母を四隻から三隻に減らすしかありませんね」


 しょうがないとばかりに声のトーンを落とす敏太だが、しかし山本次官がその彼に耳寄りな情報をもたらす。


 「これは軍機なので他言無用に願いたいのですが、実は潜水母艦の『大鯨』それにマル二計画で建造中の二隻の給油艦は戦時には短期間で空母に改造出来るような構造になっています」


 山本次官の言葉を受けて、敏太はマル二計画の条約制限外艦艇のことを思い起こす。

 同計画では三隻の水上機母艦の他に一隻の工作艦、それに二隻の給油艦があった。

 山本次官が言うのはその二隻の給油艦のことだろう。


 「仮にその三隻を空母に改造して、そしてそれらを第一艦隊と第二艦隊に献上する。そうすれば、すべての正規空母が鉄砲屋それに水雷屋のくびきから逃れることが理屈の上では可能となりますが、その認識で構いませんか」


 小型空母とはいえ、それが二隻であれば五〇機から六〇機は運用できる。

 そうであれば、特に問題は無いはずだ。


 「まず大丈夫です。鉄砲屋にせよ水雷屋にせよ、正規空母惜しさに従来の主張を覆すような真似はさすがにやらないでしょうから」


 帝国海軍軍人もそこまで落ちぶれてはいませんと山本次官は言いたいのだろうが、しかしそれについては敏太は懐疑的だ。

 だが、それは話の本筋では無いので口にはしない。

 それよりも、さらに優先すべきことがある。


 「では、『大鯨』それに二隻の給油艦の空母改造に関しては、私の方でその費用の全額を負担させていただきます。こちらもまた『赤城』や『加賀』のときと同様に金に糸目はつけません。上部構造物それにエンジンも最高のものをおごってください」


 一万トンそこそこの中型艦とはいえ、それでも空母への改造となると結構な額がかかる。

 しかもそれが三隻だから、総額で数千万円規模に膨れ上がるはずだ。


 「本当によろしいのですか」


 額が額だけに、さすがの山本次官も遠慮気味だ。

 その山本次官に敏太が悪い笑みを向ける。


 「構いません。飛行機が戦艦より強いことが証明されたら、その時点でこれら三隻は第一艦隊や第二艦隊からむしり取って機動部隊に加えればいいだけの話です。もし、そのような状況になっていれば鉄砲屋も水雷屋もノーとは言えませんよ」

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