三猫目 奴隷騎士
第三宇宙ネコサマ銀河、その中心にある超大質量ブラックホール。その中心にこそ特異惑星ラジリスはある。
基本的な環境は地球と大差ないが、人工物は一つを除いて無く、人の存在しない野生動物や植物のみの自然が溢れている。
ネコサマはそんな中、赤く美しい花が咲き乱れる丘に着陸……いや、衝突した。
それもそのはず。この場所まで鼻ちょうちんを膨らませながら飛行していたのだ。地面が近付いていることにすら気付かず、それは凄まじい勢いで頭を埋める形になった。
「ん…ぷはっ!あーあ、またやっちゃった」
身体に付着した土汚れを払い、大きく欠伸をするネコサマ。眠気まなこのまま丘を登り、ポツンと建てられている家を目指す。そこにこそ今回会う予定である、第三宇宙代表を務める友人たちがいるのだ。
「おっと。その前にいつものようにしないとね」
一つジャンプし空中で丸まると、少しばかりその身体が光に包まれ、猫の丸々とした身体から一変。少し小柄な少年とも少女ともとれる人の姿が現れる。しかし毛並みと同じ髪や猫耳、尻尾はそのままだ。
ネコサマは気の向くままに様々な姿を見せる。しかし用途はそこまであるわけでもなく、別段生活に不足は無い。むしろ動きやすいのは猫の身体なのだが、わざわざこのような手間をかけるには理由があるのだ。
「やー!僕が来たよ〜」
バンッと扉を開け放てば、返ってくるのは凄まじい勢いで突き出される斧槍の切っ先。鼻のギリギリ手前で停止したそれは引っ込められ、ネコサマは憎々しげに口を歪める老齢の騎士の姿を見た。
「……口惜しい。悪猫め、いらぬ知恵をつけおって」
「えー?あの子のためを思ってこの姿になってるんだから、感謝してくれてもいい気がするな〜」
「チッ……」
隠す気もない嫌悪感を出しつつ、騎士は斧槍を壁に立て掛けた。この騎士こそ第三宇宙代表にしてネコサマの友人の一人。
名をアルヘイム。騎士然とした格好をしながら自身を奴隷と呼称する男だ。
「あの子はどうしたの?君がここに居るってことは家の中には居るんだろうけど」
「お昼寝中だ」
「あちゃ〜……あれ?僕、時間指定してなかったっけ」
「していない。恐らく微睡みの中で忘れておるのだろうよ」
「なら起こ……さないから下ろしてって」
再び向けられた斧槍をするりとすり抜け、お邪魔しまーすと家に入っていった。
ネコサマは我が物顔で家の中をジロジロと見渡すと、暖炉前のソファに寝転がった。アルヘイムの顔はますます歪むばかりだが、ネコサマは一向に気にしない。この自由さは猫の性、許して欲しいと視線を送るものの、アルヘイムの眼光はどんどん鋭くなる。
「あっ、そうだ。託したアレは元気にやってる?僕が見るにだいぶ馴染んできてると思うんだけど」
「ああ。おかげで侵略者相手にずいぶんと楽に戦えたわい」
「へぇ〜、よかったよかった……ん?なに、侵略者なんて来てたの?」
咄嗟に気を逸らそうと出した話題であったが、何やら思わぬ食い付きがあった。詳細を聞き出そうとすると、アルヘイムは今度は呆れたように表情を変えため息をつく。
「侵入してきたばかりの、どこぞの世界の艦隊だ。片っ端から破壊して回っていたが、最後の一仕事といったところで貴様が来る感覚がしたのでな。敵方が丁度良い
「ふむふむ。つまり僕との歓談のために途中で投げ出したんだね?アレがその戦いでどう役に立ったのかはわからないけれども……も〜、なんだかんだ言って君、僕のこと好きなんでしょ〜?」
「案ずるな。奴らは貴様が通った時に空いた狭間に落ちていった。とっくに潰れ塵となっているだろうよ」
「おかしい。言葉は聞こえていたはず」
アルヘイムの無視に少々堪えながらも、ネコサマは「まっ、いいか」の精神で流す。アルヘイムは窓の外を見つつ、次元の波に消えた艦隊に少しばかり思いを馳せていた。
「しかし不幸なことだ。『孔』を見つけ、あまつさえ艦隊を送り込んでしまった。それによって貴様という存在に目を付けられてしまうとは」
「んっふふ。君が話さなければそんな事は無かったかもね〜」
「抜かせ。儂が話を振った時といい白々しい。奴らがこの『ネコサマヴァース』に侵入してきた時点で、貴様にはすべて筒抜けであったろうに」
ネコサマの笑みは崩れない。事実、アルヘイムが言ったことは当たっていた。主神シモザとやらの世界から、あの次元間航行船団は送られた。
既に『孔』から覗く裂けた目は世界を捉え、ゆっくりとその口を開き始めている。
そんな事さえ、ネコサマやアルヘイムにとってはただの日常なのであった。
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