五猫目 孔より迫る脅威
「すぅ…すぅ……」
「まったく、よく眠る子だね〜」
「貴様と同じようなもの……いや、お嬢様に失礼だな」
「酷くな〜い?まあ確かに睡魔の毛色は違うけどさぁ…」
家の外で遊びしばらく後。遊び疲れたのだろう、クレアお嬢様は花畑に寝転がりスヤスヤと寝息を立て始めた。
ネコサマも太陽の光をいっぱいに浴びて、下がり始めたまぶたを擦り、大きく欠伸をしては耳を掻く。人の姿といえどネコサマは猫。遊べば眠くなるのは当然の事だった。
「ふん……借りにも太陽の化身が聞いて呆れる」
「今の体はメスになってるから豊穣の化身でーす。太陽じゃありませーん〜」
ゴロゴロと寝転がりながらネコサマが宣う。ネコサマは猫神という立場上、オス猫とメス猫両方のご利益を持つ。神名もそれに準えたものがあるのだが、どうやら心に固く誓っているようで、ネコサマは神名を用いず『ネコサマ』と呼ぶことを推奨しているのだ。
ネコサマの様子に何度目かのため息をつくと、アルヘイムはクレアを抱き上げ家へと向かう。この後、ネコサマが何をするかわかっているのだろう。邪魔にならないうちに退散するようだ。
「ふわぁ……ノクた〜ん。寝るよ〜」
欠伸混じりにネコサマが誰かを呼ぶ。するとネコサマの傍の空間に黒い染みが現れ、ドロリとした真っ黒な液体がこぼれ落ちた。液体は地面に落ちるとみるみる姿を変え、蝙蝠のような翼腕を生やした7つ目の怪物となる。
第五宇宙代表、悪夢の主ノクタヌス。ネコサマヴァースでは夢の世界はただの
「…夢……見ルノ…?」
「うん。またあの子の所に飛ばして〜。僕の予想より早くフェイちゃんが動き出したから最後の一仕事をしてくるよ〜」
「……フフフ。アハハハハッ!!イイナァ、イイナァ!飛ビッキリノ悪夢ジャン!アハハハハッ!!」
7つの禍々しい目玉だけ。口もないはずの顔から狂った笑いが止まらない。
だがそれも、ネコサマにとっては心地の良い子守唄。普段の猫の姿へと戻ったネコサマは、ゆっくりとその意識を暗闇に沈めて行った。
超高々度文明都市イライザ。
利便さを限りなく追求した街にはAIロボットのみが外に繰り出している。人々は自分の家の中で一生を過ごし、何不自由無く人生を謳歌していた。
イライザネットワークへの接続とナノマシンによって生理的欲求は嗜好に変わった。もはや人の肉体は彼らにとって器に過ぎなくなった。だからこそ、外を出歩く人の影があるのは珍しいものだった。
ボロ布を身にまとった薄汚れた少女は、光の少ない路地裏へと急ぐ。ゴミに躓き、長らく舗装もされていない悪路をひた走る。
ようやく目的地に着いたのか、路地裏の最奥部で少女は止まった。何かを探しているのだろうか。しきりに辺りを見渡す彼女のもとに、暗がりから一匹の猫が擦り寄った。
「……あぁ、やはりいましたのね」
少女は高貴な生まれなのだろうか。仕草は気品に溢れ、口調もまた特有の圧があるが物腰のやわらかさを感じるものだった。
少女が脇に抱えていた箱の鍵穴暗証番号を打ち込む。見てくれは木のはずだが、箱からは機械音が鳴り、中に入っていたであろう小さなケースを下部から吐き出した。
『特殊幻象金属体ゼノメタル』
ケースに記された名称を確認した猫は大きく頷いた。それを見て顔を輝かせた少女は、猫を抱き込み強いハグで感情を顕にした。彼女にとってこれは数年に及ぶ計画。それが成就したのだから。
このゼノメタルとは、軍部にて新しく開発された超高性能な自律思考の金属体。その完成品を、彼女は既に自分には無い家の名声を騙ってまでして盗み出したのだ。
全ては己の信じる未来のために。
ひとしきり猫を抱きしめた後、少女は猫を枕にしてその場に横になった。固く寝心地は最悪だが、その不快感を柔らかく温かい猫の体は帳消しにしてくれる。
疲労に塗れていたためか、少女は深い眠りへと誘われる。そのすぐ傍で、暗闇と同化した蝙蝠が一羽、怪しく瞳を光らせているのだった。
「コード:オムニ入力……ハッキング開始。第4級複合世界、識別名『シモザヴァース』の統括権の奪取成功」
『孔』の手前に一つ、人影が浮かんでる。様々な情報が表示された複数のウィンドウを手繰るそれは、浅黒い肌と灰色の髪を露出の高いコスチュームと青いファーのあるフードが付いた赤黒いロングコートで包む少女だった。
「……ハッキングが簡単。攻性概念どころか防御概念の防壁もほとんど無し……」
彼女はネコサマヴァース第四宇宙代表、フェイタル。曲者ぞろいな宇宙代表の中でも最高位の力と権限を有し……神とそれに類する上位者を嫌う、上位者狩りで名を馳せたグリッチの怪物である。
「お掃除開始。早く終わらせてネコサマとお昼寝しよ……」
今、致命的な暴力がイライザに降り立った。
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