第6話 金の力で戦艦をパワーアップ

 一億円あればどういったことが出来るのか。

 敏太と安保大臣のやりとりはそういった話に脱線した。

 マル一計画では四隻の大型巡洋艦を除けば、あとめぼしいのは一二隻の駆逐艦と九隻の潜水艦くらいのものだ。

 だから、安保大臣としてはその一億円で戦艦に手を入れたいとのことだった。

 そうすれば、鉄砲屋も水雷屋も、それにどん亀乗りも飛行機屋も一応は納得させることができる。


 「戦艦の主機と主缶、つまりはエンジンを換装すれば『扶桑』型や『伊勢』型であれば二五ノット、『金剛』型なら三〇ノットが期待できます。それと、これは軍機ですが、『扶桑』型は旋回性能に、『伊勢』型は保針性能にそれぞれ難を抱えています。ですから、こちらもまた可能であれば改善したいところです。まあ、仮に練習戦艦となった『比叡』を除くこれら七隻に機関換装の措置を施しても、一億円もあれば十分にお釣りがくるでしょう」


 戦艦はとかく主砲の口径や装甲の厚みがクローズアップされる。

 その比類なき打撃力と他の艦艇とは隔絶した防御力こそが戦艦の真骨頂なのだから、それは当然だ。

 しかし、どれほどの巨大戦艦であったとしても土台となる船体がしっかりしていなければ十全な戦力発揮はかなわない。

 安保大臣の方針は、隠れ艦ヲタの敏太にとっても十分に納得できるものだった。

 しかし、それで満足するようでは艦ヲタの名がすたるというもの。

 実は、敏太は重度の艦ヲタでもあった。


 「『伊勢』と『日向』それに『山城』と『扶桑』ですが、これら四隻を『長門』や『陸奥』と同じように四一センチ砲搭載戦艦に改装しましょう。必要な資金はこちらで用意させていただきます」


 敏太の突然とも言える提案に、安保大臣が驚きの表情を向ける。

 企画倒れに終わった「扶桑」の四一センチ砲搭載計画は関係者のごく一部しか知らないはずだ。

 そして、本来であれば敏太はそれを知る立場にはない。

 あるいは、退役軍人である先輩が敏太に漏らしたのか。

 疑念を抱く安保大臣を無視し、しかし敏太はさっさと話を進める。


 「『伊勢』と『日向』それに『山城』と『扶桑』の四隻は同じく三六センチ砲を一二門装備する『ペンシルバニア』級や『ニューメキシコ』級、それに『テネシー』級に対してライバル関係にあります。しかし、速力はともかく攻撃力と防御力は明らかに劣っています。

 帝国海軍ではその劣勢を覆すために『扶桑』を改造して四一センチ連装砲塔と三連装砲をそれぞれ二基搭載、つまりは一〇門の四一センチ砲を装備する艦に改装する案があったと耳にしたことがあります。今さら三連装砲塔を開発するのはバカバカしいので、連装砲塔四基での改装としましょう。三六センチ連装砲塔六基と四一センチ連装砲塔四基の重量はほとんど変わりませんから、これであればトップヘビーを気にすることもないはずです。

 いずれにせよ、主砲が一二門から八門に減るとはいえ、それでも改装のメリットは大きいはずです。もちろん改装は軍縮条約の足枷が外れた後になりますが、しかし事前に可能な準備を整えておけば工事期間をかなりの程度短縮することがかなうはずです」


 敏太が帝国海軍にとってかけがえのないタニマチあるいはパトロンであることは安保大臣も承知している。

 しかし、資金の裏付けがあるとはいえ、単なる素人の思いつきでこのような重大な話を持ち込まれたのでは海軍省としてもたまったものではない。

 だから、安保大臣は敏太が言うメリットの具体的な理由を問い質す。


 「『伊勢』と『日向』それに『山城』と『扶桑』はそのいずれもが艦の中心線上に六基もの主砲塔を装備しています。しかし、このことで装甲を思い切って厚くすることが出来ません。ですが、これを六基から四基に減らすことで、各砲塔それに弾薬庫の装甲を多少なりとも厚くすることは可能でしょう。それに主砲が一二門から八門に減ることで斉射時における爆風問題も少しはマシになるはずです。

 それと、艦中央部と後部にある主砲塔が四基から二基に半減しますので、三番砲塔と四番砲塔の位置をうまく調整できれば砲塔数の減少を活用して機関容積の拡大を図ることができます。そうであれば、さらなる大出力エンジンを搭載することもまた可能となる。当然、その分だけ速力もまたアップします。併せてフロントヘビーの解消それに推進抵抗を減らすための艦尾延長工事も行えば言うことなしでしょう」


 いったん言葉を区切り、敏太は安保大臣を見据える。

 さらに話を続けていいかどうかの無言の確認に、安保大臣は小さくうなずき先を促す。


 「なにより、主砲塔が減った分だけ砲術科の要員を減らせます。つまりは一人当たりの居住面積が増えることになる。特に居住性が劣悪な『伊勢』と『日向』については、このことによる恩恵は大きいでしょう。

 それと、浮いた砲術科の要員は他の艦艇に回すことが出来ます。それが四隻分ともなれば結構な数になります。改装のメリットとしては、艦の性能向上よりもむしろこちらのほうが大きいかもしれません。これから拡張が続くはずの帝国海軍において、これら人材は干天の慈雨にも等しいはずですから。

 それになにより、帝国海軍は中堅士官と特修兵が足りていないことは明らかでしょう。これを一般社会に例えれば、中間管理職と技能に優れたベテラン社員が不足する会社と似たような状況です。帝国海軍のネックは人材にこそあります。だからこそ軍縮条約の制限がなくなり次第、すぐにこれら四艦の改装にとりかかれるよう、今から準備しておくべきです」


 これが並みの海軍士官であれば「伊勢」や「日向」それに「山城」や「扶桑」の攻撃力や防御力、それに機動力の向上を無邪気に喜ぶだけだっただろう。

 しかし、海軍人事を司る海軍省、そこの最高責任者である安保大臣はこれら四隻の改装におけるなによりの恩恵は人にあることを最初から見抜いている。

 これら改装によって少なくない数の、しかも十分に訓練を受けた砲術科員を何もせずに得ることが出来るのだ。

 マル一計画以降の各計画によって戦闘艦艇や特務艦艇の充実が一気に進むが、しかし急激とも言える艦艇の増勢に対してこれらを動かすための人材の準備が追いついていない。

 そして、敏太の言う通り、中堅士官と特修兵の不足は特に深刻な状況が続くはずだ。


 (どうやら、札田場さんは現時点における帝国海軍の弱点が人材の層の薄さにあることを看破しているようだ。だから、四隻の戦艦の改装の目的も実際のところは将兵の捻出にこそ、その意義を見出しているのだろう)


 敏太はそこまで読んで四隻の戦艦の改装を持ちかけてきている。

 そう確信した安保大臣は敏太に右手を差し出す。

 「伊勢」と「日向」それに「山城」ならびに「扶桑」の改装計画が動き出した瞬間だった。

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