第9話 新兵器も金次第

 「人材に関連してですが、海軍技術研究所で誘導兵器の研究開発をしてもらえませんか。必要となる資金のほうはこちらで用意しますので」


 誘導兵器という耳慣れない言葉に、安保大臣はそれがどういったものなのかを敏太に尋ねる。


 「熱や音、あるいは赤外線や電波を利用して標的を追尾する爆弾や魚雷です。これまでの自由落下に頼る爆弾やあるいは真っすぐにしか走らない魚雷と違って自らが目標に向かっていきますから、命中率は格段に上がります」


 そう言って、敏太は事前に用意していたノートを安保大臣に差し出す。

 そこには簡単な説明文とともに飛行機から撃ち出された翼の付いた爆弾が戦艦を撃沈したり、あるいは戦艦から撃ち上げられた飛翔体が敵機を撃ち墜としたりするイラストが添えられていた。


 「これは、要するに目標を識別できる目や耳をもった爆弾あるいは砲弾といったものですね。理屈は理解できますが、しかし将来はともかく現代の科学技術ではなかなかにハードルが高そうですな」


 そう話しながらノートをめくる安保大臣だが、しかしとあるページでその手が止まる。

 そこには飛行機から投下した爆弾を遠隔無線操縦によって相手にぶつけるというものが記されていた。

 無線操縦そのものは、軍事の世界においてはありふれた技術と言っていい。

 すでに十数年前に英陸軍が航空機の無線操縦飛行を成功させているし、その数年後には米海軍が同じく無線操縦装置を備えた標的艦を完成させ運用している。

 ただ、敏太の場合は飛行機や艦船のそれではなく、爆弾そのものを操縦して直接相手にぶつけようとするところが大きく違う。


 「爆弾を投下するだけの水平爆撃とは違い、こちらのほうは人間が激突の最後の瞬間まで無線で操作するわけですから命中率は格段に向上しますな。ただし、信頼性が高くてコンパクトな送受信機が必要となってくる」


 たとえ枯れた技術であったとしても、それを信頼性を損なわずに小型軽量化することは難しい。

 欧米に比べて科学力に劣る日本であればなおのことだ。

 安保大臣もそのあたりのことは十分に理解している。


 「大臣のおっしゃる通りです。それでも、現時点ではこの誘導爆弾が一番実現性が高いことは間違いありません。ただ、これだと爆弾を投下した機体は着弾まで目標艦の上空にとどまっている必要があります。相手が一隻乃至二隻であればともかく、大艦隊の上でこれをやれば、それこそ高角砲弾の槍衾によって撃墜されてしまいかねない。本命となるのはこれに推進力を持たせた誘導噴進爆弾です」


 そう言いつつ、敏太が次頁に目を通すよう促す。

 言われるまま、安保大臣は頁をめくる。

 そこには飛行機から発射される翼を持った細長い爆弾の説明がイラストとともにあしらわれていた。


 「ロケット推進で飛ぶ有翼爆弾を、こちらもまた無線操縦によって相手にぶつけるのですか。この場合だと送受信機に加えてロケットエンジンの問題も解決しないといけませんな。それにどうしても重くなるから、小型軽量化のハードルも相応に上がってしまう」


 着眼点は素晴らしい。

 しかし、今すぐの具現化は難しい。

 安保大臣の態度はそういったものだが、しかしそれは敏太の想定の範囲内だ。


 「大陸でドンパチやってる陸軍はともかく、海軍は特に戦時ではないのですから、何も一年や二年そこらで完成させなければならないというものではありません。誘導兵器はどれもこれも長いスパンで考えるべきテーマです。

 それと、開発にかかる経費はこちらでいくらでも用意できますが、しかし問題は人材です。守秘義務を厳守でき、さらに熱意と使命感を持って粘り強く困難なチャレンジを続けてくれる、そういった有能で信頼がおける人材がいるかどうか」


 懸念を示す敏太に、安保大臣は考える。

 日本の研究現場の実態は、やる気はあるがしかし先立つものが無いというのがその大半だろう。

 実際、日本の科学技術発展の大きな壁になっているのが研究開発費の不足だ。

 もちろん、研究者の層の薄さも実際問題としては有るが、しかしその気になって探せばいくらでも優秀な人材は見つけることができる。

 そして、研究にかかる予算が青天井であれば、それこそ多くの者が名乗りをあげるだろう。


 「人材については海軍にお任せください。産官学の連携は海軍省、つまりは海軍大臣の私の職掌です。優秀な人材の選定については海軍技術研究所の担当者と相談のうえでこれを進めることにしましょう」


 最大の問題と考えていた研究者集めが、しかし意外にうまくいきそうなことに安堵を覚えた敏太は話題を旋回させる。


 「帝国海軍は他の列強と同様に、急降下爆撃の研究を進めていることと思います。しかし、これは先ほどお話しした動力を持たない無線誘導爆弾と同じで、敵艦上空に遷移する必要がありますから、艦艇の対空砲火をまともに浴びることになる。つまり、この急降下爆撃というものは高い命中率と引き換えに差し違えるような戦術と言ってもいい。

 しかし、これでは搭乗員の命がいくつあっても足りません。敵が持つ対空能力次第では、それこそあっという間に搭乗員を摺り潰してしまう結果となるでしょう。もちろん、研究開発を止めろという権限は私にはありません。それでも、この急降下爆撃をやると言うのであれば、少なくとも防弾装備を充実させた機体で行うべきだと考えます」


 その名前から連想されるイメージとは裏腹に、低空で引き起こしを必要とする急降下爆撃は、ダイブブレーキを利かせながら低速で敵艦上空数百メートルまで肉薄、投弾する。

 もちろん、敏太の言う危険性は海軍航空上層部も認識しており、高い命中率と引き換えに爆撃途中で撃ち墜とされる確率が極めて高いことも理解していた。

 だが、帝国海軍においては、敏太が挙げたようなことを指摘しても「貴様は命が惜しいのか」といった言葉を返されるだけだろう。

 搭乗員の安全もっと言えば命よりも、むしろ戦果を挙げることこそが優先されるという考えの持ち主が帝国海軍にはことのほか多いのだ。

 そして、安保大臣もそういった帝国海軍の悪しき精神あるいは文化のようなものは十分に承知している。

 それでも、敏太の言うことに理がある以上、彼の提案を前向きに検討すべきだった。


 「急降下爆撃については了解しました。私の権限で機体の防弾装備についてはこれを充実させるよう関係部門に要請しておきましょう」


 安保大臣から言質を得た敏太は微笑しつつ、やはり最後は金の話で締める。


 「それでは、防弾装備を充実させるための研究費ならびにその装備にかかる経費は私のほうで用立てさせていただきます。なので、急降下爆撃機だけでなく戦闘機や攻撃機にもどんどん防弾装備を搭載していってください」


 そう語る敏太だったが、さらに少し考えてさらなる爆弾とも言うべき言葉をその口から吐き出す。


 「あっ、この程度では防弾装備の普及は進まないかもしれませんね。では、こうしましょう。飛行機や飛行艇のうちで防弾装備を充実させたものについてはその機体取得にかかる費用の半額をこちらで負担させていただきます」

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