十九猫目 老騎士との会合
トミカヅルは球体を見てしばらく固まっていたが、何も起こらないことに気付くと恐る恐る球体を手に取った。
「これは……やはり…か」
手に伝わる温もりは確かに命の鼓動。これこそ邪神テトラーであると確信したトミカヅルは、静かに懐へと球体を戻したのだった。
これは眠っているだけ。余計な刺激を与えて起こしてしまえば、今の自分では太刀打ちができない。力を取り戻す手段を得るか、誰かしらの協力者を得ることが急務だと彼は瞬時に理解していた。
まずすべきは現状の把握だ。テトラーとの戦いによって気を失った後、おそらくこの世界に流れ着いたのだろうことはわかる。しかしそれ以外についてはまったくわからない。
トミカヅルはなけなしの力を使い空中に浮かぶと扉を開け、部屋の外へ進んだ。内装は少々質素であるが、不自由無い生活を送れそうなもの。これを見てトミカヅルは家主の力については低いものと判断した。
テトラーは超常が具現化したような化け物だ。そのため奴と対するならば、物理法則などを容易く越えられる者が望ましい。
しかしそういった力の行使は神クラスの権能が与えられていなくてはならない。そうなれば強者が神に列席するほどの信仰を得るのは必然だ。
崇められる側の立場となるのであれば、本人の意向関係なく相応のものが与えられるはずなのだ。世界をより発達させる神の使徒としての活動と責任が求められるが故に。
だからこそ、トミカヅルは釘付けになっていた。窓の外、群生が過ぎもはや何の花なのかすらわからぬ花畑。そこに腰を据えた佇まいをしている老騎士の姿に。
「……ばかな。あのような身で、いったいどうやって…!」
トミカヅルは無意識にも外へと飛び出し、老騎士……アルヘイムのもとへと近付いていく。戦闘神だからこそわかる、アルヘイムの持つ凄まじい力。どこか人とはズレた、不気味でいて真っ直ぐなそれにトミカヅルは惹かれたのだ。
今の歩幅にして後数十歩、といったところだった。
「ッ!?ごあッ」
トミカヅルの眼前に突如鈍く光る刃が現れた。全力で頭を後ろに下げつつ体を踏ん張って力を込め、瞬時にその場で止まることに成功した。
これはひとえにトミカヅルが戦闘神としての膨大な経験があったからこそなせる反射にも近い技であり、たとえ練達な武芸者などであっても、急ブレーキをかけることができても刃に貫かれていたであろう。それほどの距離と時間であった。
「ほう…?ただの小僧ではなさそうじゃな」
「……何者だ、貴様。このような気配も、殺気もない攻撃。もしや神に連なる者か」
「攻撃ではない。ただ貴様の前に刃を添えただけ。儂はお嬢様を見守るのに忙しい。それ故に、勝手に死んでくれれば御の字だった。ただ、それだけじゃ」
グレイブは未だ下ろされない。このままでは殺されると悟ったか、トミカヅルはすぐに話題を変え話を繋げた。
「お嬢様…?貴様ほどの者が、仕えているというのか。つまり、神…!」
トミカヅルの推測に、アルヘイムは不機嫌そうに口を歪め鼻で笑い飛ばした。
「あのいけ好かない悪猫と太陽の如きお嬢様を一緒にするな。そもそも儂が得物を握ったのも、貴様の進行上にお嬢様がいたからなのだ。まずは声をかけてくれば、このような面倒を起こす気は無かったのだがな」
「む……それは、すまなかった」
グレイブの下。花畑に沈んで眠るクレアお嬢様を、アルヘイムは優しく撫でた。敵意が無いことは伝わったのか、アルヘイムはグレイブを下ろすとトミカヅルへと向き直った。
「遅れたな。儂はアルヘイム。このネコサマヴァース第三宇宙代表。貴様を虚空からこの場所に移してやった」
「あ、ああ。私はトミカヅル。今はワケあってこのような姿だが、これでも神だ。先程はすまなかったな。少し気が動転していたようだ」
アルヘイムは一つ相槌を打ち、それ以降言葉は無い。トミカヅルは浮かびながらしばし考えた後、思い切って頼んでみることにした。
「なあ。一つ…いや、二つ貴殿に望みがあるのだが……聞いてはくれないだろうか」
「……内容によるな。先に家に戻れ。儂はもう少しだけ、お嬢様の傍におる」
「わかった…」
目を閉じながら爽やかな風に撫でられているアルヘイムをしばし見つめた後、トミカヅルは踵を返した。
花の香りが風に乗り、トミカヅルへと運ばれる。その香りの中に、知っている匂いがあるような、そんな気を持ちながらトミカヅルは家へと向かうのであった。
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