四猫目 太陽の眠り姫
いかに気持ちの良い就眠中とはいえ、騒がしい話し声がしばらく聞こえれば起きてしまうというもの。
寝室への扉が開き、綺麗な黄金の髪から跳ねる寝癖や、すっかり蕩けた寝ぼけ眼が目立つ可憐な少女が顔を出した。
「あっ、おはようクレア。よく眠れた〜?」
「……ぁ…ぅ…?」
ヴッ、と胸を押さえるネコサマを尻目に、アルヘイムは眠気から覚めていない少女をもう一度寝かせるため近付いていく。
しかしアルヘイムの優しく伸びた手が触れる前に、フラフラと揺れた少女はネコサマへと倒れかかってしまった。
「おおっと!?」
「…ぅ……ん………」
咄嗟に受け止めるネコサマ。先程とは比べ物にならない眼光が向けられたが、努めて気にせず少女を抱きしめ、聖母のような笑みを浮かべ優しく撫で始めた。
それがトドメとなったのであろう。ネコサマの高い体温とお日様の香りで、少女は再び夢の中に戻って行った。
この少女こそ、第三宇宙代表アルヘイムが仕えるクレアお嬢様。その優しく暖かい輝きから、奴隷を名乗る騎士に『太陽』とまで称されるもう一人の第三宇宙代表だ。
ネコサマとアルヘイムは弄り嫌われの関係である。しかしクレアお嬢様が関われば途端に手を取るのだ。アルヘイムの手が出る確率を削ぐため人間の姿でネコサマは訪れるし、クレアがネコサマに甘えても青筋をうかべるだけでアルヘイムは殺意を抑えている。
しかしそれも長く続かない。両手を差し出し、クレアお嬢様をこちらに渡せと言外に言うアルヘイム。対しネコサマは、腕の中にある可愛らしいぬくもりを手放すことを良しとしなかった。
ブチィッ、と何かが切れる音が聞こえた気がする。アルヘイムは斧槍を、ネコサマはクレアお嬢様を抱きしめたまま尻尾を持ち上げると……衝突。しかし衝撃波は無い。音もしない。凄まじい力と力のぶつかり合いであるはずが、そよ風すら起こらない。無論、クレアお嬢様を起こさないように互いに無言であるため、その攻防はとても静かなものだった。
しかし空間が耐えきれず軋み始めたのを確認したアルヘイムは、空間が砕けるより先に音も無く次元の壁を刺し穿ち破壊。ネコサマは鼻息一つを鳴らし時間や次元波の帳尻を合わせ周囲に被害を及ぼさず舞台は色も形も何もかもが歪む異次元空間へと移る。
異次元空間の中でもなお斧槍と尻尾のみが動き続ける膠着状態であったが、僅かな動きが伝わったのだろうか。クレアお嬢様の寝息が少し乱れたことに気づいた二人は即刻中止。空間は修復され元の家に戻ってきた。
「ん…………んぇ?」
「おはようクレア。よく眠れた〜?」
本日二度目の言葉である。クレアお嬢様は完全に睡魔と決別したようで、大きく目をぱちくりとさせた後、太陽の如き満面の笑みを浮かべた。
「おはようネコサマ!もう来てくれたんだね!遠慮せず私を起こしてくれても良かったんだよ?」
「だって、クレア気持ち良さそうに寝てたんだもん〜。そんなクレアを起こすのも野暮ってものでしょ〜?ねっ、アルヘイム」
「お嬢様は起こしてくれても良いと言った」
「このやろう」
どこまでもクレアお嬢様第一であるアルヘイムは手のひらを翻す。
しかしネコサマは知っている。次起こそうとすれば間違いなくアルヘイムの斧槍が再び振るわれるであろうことを。
「いっぱい寝たから、次はいっぱい身体を動かさなくちゃ!ネコサマネコサマ、外でかけっこしよ!」
「いけませんお嬢様。走っては転げて怪我を負ってしまいます」
「もう!爺は心配性なんだから!私はそんなことにならないって知ってるでしょ!」
「…………はい」
観念したのか肩を落としたアルヘイムは、元気いっぱいに扉を開け外に出るクレアお嬢様を追う。しかし。
それは瞬きの間にすら及ばない時間。口の中でモゴモゴとくぐもった声。紡がれたその音を、ネコサマはしっかりと拾っていた。
『感謝するぞ、悪猫』
万感の思いが込められた一言に、ネコサマは思わずしばし呆けた後、笑顔いっぱいで外へと駆け出すのだった。
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