間章

十三猫目 平和に忍び寄る影

「なむなむ……ふなぁ。むむ……ごろごろ」


 ネコサマは冷たい遺跡の壁に寄りかかり、うつらうつらと船を漕いでいた。


 理由は単純。構ってくれる人がいないことと涼しく暗い遺跡によるダブルパンチがネコサマの眠気を誘っただけである。


 ネコサマを放っておいているティアナとマリアは、何やら興味津々な様子でバルトアンデルスに触れては何かの議論を交わしていた。


 バルトアンデルス自身も何かの意味があるのかシグナルを発し会話しているようだ。ネコサマとしては涼しい遺跡で眠くなるような長話は勘弁して欲しいものだが、超技術を誇る世界の天才たちと超技術の塊である兵器は意気投合したようで、かれこれ数時間はこのままだ。


「すかー。すこー。んむむ…んー」


 船を漕ぐどころかガチ寝になってしまったネコサマ。遺跡の壁を背にしていたのだが、体はザリザリと音を立ててずり落ちようとしている。


「くぷぷ……ふがっ」


「おっと」


 ついに床へと倒れようとするネコサマ。しかしその体を受け止める体を演じつつ、フワフワな毛並みを堪能する曲者がいた。


 神狩りから帰ったフェイタルである。


「お…おお。ふおぉぉ…!」


 記憶を消したために理由はわからないが、永い時間ネコサマに触れていなかった気がするフェイタル。

 ネコサマの前だからとカッコイイ自分を演じる無表情と、ネコサマの毛並みからもたらされる極上の快感によって漏れ出た声が相まって一種の危険な雰囲気が漂っていた。


「くぴるるるー……」


 ネコサマは平常運転である。


「とても身になるお話でしたね、お姉様」

「ええ。機械の身でありながらあそこまで人間の造詣が深いとは。とても興味深い話が聞けました……あら?」


 バルトアンデルスと対話を終えた二人がネコサマのもとへと戻ってきた。フェイタルとは初対面である二人は少々面食らうも、だらけきったネコサマの姿を見たことで警戒心が解れた。


「ごきげんよう。わたくしはティアナ・オールディック。こちらは妹のマリアです」

「ネコサマのご友人ですか。これからよろしくお願いします」


「フェイタル。第四宇宙代表。……ネコサマは友人じゃない」


 。この言葉を聞いた瞬間、二人を言いようのない気まずさが包みこんだ。


 方や、ネコサマと練った計画と生きる目標を潰された。方やわけも分からぬまま殺されかけた。

 そして彼女がここにいるということは、二人が元々住んでいたシモザヴァースを滅ぼしたということ。


 もちろん二人のことをフェイタルが知る由もないし、彼女自身知ったとしてもどうもしないだろう。記憶は既に削除されている。シモザヴァースのことなど、何も覚えていないのだから。


「ふごご……んが…?」


 ここでネコサマが目を覚ました。寝ぼけ眼で辺りを見渡し、三人へと目がいく。


 ティアナとマリアは特に反応はなかった。バルトアンデルスとの対話に耽ってしまったが、元々ネコサマにやるべき事があると言われネコサマヴァースに来たのだ。ネコサマに言われるまで何も動くことができない。


 しかしフェイタルの反応は強かった。顔を洗っているネコサマの胸に銃弾の如く飛びつき顔を埋める。あまりの勢いに床に転がってしまったネコサマだったが、慣れたようにニコニコしながらフェイタルの頭を撫でるだけだった。


「頑張った……と思う。ネコサマ。私頑張った」


「さすがフェイちゃん。神の気配を感じたらすぐに動いてくれて助かるよ〜。色々と計画倒れしたけど……。頑張ったね、えらいえら〜い」


 ネコサマの巨体で抱きしめられたことで毛並みに埋もれているフェイタル。しかし僅かにはみ出た足がパタパタと動いているのを見るに喜んでいるようだ。


「二人にはごめんなさいだね〜。僕こんな暗いところにいると眠くなっちゃって……」


「い、いえいえ。わたくしたちは構いませんわ。命を救っていただいた身ですし、ネコサマは猫なのですから仕方が━━」


「あっ、ごめん。ちょっと待って」


 畏まったティアナにストップをかけて、ネコサマは大口を開け上を向いた。ちょうど真上の空間が歪み、焼けた極上のオーロラサーモンが落ちてくる。


 ネコサマ名物、お口キャッチ。


 大きな鮭をリスのように頬張るネコサマに全員が和む。骨まで食べきったネコサマは一つ小さな噯気を出し、ふにゃりと緩んだ顔で二人に言い放った。


「ティアナとマリアに任せたいことなんだけどね、結構難しいんだ。でも、あの世界にいたキミたちにこそ頼みたくてね〜。いいかな?」


「もちろんですわ。そのためにこの世界に来たのですから!」

「お姉様に同じく。私たちに任せたいこととは何なのですか?」


 ネコサマは二人の後ろを指さす。つまり、先程まで話していたバルトアンデルスに関する用があるらしい。




「二人にはね、この長い間起動すらできなかったゴミ……じゃなかった。バルトアンデルスを、完全に再起動させて欲しいんだ」











 暗く、小さく、円卓と5つの座席しかない世界。


 席は一つを除いて埋まっており、座っている者たちそれぞれが苛立ちを隠そうとせずにいた。


「……遅い。まだ奴は来ないのか」


『破壊神シーハデーヴァ』

 シーハデーヴァースを治める神。他の神々の追随を許さない屈指の全能を与えられているというのに、自らを破壊神と称し続ける男。この神々の戦争世紀を作り上げた神の一人でもある。


「そういうな兄弟。奴とて多忙だ、仕方のないことだと割り切れ」


『戦闘神トミカヅル』

 トミカヅルヴァースを治める神。根っからの戦闘狂で、世界の格を重視しない彼は人ではなく自身の手で戦いに赴く。シーハデーヴァの抑え役としてよく行動を共にするが、自分もはっちゃける時が多い。


「理解不能。配下に任せば自分に回る仕事は減る。全て己がやるなど非効率だ。そもそもこの会議の出席以上に大事なことなのか」


『機械神デウクスナ』

 デウクスナヴァースを治める神。機械で作られた神であり、効率をこの上なく重視する。些細な失敗も許さない機械由来の冷徹さを持つ。


「………………」


『無常神アザオス』

 アザオスヴァースを治める神。虚空と混沌を好む。口数が少ないが神々一のやんちゃ者でもあり、その被害は破壊神や戦闘神のそれを優に超える。


 しばらく時間が経った後、突如何も無かった場所に扉が現れ開かれる。入ってきたのはくたびれた様子の男だった。


「お疲れ様でー…す。遅れてすみません……」


『死告神ハーデン』

 アズリールヴァースを治める神。唯一自分の名が付かない世界を治めるが、死者を集めるために他の世界群を奔走しているため、配下に運営を全て任せている。


「遅すぎる。我々とて暇ではないというのに……いい加減、我も我慢の限界が近いぞ」


「まあ待て。ようやく揃ったのだ、これ以上会議を遅れさせてはならん。早速始めるとしよう」


「そうだな…。では恒例の五大神会議を始める。今回議論するのは他でもない」


 デウクスナが空間へと映像を転写する。そこに映っていたのは、大きくのほほんとした猫の顔だった。



「『孔』の座標が確認できて以来、邪神テトラーが頻繁に活動を始めている。我々の誰が奴を滅ぼすのか、今回で決めるぞ」



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