十八猫目 流れ着いたもの

 第三宇宙、端に位置する虚空空間。


 そこでは機嫌の悪そうな顔をしたアルヘイムと目を閉じたフェイタルが浮いていた。


「まだサルベージできんのか。かれこれ数時間はこのままじゃぞ」


「黙って。今いいところ」


「その言葉も数十分前に聞いたわ」


 突然呼び出され、なんの用かと問えば趣味に付き合えという。アルヘイムはネコサマヴァースの宇宙代表の中でもかなりの古株だ。そのために、度々フェイタルにこういった趣味に引っ張り出されることがあった。


 虚空空間には『孔』の外から流れ着いたものが沈んでいる。それらをサルベージするのがフェイタルの趣味だ。


「そもそも、前から疑問だった。なぜ儂が貴様に付き合わねばならん。あの悪猫であれば満面の笑みで誘いに乗りそうなものを」


「ネコサマの悪口はやめて。そもそもネコサマはネコサマヴァースから離れられない。夢を介したりの間接的なものも相当無理してる。だから無闇に外の世界由来の物に触れさせるべきじゃない」


「じゃが、外の世界から連れてきた者らがおるだろう。そやつらに奴は付きっきりだ。お嬢様もそれにへそを曲げて……いや、まさか」


「そのまさか。あの子たちは選ばれた。だから私以上に構われて褒められて……あ゙ぁ゙っ」


「よせ。それ以上考えるな。貴様が暴走したら誰も手がつけられん」


 その時、フェイタルの手が唐突に動き、虚空空間に差し込まれた。何かがヒットしたのか、フェイタルは閉じていた目を開く。その様子を見て、アルヘイムもこの作業の終わりを悟った。


「……来た。手応えあり」


「ならばさっさと引き上げろ。貴様の趣味に付き合うのもこりごりだ。まったく…」


 コード:サポートリクエスト――サルベージ――ボイド・プリシピテイト――コンプリート


 フェイタルがコードを打ち込み、掴んでいたものを一気に引き上げる。

 虚空空間が波打ち、勢いよく飛び出してきたそれはフェイタルの手から離れ、アルヘイムの顔面へと直撃した。


「あ……」


「…………貴様」


 アルヘイムが顔に張り付いた何かを引き剥がし、フェイタルへと鋭い眼光を向ける。

 フェイタルは無表情ながらもやらかしたという意識はあるようで、そっぽを向きながら下手くそな口笛を披露した。


「そ、それで。何が出たの」


「……これだ」


 顔に張り付いていたものを引き剥がしたアルヘイムの手。そこには……拳大ほどの大きさしかない半裸の男があった。







『この世にあふれる醜い神々と、それに甘んじる人間ども。今まで色んな世界群を見てきたが……この輝ける神の領域は輪をかけて酷いもんだ』


『だが、ただ破壊するのも味気ない。そこでだ、トミカヅルよ。一つゲームをしようぜ?』


『俺は一か月の間、傷を癒し力を蓄えるために眠りにつく。今の俺じゃあ、五大伸お前たち全員を相手するとなると厳しいんでな。お前はその力を使い果たした状態で、眠った俺を何かしらの手段で排除するか、どこか暴れても安全な場所に持っていき目覚めた俺と戦うか選びな。助っ人を呼んだって良いぞ』


『見事俺を倒せたらお前の勝ち。準備も整わず時間切れになるか、俺を倒せなかったら俺の勝ちだ。全ての世界は俺に破壊される。戦闘狂のお前が力がない状態をしばらく続けるんだ。五大神我慢知らずの一人であるお前がどうなるか、見ものだな』


『ルールはわかったな?決まりだ』







「……ハッ!?」


 小さな男、トミカヅルは勢いよく起き上がった。荒い息を吐きながら周囲を見回し、自分の知る所ではないことを瞬時に確認。すぐさま移動を試みるが……ベッドから転げ落ちてしまった。


「ッ……痛み、だと?」


 トミカヅルは自身の体に走った痛みに気付いた。神である自分が、ベッドから落ちた程度で痛みを覚えるなどありえない。


 そこで、彼は自分の体に起こった変化に気付いた。


 小さい。あまりにも弱々しく、神としての力がほとんど感じられない。戦闘神にあるまじき、貧弱なものだった。


「ば、バカな。何故このような姿に…!」


『お前はその力を使い果たした状態で、眠った俺を何かしらの手段で排除するか、どこか暴れても安全な場所に持っていき目覚めた俺と戦うか選びな。助っ人を呼んだって良いぞ』


「まさか……」


 トミカヅルは意識を集中し、自身の内にある神核を現出させる。手の中に現れた光り輝いているはずの神核は……黒い触手で封印されていた。


 これでは、トミカヅルヴァースの信仰から力を得ることができない。元の体に戻るためには、この触手をどうにかするしかなかった。


 そんな時、懐から何かがこぼれ落ちた。黒く鏡のように周囲を転写する球体は、まるで意思を持っているかのように僅かに胎動している。


 邪悪な波動を感じた。トミカヅルは瞬時に理解したのだろう。


 それは、眠りについた邪神テトラーだ。


 まるで今の状態のトミカヅルを嘲笑うように、黒い球体は静かに揺れた。

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