第8話 人材育成も金次第
「ところで、船渠であれ飛行場の造成であれ、工事をするには人手が要ります。先ほど申し上げた建設機械もそうですが、これに加えて物資や人員を運ぶためのトラックをはじめとした各種車両も必要となってきます。しかし、米国と違ってこれらを動かせる人間が日本にはあまりにも少なすぎます。
なので、海軍で建設機械の取り扱いを含む自動車学校のようなものをつくりませんか。もちろんこれら学校の設立ならびに運営資金のほうはこちらで用意させていただきます」
敏太の提案は、支援部隊が貧弱な帝国海軍にとってはそれこそ渡りに船だとも言えた。
しかし、帝国海軍人事を司る海軍省の最高責任者である安保大臣は、一方で組織内に余剰人員など皆無であることを知悉している。
なにより、税金で運営される帝国海軍に暇を持て余す人間がいれば、そのほうが大問題だ。
一方で、民間から募集をかければ相応に人は集まるだろうが、しかしそのための予算の裏付けが無い。
だから、そのことを敏太に正直に告げる。
「人件費についてもこちらで用意しますよ。優秀な人材が欲しいので、給料は相場よりも高めにしていただいて結構です。それと車両の維持費や燃料費についてもこちらで出すことにしましょう。ああ、それから大事なことを忘れていました。車両は適切な維持管理が必要ですが、そのための整備士の学校も併せて開設しましょう」
あっさりと追加の資金提供を切り出してきた敏太に、安保大臣は呆れもあってどう礼を言っていいのか悩んでしまう。
しかし、そんな安保大臣を無視して敏太が話を進める。
「自動車学校で技能を習得する者については、軍属あるいは海軍嘱託の身分を与えてください。自動車の運転免許保有者は陸軍に目をつけられてしまいますからね。せっかく運転技能を取得させたのに、それを陸軍に徴用されてしまってはそれこそたまったものではありませんから」
敏太は陸軍による人材の横取りを心配している。
日本では運転免許保有者は希少種だから、自動車化を進める陸軍としてはそれこそ喉から手が出るほどに欲しい人材だろうということは安保大臣にも理解できた。
「大陸での戦闘が始まって以降、陸軍は国内の資源や人材といった貴重なリソースを好き勝手についばんでいます。運転免許保有者もその例外ではありません。実際、陸軍はかなりの数の運転免許保有者を徴用しています。そのおかげで国内の流通網は少なくないダメージを被っている。陸軍の連中はお国のために戦っていると言っていますが、実際は大陸で好き勝手やっているだけ。陸軍は日本の経済の土台を食いつぶすシロアリですよ。そんな連中に海軍が育てた人材を提供する必要はまったくと言っていいほどにありません」
敏太は自身を経済人ではなく相場師だと卑下しているが、しかし安保大臣が見たところでは明らかに前者の考えの持ち主だ。
しかも、天下国家レベルの視座で世界の経済を俯瞰している。
そして、その観点から今の陸軍のありように厳しい目を向けている。
彼が帝国陸軍に対して一切の援助を与えていないのも、あるいはそこらあたりに理由があるのかもしれない。
その敏太が何かに思い至ったのか、はっとした顔を向けてくる。
「そうそう、学校に関連して大切なことを忘れていました。海軍航空隊、その中でも練習航空隊をさらに充実させましょう。これからの時代は陸にせよ海にせよ空の戦いこそがその死命を制します。戦車も戦艦も敵機が我が物顔で飛び回る戦場ではその力を十全に発揮することはかないません。
そして、飛行機の戦力を決定するのは機体の性能とそれに搭乗員の技量です。優秀な搭乗員を数多く揃えておくことは国防にあたっては絶必の要件です。もちろん、整備士の養成もまた同様です。当然これらについても援助させていただきます」
現在、帝国海軍の航空隊は少数精鋭主義を採用している。
他の将兵に比べ、搭乗員の育成は桁違いの金を必要とするからだ。
貧乏な帝国海軍では多数の搭乗員を養成することも、またそれを抱えておくことも予算面から困難だった。
しかし、一方でそれは帝国海軍航空隊の最大の弱点でもあった。
搭乗員が少ないということは、それは次世代を育てる教官や教員が手薄だということだからだ。
いざ戦争となれば搭乗員が大量に必要になるが、しかしそれに十分に対応できる体制ではないのだ。
そして、敏太はそのことを理解しているからこそ一〇〇機の練習機を献納したうえで、さらに練習航空隊の拡充を提案しているのだろう。
「今後の戦争における飛行機、それが占める地位は向上と言うよりも爆上がりします。戦闘機や爆撃機それに偵察機や哨戒機といった第一線の飛行機だけでなく、兵站や基地機能を維持するための輸送機や連絡機といった支援の機材もまた大量に必要になってくる。当然のことながら、搭乗員の需要もまたそれに比例して大きなものになります。そして、それらの中でも最優先で揃える必要があるのが搭乗員を養成するための教官や教員たちです」
少しばかり興奮気味な敏太がわずかに間を置き話を続ける。
「実を言えば、私は米国にいる間に飛行機のライセンスを取得しました。日本と違って米国では民間の飛行学校が結構身近な存在なのです。
そこで理解したことは、教官は操縦技量だけではなく他人に分かりやすく知識を伝えることが出来ること、さらにどんなトラブルが起こってもそれに対応できる能力が求められます。私を担当してくれた教官は、それはもう見事なものでした」
敏太が何を言わんとしているのか、安保大臣にはよく理解できた。
米国は平時の今でさえ、飛行機を操縦できる人間を量産しているのだ。
そして、ひとたび戦争になれば、それらのうちの少なくない者が軍の求めに応じて陸軍なり海軍なりに入隊するだろう。
もちろん、即戦力は期待できないが、それでも基本操縦ができるだけでも訓練期間は相当に短くできるはずだ。
米国は国家として兵の予備軍、その中でも特に貴重なパイロットの大量ストックを平時から心掛けている。
米国で長らく生活してきた敏太はそのことを身をもって理解している。
だからこそ、その差を少しでも埋めるべく練習航空隊の増強を提案しているのだろう。
(日米の差は物量ではなく、むしろ人材にあるのかもしれん)
安保大臣は今さらながらに米国の強大さそれに用意周到さを感じずにはいられなかった。
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