第4話 金持ちは優秀

 「日本の現状について、お前さんはこれをどう見る」


 敏太が海外の土産話をしている最中、退役軍人が急に話を旋回させてきた。


 「日本軍が大陸でドンパチを始めたことは米国でも結構な話題になっています。まあ、日本が悪者扱いされているのであまりいい気はしませんでしたが」


 満州事変に端を発した大陸での戦闘は、当初の早期収束といった楽観予想とは裏腹に泥沼化している。

 今もその解決の糸口は見つかっていない。

 しかし、その戦火が日本に迫ることは無かった。

 だから、一方の当事者であるはずの日本国民は落ち着いたものだった。


 「では、経済人として見た場合はどうだ」


 退役軍人の重ねての質問に、敏太は少し考えてから口を開く。


 「自分は経済人と言うよりもむしろ相場師に近い。なので、その前提でお話ししますが、状況は非常にまずいですね。現在は大陸での戦争を理由に陸軍が日本国内にある資源や人材といったリソースを好き勝手についばんでいる状況です。これでは日本の経済は発展するどころか停滞、あるいは弱体化するかもしれません。それに外国からの心証も最悪です。早く止めないとそれこそ米国との戦争にすら発展しかねません」


 一般人が聞けば、この程度のことで米国との戦争などあり得ないと一笑に付すところだろう。

 しかし、退役軍人のほうは深刻そうな顔で首肯している。


 「お前さんの言う通り、陸軍の専横は海軍から見ても目に余るところまできている。実際、陸軍の好き勝手のおかげで海軍のほうは建艦計画に支障が出ているくらいだしな。彼らもさすがに造船工や技術者といった連中には手を出しておらんようだが、しかしだからと言って他の者が要らないというわけでもない。いずれにせよ、強欲で頭の悪い陸助どものおかげで周りは大迷惑だ」


 どうやら、退役軍人は陸軍に対してあまり良い印象を持っていないようだ。

 しかし、どこの国も陸軍と海軍は仲が悪いのが普通だ。

 それに、どちらも金食い虫。

 税金を使って好き勝手やっているようにしか敏太には思えないから特に所感のようなものはない。


 「それとお前さん、このまま行けば米国と戦争にもなりかねないと言ったが、もし仮に日本が彼の国に喧嘩を売ったとして勝てると思うか」


 珍しく退役軍人が値踏みするような目を敏太に向けてくる。


 「まず勝てません。粘りに粘って米国人の厭戦気分を惹起させ、講和に持っていくのがせいぜいといったところでしょう。これだって確率で言えば一パーセントにも満たない。

 そもそもとして、経済力や科学力、つまりは国力があまりにも違い過ぎます。それに、なにより人間力の差は圧倒的です。米国人は自動車を運転できる人間が日本と比べて桁違いに多い。そのうえ、飛行機のライセンス持ちだって珍しくない。高等教育を受けた人間の数も段違いです。科学者や技術者の数に至ってはその差はさらに隔絶します。そのうえ、銃社会だから銃器の扱いに慣れた者も少なくない」


 敏太は少し間を置き、さらに話を続ける。


 「俺はウォール街で米国人を部下に持ちましたが、彼らの能力の平均は日本人のそれを遥かに凌ぎます。新しいことを始めるにあたっての創造力、問題が起きた際の改善すべきポイントを見抜く力、それにトラブル解決のための粘りや忍耐力は日本人のそれとは次元が違う。ちょっと失敗したあるいは追い詰められただけで容易に自暴自棄に陥ってしまう日本人とは人としての力があまりにも違い過ぎる」


 日本人に対してボロクソの敏太に対し、しかし退役軍人のほうは気を悪くする様子もなく黙って耳を傾けている。


 「それと、米国は民主主義国家です。日本もまた議会制民主主義を標榜してはいますが、現状では陸軍による軍事独裁に近いでしょう。そして、民主主義の強さというのはその構成員、つまりは国民が意思決定に参加したという自覚があるということです。そういった連中は自己が所属する国家、あるいは集団や団体に対して相応の責任感を持ち合わせており、何より自由を守るという強靭な意思を有しています。

 一方、独裁はこの逆で、意思決定から排除された人間は集団への帰属意識を持たないかあるいは持っていたとしても極めて薄い。上からの命令に唯唯諾諾と従うだけ。だから、逆境に陥った時、民主主義の兵士は自身で物を考えることが出来る、あるいはそのように訓練されているからそれなりに持ちこたえることが出来ます。しかし、独裁のほうはその逆で、加速度的に兵士が脱落して一気に総崩れとなります。つまり日本軍は・・・・・・」


 敏太が結論を言う前に退役軍人が手を上げてそれを制する。

 それ以上言ってはいけないと、その目が訴えている。

 ただ、そこに非難の色は無い。


 「お前さんの言いたいことは分かった。ただ、少しばかりきな臭い話になってしまったので話題を変えよう。現在、帝国海軍は鉄砲屋や水雷屋に続く新たなる勢力、つまりは飛行機屋が台頭してきている。連中が言うには戦艦は飛行機には抗しえないそうだ。これについてお前さんはどう考える」


 「戦艦と飛行機のどちらが強いか論ですね。実にバカバカしい議論です。戦艦が飛行機をバタバタと撃ち墜とす対空火器を持ち合わせていれば戦艦の勝ち。逆に飛行機が戦艦をバンバン沈める兵器を装備していれば飛行機の勝ちです。

 水上を行き交う戦艦も空を飛ぶ飛行機もしょせんは砲弾や爆弾を相手にぶつけるための運搬手段にしか過ぎません。要はどちらが先に相手に致命の一撃を加え得るかといった話です。

 ただ、光学照準に頼る現代の対空火器であれば、飛行機の有利は動かないでしょう。三次元を機動する的の小さな飛行機に確実に命中させるだけの技術は今のところどこの国も持ち合わせていませんから。だから、戦艦のほうが画期的な射撃管制システムあるいは新兵器を持ち得ない限り、飛行機有利の時代は続きます」


 敏太の言葉に納得の表情を見せつつ、退役軍人は問いを重ねる。


 「お前さんの言う新兵器というのはどういったものかな。具体的なイメージがあるのなら、ぜひご教示願いたいのだが」


 「飛行機が発する熱や音、あるいは赤外線や電波を利用して相手を追尾する誘導弾といったところですかね。ロケットの先端にシーカーを搭載してオートで敵に向かっていく。まあ、今の技術水準では少しばかりハードルが高いとは思いますが」


 そう言って敏太はメモ帳と鉛筆を取り出し、戦艦から発射されたロケット弾が飛行機目掛けて飛翔していく簡単なイラストを描く。

 それをまじまじと見つめる退役軍人は思わず後悔の言葉を漏らす。


 「やはり、お前さんには海兵を受験するよう強く勧めておくべきだった。儂はかけがえのない逸材獲得の機会をふいにしてしまった大バカ者だったようだ」


 「買い被りすぎですよ。それにこんなことは誰にでも出来る妄想の類です」


 謙遜する敏太に、だがしかし退役軍人は小さく首を振る。


 「違う。こういった妄想を現実化できない限り、米国に打ち勝つことはできん。それと、だ。日本と米国の関係は間違いなく悪い方へと向かっていく。このままだとおそらく一〇年以内に彼の国と干戈を交えることになるだろう」

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