scene 2


「俺の相棒のマイク、知ってるだろ? もうずっと何年も一緒に仕事をしてる大事な仲間で、友人だ。ちょっと酒が過ぎるのが玉に瑕だが、仕事は真面目だし腕も確かな、気のいい奴さ。

 だけど、半年ほど前から奴の女房のアビーが、俺にいろいろ相談してくるようになったんだ。マイクの奴、家でしこたま飲んで酔っ払うとアビーに当たり散らすらしいんだ。まあ、俺と飲んでても最後にはいつも愚痴ばっかりになるんで、わからなくもないなと思って聞いてた。けどちょっと、偶に物を投げたり手をあげたりもするって聞いて、そりゃあだめだろうって彼女に同情した。

 奴の不満はどれもたいしたこっちゃない。まあ、人当たりのいい奴だからいろいろ積もり積もってって感じなんだろう。俺はあんまり飲みすぎるなよってさりげなく忠告したり、仕事帰りに飲んで別れるときも、もう家では飲まないで寝ちまえって云ったりしてた。だけど、あんまり変わりなかったらしくって……アビーはそれからもマイクの目を盗んでは俺に電話をかけてきたり、会って話をしたがった。俺も放っておくわけにもいかないし、そのたびにアビーと会って話を聞いた。子供ができれば変わるかなって云う彼女に、変わらなかったら最悪だろう、そんな賭けはしないほうがいいって助言もした。

 で、何度もそうやって会って――」


 カウンターのなかでケイティがストップと片手を上げ、厨房に引っこんだ。程無く、食欲を唆る香りと湯気を立ち昇らせたステーキ&ポテトとホットサンドウィッチの大皿が二枚、ジョーの前に置かれる。

「お待ちどおさま。ビールもおかわり?」

「ああ。ケイティも飲むか? 奢るよ」

「あら、ありがとう」

 ジョーはそう云うとボトルを呷って残りを飲み干し、空瓶をことりとカウンターの端に置いた。すぐに二本めがだされ、眼の前で乾杯をするようにケイティがボトルを傾ける。

 サンドウィッチを一口齧り、またビールを一口飲んでからジョーは続きを話し始めた。


「――俺とアビーは、そんな感じで何度も会って話をした。マイクや知り合いにみつからないように町外れのバーや、停めた車の中でな。でも話を聞くだけで……俺にはなにもしてやれることなんかなかった。なにも解決しないまま、アビーはマイクへの不満をこぼし続けて、俺は宥めたり励ましたりしてた。

 ……それだけならよかったんだ」


 ふぅ、と息をついて、ジョーはステーキをカットし、口に放りこんだ。咀嚼しながら顔をあげると、ケイティが眉をひそめてまさか? というように小首を傾げ、ジョーを見ていた。罰の悪そうな表情でジョーはビールを勢いよく呷り、二度頷いて話を再開した。


「……そうだ、ケイティ。あんたが想像してるとおりだよ。――俺はアビーと寝た。超えちゃならない一線を越えちまったんだ。一度だけだ、一晩限りの過ちってやつさ。……俺たちは話しあって、あの晩のことはなかったことにしよう、忘れようって決めた。アビーも、そのときは納得してくれた。

 でも、それは無理なことだったんだ……。ただでさえいろいろ悩みがあるってのに、俺とのことを隠して何食わぬ顔でこの先もマイクとやってなんていけないって、アビーは云いだした。俺は責任を感じたよ。けれども、だからってじゃあマイクと別れて俺と一緒になるか、なんて云えるわけがない。そんなことをしたら俺は今の仕事を続けられないし、この町で今までどおり暮らしていけなくなる。わかるだろ? こんな小さな町なんだ。俺が相棒から女房を寝盗ったなんて話は、あっという間に尾ひれがついてそこらじゅうに知れ渡るだろう。それはごめんだ。

 俺はアビーに云った。大丈夫だ、俺たちのことは絶対ばれたりしない。きれいさっぱり忘れて今の生活を守るんだ、って。マイクにはまた俺がうまいこと云って聞かすからって。アビーも理解はしてくれて、そのときもまたわかったって云ってくれたんだけど……」


 まだ半分も食べていないのに、ステーキとポテトは冷めかけていた。ジョーはステーキを一切れ頬張ると、味も感じないままビールで流しこんだ。


「……今朝のことだ。マイクの頸に爪で引っ掻いたような傷があった。俺は何の気無しにどうした? って声をかけた。奴はこう答えた……ただの夫婦喧嘩さ、なんだか最近アビーが苛々してやがるんだって。俺は動揺して、喧嘩って、取っ組み合いの喧嘩をしたのかって訊いた。だって、頸に手をかけるなんて……想像したらやばいだろ。アビーもまた引っ叩かれるかどうかしてるんじゃないかって不安になった。でも、マイクは平気だ、心配してもらうことはないって、そう云った。

 ところが、だ。さっき、俺はアビーと会った。アビーの顔には痣があって、目許は腫れてて唇の端も切れてた。俺はかっときちまってマイクの野郎をぶちのめしてやろうと思ったが、アビーに止められた。

 マイクは、良くも悪くもいつもと同じだっていうんだ。なにもかもが以前よりも堪えられなくなって、当たり散らして怒らせたのは自分のほうだって、アビーは云った。泣きながら、もうやっぱり無理なんだって……」


 ポテトをつついていたフォークをことりと皿に置き、ジョーはカウンターに腕をあずけて顔を伏せた。

 深々と溜息をつき、ほとんど独り言のように呟く。「アビーは、今夜はもう帰りたくないって町外れのモーテルにいる。マイクの奴は今頃きっと、家にアビーがいないってんでそこいらじゅうを片っ端から捜しまわってるはずだ。みつけたらまたアビーを殴るかもしれない。……もう、俺はどうしたらいいのか――」

 ケイティは言葉もなく、困ったように手にしていたボトルを呷った。ビールを飲み干し、なにか云いかけるように口を開き、しかし黙ったままゆるゆると頭を振る。

 と、そのとき。奥の席でずっと黙ったままコーヒーを飲んでいた男が、ふっと笑いを溢した。

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