二十猫目 外の視点
トミカヅルは、自身が五大神と呼ばれる神であること。邪神テトラーを止めるために戦ったが力を使い果たしてしまったこと。そして協力を得るためにこの世界の神に会いたい旨をアルヘイムへと伝えた。
また面倒なことになったとアルヘイムは頭を抱えたが、テトラーがトミカヅルと共にネコサマヴァースに存在している時点で見逃せる案件ではない。
そのためアルヘイムは非常に遺憾ではあるがネコサマの神殿へと赴いたのだが……。
「申し訳ありませんが、ただいまネコサマは不在でございます。こちらから連絡致しましょうか?」
「いや、構わん。あの悪猫は一箇所に留まることが苦手だ。そう時間もかからずこちらに顔を出すじゃろうて」
「むぅ……そのネコサマという神が帰ってくるまで時間ができたな。そうだ、何か神器はないか?俺の神核にまとわりつく闇を除去したいのだが…」
「申し訳ありません。ネコサマの許可が無い限り宝物庫は解放することができません。いえ、あの方は気にしないでしょうから我々が管理せねばならないので……念の為にお伺いを立ててください」
頭を下げる
「お、おう。随分と雑な神なのだな」
「そういうものだ。行くぞトミカヅル」
「えっ」
アルヘイムは踵を返すとさっさと神殿から出ていこうとする。このまま待つつもりであったトミカヅルは少しばかり硬直したが、すぐさま後を追いかけた。
「どこへ行こうというのだアルヘイム。猫神とやらを待つのではなかったのか?」
「ふん。悪猫を待つなど反吐が出る。単に腹ごしらえだ。この世界の飯を食せば、貴様にも何かしらの変化が起きるのではと思ってな」
それに……と、アルヘイムは続けた。
「貴様は外の神なのだろう?本来、神はこのネコサマヴァースにたどり着く前に滅ぼされる。神としての力を失っている貴様だからこそ、この世界を外の観点から見ることができるだろうと思ってな」
「む……それがいったい何になるというのだ。俺は戦闘神。文化などを見るといっても大した意見は出せんぞ」
「そんなものは求めちゃいない。感じたままを口にすればいい」
二人が街に繰り出せば、喧騒とまではいかずとも人々の熱気が出迎えた。
商店や住宅が入り乱れ、道端に設置されたベンチやテーブルで人々が休みながら話をしている程度である。
二人は近場の小さなレストランに入ると、席につきメニューを眺め始める。アルヘイムもトミカヅルも言葉数が多い方ではないため、自然と人々の話し声が耳に入った。
「活きのいいオーロラサーモンが入ったよ!」
「大将、オーロラサーモン三匹くれ!」
「あいよ!ついでにもう一匹オマケしとくぜ」
「第三宇宙に、外の世界からの侵略者が来たらしい」
「へえ。よりにもよって騎士様のところにか。ご愁傷さまだな」
「まったくだ。案外話せばわかる人かもしれんのに、騎士様は見敵必殺だからなぁ……」
「あなたのお母さん、亡くなったんですって?ご愁傷さまね」
「ええ。でも寿命だもの…仕方ないわ。母さんの遺した家は子供たちの独り立ちに使う予定。新しい土地だと見つかりづらいし離れてしまうから助かったわ」
「そうね。私たちも死ぬ前に子供たちに何か残しておかないと」
トミカヅルは眉をひそめた。日常会話にしては重い話題を平然と取り上げ、他世界との戦争関連の話は危機感も欠如した声色だ。
自分たちに危害が加わることなどない、と思っているわけではなさそうだ。死に対しどこか達観した視点を持つような……彼らからすれば自分のことすら他人事のようにも聞こえる。
「……この世界は、どこかおかしいな」
正面から放たれた声に、アルヘイムは視線を寄越す。トミカヅルは真剣な表情で、幾つも抱いた違和感を零していった。
「材質は他の世界と同じ特徴を持ちながら、原子一つ一つやその間に至るまで、強度と秘めるエネルギーのみが突出している。見た限り、他世界への侵攻など全くしている様子もないというのにだ」
五大神でもあるトミカヅルも、また己の世界を持っている。戦闘神とある通り他神の世界への侵略には活発であったため、世界の統合数は破壊神に並び五大神の中でトップクラスだ。
しかし、そんな世界を持っているトミカヅルでさえ、ネコサマヴァースの強度は目を見張るものがあった。目覚めの時に硬直したのは、なにもテトラーのことのみではない。自分を取り巻く世界の異質さにいち早く感づいたのである。
「人はさほど差が無く、皆が幸せを享受している様子だ。しかしこの世界において、差異とすら呼べぬ些細な特別すらもない。肉親が死んだとしても、さほど悲しまず奴らは受け入れていた……」
「それに、幸せと言ってもそれは常にある日常へ向けられたものだ。望みを叶えた快感や劇的に満たされた幸福感ではなく、ただ息を吸い日々を生きることへの小さな幸せ。とても心を持った人とは思えん」
アルヘイムは小さく、感心したように口を歪ませた。小さく息を吐いた後、アルヘイムは続けろと催促する。
「神もおかしい。神自身が住まう神殿や祭壇とは、本来は己の領域の内に建てるものだ。信仰にまつわる物は存在すらも左右するほど大事だからな」
「だと言うのに……中心とはいえ宇宙に、それも人々と同じ空間に住むなど前代未聞だ。あまつさえ、神器などを収めた宝物庫を他者に管理させるだと?ありえん。神の権能や力、または神に匹敵する力を秘めているからこその『神器』だ。俺が感じとった限り、あそこにはそういった財宝がゴロゴロとあるようだな。それに、あの神殿では神官や司祭の姿が見えず、執事やメイドなどの従者のような者たちしか居なかった」
神としてあるまじき行為。もはや存在そのものが神のそれとは歪んでしまっていると、トミカヅルは吐き捨てた。
「しかし貴様は違う。アルヘイム。宇宙の一つを統べる者よ。お嬢様とやらにこれ以上無い忠誠を誓う特別を持ち、幸せというものを確かに噛み締めることができる生き方ができる」
「お前はなんだ。この世界はなんなのだ。答えろ」
「世の行く末。人が積み重ねてきたものの結果だよ」
第三者の声が降ってきた。トミカヅルとアルヘイムが見上げれば、そこにはぷかぷかと小さい雲に乗った巨猫がいた。
「やー。噂は聞いているよ、トミカヅル。僕はネコサマ!このネコサマヴァースの神様さ」
宇宙猫~這いよる僕のラグニャロク~ サンサソー @sansaso
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