第7話 金の力で空母をパワーアップ
「他にお困りのことはありませんか」
セールスマンあるいは御用聞きのような敏太の問いかけ。
それに苦笑を返しつつ、しかしこの際だからと安保大臣は追加の希望を開陳する。
「『長門』と『陸奥』は他の三六センチ砲搭載戦艦と違って機関がへたっているというわけではありません。しかし、可能であればこちらもまた同じように大出力のものに換装しておきたいところです。そうすれば、『金剛』型には及ばないものの、それでも最低でも二八ノット、うまくいけば二九ノットの速力が期待できます」
「長門」と「陸奥」は就役してから一〇年あまりしか経っていない。
しかし、その間の機関技術の進歩には目を見張るものがあった。
同じ出力であればかなりの小型軽量化が可能で、そのうえ燃費も良くなっているから航続性能も向上する。
特に燃料費が抑えられることは、貧乏海軍にとっては何よりもありがたいことだ。
「分かりました。『長門』と『陸奥』の二隻についても改装に必要な経費をこちらで用意させていただきます。ところで、先ほどから戦艦ばかり要望を出されていますが、空母のほうはありませんか」
ただでさえ航空隊に四五〇〇万円、それに既存戦艦の高速化にそのうえ「伊勢」と「日向」それに「山城」と「扶桑」は四一センチ砲に換装する。
それら戦艦の改装だけでも余裕で一億円以上の費用が必要だから、敏太の申し出は破格もいいところだ。
そのうえ、敏太はさらにおかわりはいるかと尋ねてきている。
あるいは、こちらが遠慮しているとみて自分のほうから水を向けてくれたのかもしれない。
そんな敏太の忖度に感謝しつつ、安保大臣は本音を打ち明ける。
「巡洋戦艦あるいは戦艦から空母に改造した『赤城』それに『加賀』ですが、これら二隻の運用実績はあまり芳しいものではありません。そこで大改装を施して近代的な艦上機にも対応できるようにしたいのですが、いかんせん先立つものが無いことでいまだ手つかずの状況です」
「赤城」と「加賀」はそれぞれ三段の飛行甲板を持つ大型空母だ。
しかし、そのことで一番上の発着甲板がずいぶんと短くなっている。
艦上機が今後、高速大重量化に向かうことが分かり切っている中で、この仕様は明らかに欠点だと言えた。
「ならば、この際ですから『赤城』と『加賀』についても徹底的に改装しましょう。米国の『レキシントン』や『サラトガ』のように一段式の飛行甲板にすれば両艦ともに艦上機の高速大重量化の趨勢に十分に対応が出来るはずです。それと、機関も全面換装すれば、『赤城』はともかく『加賀』のほうはずいぶんと脚も速くなるでしょう。いずれにせよ、これら二隻は帝国海軍の洋上航空戦力の要となる艦ですから、金に糸目を付けず徹底的に性能アップを目指すべきです」
そう話しながら、しかし敏太はこれら改装についてのボトルネックに思い至る。
戦艦や空母の改装工事を請け負う造修施設のことだ。
現在、日本では大型艦を建造できる施設は横須賀工廠の船台と呉工廠の船渠、それに神戸と長崎の民間造船所の合わせて四カ所のみだ。
そして、これら施設はそのすべてがマル一計画で整備が決まっている大型巡洋艦の建造でふさがっている。
九隻の戦艦をはじめとした世界屈指の海軍力を保有する一方で、しかし国内の造修施設はあまりにも貧弱だ。
だから、敏太はそのことを安保大臣に指摘する。
「おっしゃる通り、我が国の造修施設の数それに能力は決して十分なものではありません。それについては帝国海軍も問題意識を持っています。そのことで横須賀と佐世保に三〇〇メートルを超える船渠を造成する計画があるのですが、しかしその裏付けとなる予算が確保できていません」
帝国海軍のように貧乏な国で戦備を充実させようと思えば、どうしても正面装備にその重点が置かれてしまう。
ない袖は振れないから、それは仕方が無いことなのだろう。
「それでは、横須賀それに佐世保の船渠の造成費もお出ししましょう。それと、この際ですから建設機械の大量導入も図ってみてはいかがですか。従来の人力による仕事に比べて格段に工期の短縮が図れますよ。もちろん、その費用もまたこちらで負担します」
敏太の気前の良さに呆れにも似た感謝を抱きつつ、安保大臣は建設機械という耳慣れないワードについて問う。
「建機や重機あるいは土工機と呼ばれるもので、ざっくり言えば土を掘ったり運んだり、あるいは石をどかしたり木をなぎ倒したりするものです。私は米国にいる間に何度か工事現場を見学したことがあるのですが、そこでこれら建設機械が持つ力を目の当たりにしました。それらを使えば従来のやり方とは比較にならないくらい工事がはかどります。そして、このことは船渠だけではなく、飛行場の造成や陣地の構築もまたその例外ではありません。これら建設機械を導入すれば帝国海軍の設営能力はその機械力によって劇的な向上を見せるはずです」
ひとたび米国と事を構えれば、それは太平洋にある島嶼の争奪戦になるという話を安保大臣は聞いたことがある。
そして、その争奪戦の対象となる島は、飛行場適地のあるそれだ。
そうであれば、飛行場の設営能力が大きな意味を持つことは少し考えれば理解できる。
「もし、戦艦や空母以外に造修施設もまた援助していただけるのでしたら、こちらとしても大いに助かります」
少しばかり甘えすぎかとは思いつつ、それでも安保大臣としては可能な限りの手は打っておきたい。
大陸での戦闘が始まって以降、日本と米国の関係は悪くなっていく一方なのだから。
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