十四猫目 執事の裏の顔

 セバスチャンの仕事は主に二つだ。


 ネコサマヴァースの人々からネコサマへの嘆願を仕分け必要なものを届けること。もう一つは、ネコサマの周りの世話をする者たちをまとめること。


 どれも重要な役割ではあるのだが、今に満足するネコサマヴァースの住人たちは滅多に嘆願などしないし、ネコサマ自身が昼寝三昧や散歩と称し神殿を留守にするためどちらの仕事もあまり忙しくはならない。


 しかし常に気を張る立場故か、ネコサマが寝る太陽が沈む時以降は素の状態を見せ始めるのだ。







 キャットホーム。その下町にある一件の居酒屋にセバスチャンの姿はあった。


「いらっしゃい!いつもの席空いてるよ!」


「ええ、ありがとう。いやしかし、友人と飲む約束があるのでね」


 すっかり常連となっているセバスチャンは、案内された席ではなく奥の座席へと上がり込む。既に座っていた人物の前にどっかりと座ると、執事服を緩め胸ポケットから煙草を取り出し吹かし始めた。


「貴様、挨拶も無しに煙草か」


「俺とお前の仲だろ、許せよアルヘイム」


 居酒屋の中に重騎士鎧と執事服という誰もが想像だにしないであろう光景。しかしこれもこの店では珍しい事態ではないらしく、どの客もさほど気にした様子はないようであった。


 第三宇宙代表とネコサマの執事という重役であるはずなのだが、どの人もかしこまった様子は無い。

 これこそ、ネコサマヴァースの特徴。役職やその他の要素による特別感が存在せず、皆が平等かつ気ままに飲み食い笑う世界なのだ。


 口調も崩したセバスチャンは店員を呼びつけ適当に注文をしていく。静黙な性格であるアルヘイムではいつまで経っても注文をしないため、こういった役回りはセバスチャンの仕事だった。


「最近どうだ?相も変わらずお嬢様とあの家で暇を持て余してるのかよ」


「ふん……貴様には関係なかろう」


「おいおい!その様子だと図星かよ!あのお嬢様だってもっと外で遊びてーだろうに」


「あの星で事足りる。余計な口出しをしてくれるな」



 談笑に耽っていると、店員がエールと料理を運んでくる。料理を並べているのをお構い無しにエールを呷るアルヘイムに呆れたため息を吐きながらも、セバスチャンは料理を受け取り並べていく。店員が去ったのを見計らって、セバスチャンは不満を、アルヘイムは酒気を帯びた息を吐いた。


「お前な……自分で食う分の飯ぐらい受け取ってやったらどうだ」

「客に料理を並ばせるような店になったのか、ここは」

「ちげーよ、人としてどうなんだって話だ」



「なら問題は無いな。儂はのだから」



『人』。ここでのその言葉は人間は勿論、獣人や魚人など数多の人種の総称を指す。


 アルヘイムは『人』にすら当てはまらない文字通りの人外であるために、マナーや当たり前を尽く無視するのだが、やはりセバスチャンとしては快くはないようだ。


「この野郎…。ああ言えばこう言いやがって。しわ寄せが来る俺の身にもなりやがれってんだ」


 ぶつくさと文句を言いながらエールを呷るセバスチャン。しかしジョッキを下ろせば満面の笑みとため息を吐く。

 酒を飲めばすぐさま上機嫌。それがセバスチャンの性格であるためアルヘイムも大して気にせず自由にできる。つまりアルヘイムの不和行動はセバスチャンにも一因があるのだった。


 そんなことは露とも思わぬセバスチャン。料理に口をつけ始めたところで、今度はアルヘイムから話が振られた。


「貴様の方はどうなのだ。あの悪猫に仕えておるのだろう?儂であれば二日ともつまい」


「まあ気軽ではいられるな。ほら、ネコサマがフリーダム過ぎるし、ネコサマヴァースの民衆もこれといった欲が無いから。仕事にやりがいは感じないが、俺としちゃ天職かもしれねー」


「貴様も世話好きかつだらけた輩よ。儂には到底わからん」


「確かに、お前って結構厳格だもんな。ネコサマの世話をするってなったらお前しんどそう」

「しんどいどころの話ではない。発狂するわ」


 大きくエールを呷り、空になったジョッキを置く。ちょうどそのタイミングでセバスチャンもエールを飲み終え、店員に追加の注文をするのだった。


「そういや、他世界の艦隊が来たんだって?一戦交えたんだってな。どうだったよ」


「特段何もない。いつもの通りさっさと終わらせて、お嬢様のもとに帰るだけじゃ」


「やっぱりか。だが今回は結構挑戦したんじゃねーか?実際、宇宙で戦闘おっぱじめるなんてリスキーだろ。、どこまで定着したか不明だったんだろ?」


「ふんっ……お嬢様を守るためじゃ。まごついている暇などありはせんわ」


「さすがの過保護だな。自分の命、万が一すらも承知で捨てに行くやつの言葉は重いってもんだ。さて、そろそろ……」



「お待たせしましたー。エール大ジョッキ10本ですねー」



 店員の手によってドドンッとジョッキがテーブルに置かれた。その数10本。それを見たアルヘイムは顔を嫌そうに歪めた。


「貴様……またやるつもりか」


「おう!飯は食った。話すものも話した。なら後は……飲み比べしかねーよな!!」


 運ばれてきたエールの半分を笑顔でアルヘイムの方へ押しやるセバスチャン。やるとも言っていないというのに、勝手に勝負を始めたセバスチャンにため息を吐き、アルヘイムもジョッキに口をつけるのだった。






「会計はこれを使え。釣り銭はいらん」


「はーい。ありがとーございましたー」


「ぐおぉ……まだ負けてねーぞ…」

「黙れ。毎度誰が貴様を担いで、行きたくもない悪猫のところに運んでやってると思ってる。会計も儂が払うばかりで、割り勘とはいえ貴様の借金は増える一方だぞ」


「ちくしょう……もう酒は飲まねー…」

「はっ!ならば明日が楽しみだな」


 セバスチャンを送り届けたアルヘイム。翌日、二日酔いもせず呑気に酒を呷るセバスチャンを発見しため息を吐く奴隷騎士の姿があったそうな。

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